250 原三角測点・天測点

2011年4月 2日 (土)

晃石山の三角点

今日は、暖かい春の陽の中を、栃木県栃木市にある晃石山(てるいしさん)の三角点を見に行ってきた。現地での移動は歩きである。

晃石山は太平山(おおひらさん)の西方にあり、一等三角点があり、かつては原三角測点も置かれていたようであるが、何で晃石山に行ったのかといえば、標石が極めて珍しいものだからである。

まずは岩船山に向う。岩船山は今回の東北地方太平洋沖地震でV字型に大崩落を起こしていたのだが、帰路に着くときに周辺の農家の方に聞いて初めて知った次第。

写真を撮った岩船山の西側で農家の方にお話を聞いたのであるが、その内容を写真にするとこんな感じである。山の東側にある岩船山高勝寺(天台宗)への道は地震による支障はない。

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岩船山にある三等三角点「岩舟山」標高172.70mの写真である。三角点を示す陶器標があるが、写真左上の穴の中に三角点の金属標があるのだろうと思う。いずれにしても、岩船山の崩落を状況を見ると近づかないのが無難であろうか。

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目的地である晃石山を南側から望む。

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三等三角点「如来堂」標高154.12mである。標石の巾は15センチで規定どおり。

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四等三角点「平山」標高278.02mである。標石の巾は12センチで規定どおり。この辺りで、今年初めてのヤマカガシを見かけた。

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晃石山東側のピーク附近にあるパラグライダーの離陸地点から見た景色である。耕地整理された畑に見えるのは「平町ぶどう団地」のビニールハウス群である。

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晃石山の一等三角点「晃石山」標高419.07mである。標石の巾は21センチで規定より3センチ長い。珍しい。かなりの大きさを感じる標石である。当方がWeb検索したところでは、他にも福島県内に2か所が確認されているようである。上部には、本日訪れた他の三角点でもそうであったが、丸く黄色いICタグが埋め込まれている。国土地理院のHPを読んでみると、建前上、三角点にICタグが埋め込まれたというよりは、新たに「インテリジェント基準点」を設置したということらしい。

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下の写真は今日の道中で見かけた動植物の写真である。左上はシュンラン、右上はカタクリ。カタクリは日当たりの良い南斜面にあり人為的に移植されたものらしく自然本来の姿ではないようである。左下は椿、右下はメジロである。

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曹洞宗の由緒あるお寺である大中寺(だいちゅうじ)である。

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下の写真の左上は太平山の謙信平にあった山本有三の文学碑で「路傍の石」の下の一節が刻まれている。

たったひとりしかない自分を たった一度しかない一生を ほんとうに生かさなかったら
人間うまれてきたかいがないじゃないか

右上は太平神社。左下は神社近くの山田家の玉子焼@350円。焼きたての温かさと大根おろしが絶妙で食べて良かったと思える名物である。右下は同じく山田家のきのこそば@650円である。こちらも美味しかった。

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この辺りを訪れたのは約35年振りであろうか。前回は初夏の暑い日で、ハンガーノックに陥って、山の中腹で難渋していた記憶がある。その当時も、そして今日も印象深い大中寺であったが、それにしても、明日は筋肉痛になりそうである。その昔の東山道も歩いてみたが竹林以外の部分では気持ちの良い道であった。所要時間は5時間1分14秒。最大心拍数156拍であった。

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものである。

2010年5月 8日 (土)

天測点・子午線標

今日は、堂平山の天測点とツツジ山の子午線標をロードバイクに乗って見に行ってきた。

先日(2010年(平成22)年5月3日)、愛知県の本宮山の山頂で「天測点」を初めて見た。調べてみると、天測点は全国に48か所あり堂平山にもあることや、天測点と対になって数キロ離れた同経度の位置に子午線標があることも分かった。天測点や子午線標の利用目的や使用方法については他のHP等を参照していただきたい。なお、国土地理院HPの検索システムでは、当方の検索では有意な情報はヒットしなかった。

付け加えると、測量法施行規則の別表第一には、「子午線標」と「天測点標識」について、測量標の形状として定められているが、そうは言っても、このハイテクの世の中ではこれらの測量標は役割を終え、実質的には文化財的な意味合いが強い。

ということで、ザックの中にトレランシューズを入れ、日焼け止めクリームを塗りたくってロードバイクで越生に向け出発。

サイクリスト休憩所(観光センター)によって、前回は到着が早すぎてゲットできなかった「梅の里おごせサイクリングMAP」と、坂道に効く「ユズガッツ」と「チョコガッツ」@各150円をゲット。カロリーはユズが305.8kcal、チョコが353.8kcalである。なお、ユズ・チョコガッツの製造元は「社会福祉法人かえで 就労継続支援B型事業所 おごせ福祉作業所」である。

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ツツジが見ごろの五大尊前を通過し黒山方面に向かい梅林から温泉スタンド方面に進む。しばらく前は山桜だったのだが、今はフジの花が山の中に見える。

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県道172号線に出て左折。西平711跡は家具店になりつつあった。7月になるとアイスなども食べられるようになるようである。また、T字路脇の「滝の鼻橋」には、いつ完成したのかが分かる新しい金属製の銘板がついていた。

上り続ける。神送りの神輿があった。

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その脇に、一瞬道路元標を思わせる標石があったが良く見ると「準用河川・・・」と彫ってあった。

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この辺りで、警察の交通事故処理車とパトカーに抜かれた。どこかで事故があったのだと思う。

白石峠を登り始める。気温は28度。中間点(残り3.2キロ)を29分36秒で通過、56分49秒かかってゴール。前回よりは3分くらい速いかな。峠の気温は26度であった。ユズカッツを補給。ガブッといったら美味かった。カロリーメイトみたいにスティック状に2分割していることも判明。まあ、柔らかいので乗りながらではグニャッと行きそうである。

林道堂平山線を上る。天文台の門の所までで、1.7キロ、上り89m、所要時間9分22秒であった。ドームの南側に上る。対空標識の設置された一等三角点「堂平山」標高875.91mである。

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天測点である。本宮山のものとは形状が違う。

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第17号の銘板である。

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南を見る。標石?の右上にツツジ山が見える。

火気厳禁の看板は・・・・・趣旨は分かるけど・・・・・一応文化財として取り扱って欲しいかなぁ・・・とか思う。

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堂平山を下りる。白石峠から高篠峠と進む。川越市山の家の入口の電柱にハチがブンブン群がっていた。足掛け用の金具をねじ込む穴から出入りして巣を作っているようである。

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大野峠に到着。現在の丸山(かつての大丸)と小丸(正丸)の解説板を読む。

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刈場坂峠に向かう。刈場坂峠でSPD-SLをトレランシューズに履き替え、山登り開始。この指道標の所から山道に入る。

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ツツジ山の山頂に到着。山頂には三等三角点「正丸」標高879.11mがある。所要時間8分12秒。

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子午線標を探し回る。所要時間16分57秒で発見。反対側からツツジ山に登り始めれば何のことはない場所にある・・・・・・orz

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第17号の銘板である。

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北を見る。林の間から堂平山の天測点のある芝生広場が見える。手前の黒い部分が子午線標の上端である。

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2010(平成22)年6月7日追記:子午線標の位置はここである。堂平山からの直線距離は約4.3kmである。

刈場坂峠に戻る。チョコガッツを食べる。SPD-SLに履き替えて出発。猿岩線を下って帰路に着く。途中山ツツジがきれいであった。

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甚五郎に寄り、ぶっかけうどん@900円+中盛@100円-サイクリスト割引@100円を食べる。量も十分で美味しかった。

※ ツツジ山の呼称については、歴史的に考えれば大いに議論があるものと思われるが、現地やガイドマップの表示にしたがった。

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものである。

2010年5月 3日 (月)

作手高原サイクリング

今日は作手(つくで)高原をロードバイクで走ってきた。

作手高原という呼び名は一般的ではないのかもしれないが、愛知県南設楽郡の旧作手村、現在は合併後の愛知県新城(しんしろ)市の一部である。標高は旧村役場の位置で550m程度であるが、新城市街から九十九折の急坂を登っていくと一気に水田などの平地が広がっているので、あまりに慣れない景色の展開にビックリする場所である。

本日のルートは下の地図のとおりである。(※画面全体で見たい場合には、ルートラボ枠内の「作手高原サイクリング」をクリックすると地図が別窓で開きます。その場合、Microsoft Silverlight のインストールを求められる場合がありますので御留意ください。)

鬼久保ふれあい広場の駐車場に車をデポして出発。鬼久保ふれあい広場は、東秩父村のふれあい広場と比べると、非常に大きな規模である。

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かつて有料道路であった本宮山(ほんぐうさん)スカイラインの一部、愛知県道527号(本宮山作手白鳥)線に入る。

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ゆったりとクルクルと登って行く。新緑の山々がきれいである。やがて本宮山の電波塔群が見えてきた。途中、昨晩の交通事故であろうか鹿が息絶えていた。2010050303

本宮山の山頂に自転車を押し上げて到着。三河湾が見えた。山頂には一等三角点「三本宮山」標高789.31mと、八角形のコンクリート製の天測点があった。銘板には「第二二号 天測点 地理調査所」と記してある。帰宅してから調べてみると堂平山にも設置されているようであるが見た記憶がない。ということで初めて見た天測点である。

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奥三河のどこまでも続く山々である。

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本宮山を下る。整った農村風景である。見慣れた景色と比較すると山林や畑の手入れが良くなされており、水田の休耕率も極めて低い印象を持った。それが風景を美しく感じさせる最大の要因なのだと思う。

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亀山城址を通過。パンフレットによれば1424年から165年間に渡り、奥平氏5代が居城し、作手藩1万7千石の本城として栄えたとのこと。

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巴小学校前の電子基準点「作手」標高539.37mである。近くの方の話によればGPS衛星の電波を受信しているため、6か月に1回保守点検が来るとのことだった。

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三河湖に向けて県道363号(作手善夫大沼)線を進む。きれいな林である。作手の地名について、作手(つくで)も読めないが、善夫(ぜんぶ)とか清岳(きよおか)なども読めない。

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三河湖の対岸に渡る橋から上流を見た巴川の渓流である。

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道路上に面白いプレートを発見。愛知県独自のものなのだろうか。初めて見るものである。他にも随所にあった。

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三河湖の羽布堰堤からの眺めである。

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しかし銘板を見てビックリ。何と施工主は当時の農林省で、昭和27年4月着工、昭和38年5月竣工の灌漑用ダムであった。小学校の社会科の時間に愛知県の用水を学んだが、その延長である。深層水?の吐き出しの勢いが強力である。

いつものことであるが、反対側に行くと殉職者の慰霊碑があった。脱帽のうえ殉職された9人の方の冥福をお祈りした。

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たんたんと進む。用水つながりではないが、面白い用排水路があったのでパチリ。当方の進路は車の写っている方向である。

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峠を越え急坂を下ると「孝子甚右衛門の碑」があった。江戸時代に親孝行の息子に殿様が褒美を与えたという碑が建物の中にある。

ここの木陰でコンビニオムスビを食べて休憩である。とにかく暑い。

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本日一の激坂を下った所の集落である。写っている建物は、この辺りの典型的な民家である。作手の歴史民俗資料館の展示によれば、愛知県から静岡県にかけては流域別に民家の屋根の形が3類型に分類できるとのことであった。

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ということで、上の写真の集落が「けろ」である。孝子の碑がある集落が「うつぎ」である。ふと、いつものテリトリーに帰ってきたような気がした。

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林の中を走る道の道端に咲いていた花。何という名前だろう?

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田圃と旧千万町(ぜまんじょ)小学校(2010(平成22)年3月31日閉校)である。この辺りは小規模の学校が点在しており、必ず二宮金次郎像があるイメージである。例えは適切かどうかわからないが、地形的に見てもお隣同士が小川町大字下里・・・という感じだろうか。

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いよいよ本日一の獲得標高となる「くらがり(闇苅)渓谷」である。道路上の青色案内標識は「闇苅渓谷」で統一されているように感じた。

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レストハウスくらがりで、ざる蕎麦@550円を食べる。

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ヒーコラ坂を上って行く。激坂などということはないが暑い。3UPジャージの自分をパチリ。

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道端にコンニャクのようなものが何箇所も生えている。本宮山スカイラインにもあった。何だろう?

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坂を上りきる。スタートした鬼久保ふれあい広場の看板のところに出た。車をデポした駐車場に戻る。ポラールの値では、走行距離75.3キロ、獲得標高1,355mであった。ポラールの走行距離はウロウロしている分を含んでいるのだと思う。斜距離は・・・?

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旧鳳来町の湯谷(ゆや)温泉の日帰り入浴施設、新城市営「鳳来ゆ~ゆ~ありいな」に行く。入浴料@600円、タオル@200円であった。

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帰りがけに長篠城址に行く。「長篠合戦のぼりまつり」の準備がなされていた。城址では内堀の跡なども確認できる。お祭のためか、武田方の陣であった山の上にも幟が立っているので、かなりの臨場感があった。戦国時代の合戦って、こういう距離で布陣していたんだぁ・・・とか思った。

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本宮山の夕焼けである。こう見ると、作手高原の標高をお分かりいただけるかも知れない。

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本日も終わってしまった。だいぶ日に焼けた。後は眠るだけである。

※ この記事中の三角点及び電子基準点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものである。

※ 2010(平成22)年5月5日記す。

2009年10月24日 (土)

御荷鉾スーパー林道その2

今日は、本年2009(平成21)年10月12日に続いて御荷鉾スーパー林道に行って来た。目的は、みかぼ森林公園以西の御荷鉾スーパー林道を自転車で走り、白髪岩にある原三角測点を探訪することである。したがって、その1で予告したその2とは径路が異なる。

今回の探訪先は訪れる人が非常に少ない地域であること、熊との遭遇の危険性があること等から師匠に同行をお願いし、2人で出かけた。

朝飯を調達すべくコンビニに寄る。製品名とユルキャラのイラストの関係が、かなりブラックであるが美味しかった。

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そろそろ家を出てから30キロかという頃、ポラール本体を忘れて来たことに気付いた。心拍のセンサーは胸に装備しているのに・・・・・・諦めて進む。そのため、本日は走行距離やスピード、心拍数等のデータがと採れなかった。残念である。

国道462号線を進み神流町役場へ。道路元標を見つけるためである。辺りを探索して見つからなかったので即座に諦め、群馬県道71号(高崎神流秩父)線に入り、みかぼ高原荘を目指す。半端な勾配ではない。県道のみかぼ高原荘入口まで地図上で計測し計算すると、4.9km、標高差560m、平均勾配11.4%である。

みかぼ高原荘の日帰り入浴の時間を確認し、フロントにお話して車をデポさせていただき、出発する。いきなり強力な上りである。振り返ると紅葉が綺麗である。写真の建物はみかぼ高原荘の見晴風呂。

県道のみかぼ高原荘入口から御荷鉾スーパー林道までは、地図上で計測し計算すると、1.6km、標高差160m、平均勾配10.2%である。

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みかぼ高原荘からの約8.4kmを約1時間半かけて、みかぼ森林公園管理棟に到着。かなり、のんびりした道中である。みかぼ森林公園管理棟附近では、路側帯をイノシシが掘り返していた。イノシシの鼻?恐るべし・・・である。

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綺麗な紅葉である。惜しむらくは曇天であること。その後、管理人さんにお話をして出発する。

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順調に進む。赤久縄山北側の切通しである。この辺りは、北側の見晴らしが良さそうであるが、何も見えない・・・・・・orz

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しばらく進むと地滑り?の現場。赤久縄山西側の登山口附近である。師匠は水を得た魚のごとく楽しそうに走っている。さすがに太いタイヤのフルサスMTB。手掘りの溝等の障害物があると手で指示してくれる。走りやすい。感謝感謝である。

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みかぼ森林公園管理棟から約5.9kmを、約30分をかけて藤岡市と下仁田町の境界地点に到着。写真は下仁田町側から撮影したもの。

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いよいよ山歩きの開始である。スタート地点は下の写真の位置である。2枚下の写真の△地点である。なお、上と下の写真の撮影位置はほとんど変らず、撮影した方向が異なるのみである。

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これからの頼りは地図とシルバーコンパスである。地図は老眼用に約1万分の1に拡大、シルバーコンパスは拡大鏡の大きいタイプ1である。これで、メガネを掛けなくて済む。

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以下の山歩き部分に関しては、話を分かりやすくするために下の地図の符号を基準に話を進めさせていただく。なお、中央の赤線は磁北線である。

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この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである。

下の写真はA地点である。この辺りで師匠がやや遅れ気味。自転車に一緒に乗っているときの師匠の気持ちが分かったような気がした(^^;

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下の写真はB地点である。3本に分かれたシラカバの木が目印になる。3連の熊鈴は大音響?を発している。不安ではあるが多少は安心。

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下の写真はB地点とC地点の中間の鞍部である。ここでは北に進む明確な小径があるので注意が必要と思う。

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下の写真はD地点(1,499mのピーク)から南東方向に歩き出したところである。

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下の写真はF地点から南側を撮影したものである。大きな木がある。F地点へはD地点とE地点の中間点あたりから近道して到着した。多少倒木等はあるが、笹が少なく羊歯(シダ)があったが、歩きにくくはない。

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下の写真は◎地点北東側の小さな沢の手前である。ガスが出てきてしまった。ここまで来れば体力勝負である。後はヒーコラ登るだけ。

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どんピタリで到達。白髪岩の原三角測点である。明治15年からこの場所にある。今年で127年目である。すごいと思う。その当時、担ぎ上げた人もすごいし、測量した人もすごいし、原三角測点が残っていたこともすごい。

なお、山歩きのスタート地点からの所要時間は約30分であった。道迷いは一切なし。写真撮影をしながらのタイムであるが、一般的な歩行時間としては速い部類だと思う。

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下の写真は標石の北東面で「原三角測點」と刻まれている。発見当時と比べると、辺りが踏まれているのが良く分かる。

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ここまでの径路を総括すると、夏場は分からないが、視界をさえぎるヤブがないので非常に地形を把握しやすい。加えて大部分の場所で踏あとがあるので、それを辿っていけば歩きやすい。地図読みの経験がない初心者が一人で行くのは、熊との遭遇に加えて、道迷いという意味でかなり危険だと思う。

帰路に着く。帰りは地形と景色が頭に入ったので、スムーズに歩けた。下の写真は動物の歯の痕跡であろうか?

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山歩きスタート地点に戻って、西に向かって自転車を乗り出す。ガレた道を落ち葉が覆い、ガスも出て来て視界不良。熊が出ないかと・・・かなり不安。確実に廃道化が進んでおり、通行止めの看板の趣旨が良くわかる。当たり前だが、自転車やバイクの通行の痕跡もまったく感じられない。場所は日向山の北側(写真は振り返って撮影しているため斜面の傾斜が進行方向と逆になっている)。師匠の判断でUターン。残念ではあるが妥当な判断だと思う。

※2009(平成21)年11月10日追記:再訪の結果、下の写真の場所は日向山より、はるかに東であることが分かった。地図上ではここである。

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帰路、杖植峠方面へちょっと寄り道。トロッコ鉄道のレールの土留め杭を発見。う~む・・・と思う。

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山歩きスタート地点(藤岡市と下仁田町の境界)に戻ってきた。笹の中に標識を発見。標高1,430mで、御荷鉾スーパー林道の最高地点という意味であろうか。

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びゅんびゅん走る。ダート路の最後の方で、東・西御荷鉾山とオドケ山、すなわち御荷鉾三山が良く見える。

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県道71号線に入って旧ゴルフ場が見えた。何とも言えない景色である。

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みかぼ高原荘に辿り着く。当初の予定通り展望風呂に入る。身体が冷えてしまったこともあって助かる。温泉ではないし、こじんまりとした風呂だが紅葉が見えて気持ちが良い。良く温まった。入浴料は400円。タオルは200円である。

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帰路に着く。熊鈴とお守りの効果は絶大であった。

今回の行程の立案に当たっては、天野若男氏のHPを参考にさせていただいた。感謝を申し上げたい。

また、マニアック?とも言うべき行程に付き合わせ、熊への恐怖を共有し、加えて、数々のアドバイスをいただき、はたまた写真を撮影してくれた師匠に感謝を申し上げたい。