230 中津川林道

2011年7月 6日 (水)

大滝村誌

先月(2011(平成23)年6月)29日に販売が開始された大滝村誌(上巻・下巻・資料編写真集)を購入した。発行は大滝村、秩父市、吉田町及び荒川村の合併により新たに誕生した秩父市である。

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購入した主な目的は、大滝村誌の中の「武州中津川森林鉄道」及び「中津川林道」に関する記述を読んだり、写真を見たかったからである。

今まで西裕之「全国森林鉄道」(JTBパブリッシング・2001(平成13)年)を読んだり、中津川にある埼玉県森林科学館で調べてみたり、あるいは自転車や徒歩で現地を探訪してきたが、大滝村誌を読んで、今まで調べた事柄が新たに頭の中でつながって行くのが面白かった。加えて写真も印象的であった。なお、公の出版物ではあるが発行間もないものなので内容の引用等は控えることとしたい。

「市町村誌」は、その地に生まれ育った、あるいは暮らした方々が読むのと、遠隔の地から時々訪れる者が読むのでは理解の仕方や思い入れが全く違うように思うが、大滝村誌の例言やあとがきを読むと、調査・執筆にとりかかってから村が閉村となった編集者の思いも伝わってくる。

2010年3月 2日 (火)

足跡

今日は、この冬当方より先に中津川林道を歩いて来られた方とお話しをする機会があった。その中で、GWまでなら人が少ないので動物がみられることがある・・・との話が出た。

ということで、先日、中津川林道を歩いたときの足跡集。

足跡の主:不明その1。複数匹が足踏みでもしたのか・・・?という感じ。

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足跡の主:不明その2。詳細不詳の謎の蛇行模様。この写真の撮影直後、撮影者は受験用お守りを持っていなかったためか見事にスッテンコロリン。未だに打ち身が痛い。

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足跡の主:撮影者。

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足跡の主:不明その3。左下から右上か、右上から左下かも不明だが、ある程度の大きさのある動物だと思う。

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足跡の主:かつて信濃沢で働いていた方々。

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最後にオマケ。中津川林道沿いではないが、一応中津川沿い。

足跡の主:ダイダラボッチ?に見えなくもない(^^; 左側には名前は忘れたが、西洋の偉人の顔が見えるような・・・気もする。

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でも、もう3月だから渓流釣りは解禁なんだろうか・・・?

2010年2月23日 (火)

中津川の沢

当方、渓流釣りや沢登りの経験はないに等しいが、中津川森林鉄道の時代ごとの始点・終点を特定するためには必要ということで、このブログには場違いな感じもするが中津川一帯の沢(川)について調べてみた。

埼玉県のHPにある「埼玉県共第1号第五種共同漁業権漁場」には、中津川の「漁場の区域(河川等名称)」として下流から20の沢(川)の名称が上がっている。その内、国土地理院の2.5万図で確認できるものには○印を、地図上で位置を推測できるものは△印を付してみた。また、国土地理院の地図に沢(川)の名称が記されていて「埼玉県共第1号第五種共同漁業権漁場」に記されていないものには×印を、その他の資料により確認できる沢には◎印を付けてみた。「(左)」「(右)」「(本)」は中津川の右岸か左岸か本流かを表している。

下流から、

○中津川(本) ⇒ △蛹沢(左) ⇒ ○芋平沢(左) ⇒ ○入波沢(左) ⇒ △中ノ沢(右) ⇒ ○井戸沢(右) ⇒ △小滑沢(右) ⇒ ○大滑沢(地獄沢)(右) ⇒ ○深沢(左) ⇒ ○オロ沢(左) ⇒ ×井戸沢(左) ⇒ ○相原沢(右) ⇒ ○石舟沢(左) ⇒ ×神流川(左) ⇒ ×ウズノ沢(左) ⇒ ◎小若沢(右) ⇒ ○大若沢(右)(上流に×金山沢・×長滑沢あり) ⇒ ○鎌倉沢(左) ⇒ ○ムジナ沢(左) ⇒ ×小品沢(右) ⇒ ○ガク沢(左) ⇒ ○大山沢(右) ⇒ ○信濃沢(左) ⇒ △大ガマタ沢(本) ⇒ ○金蔵沢(左)

となる。

下の写真は小若沢の根拠となるものである。

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ところで、ガク沢は、橋の親柱には「ガク沢」と表記されている。また、埼玉県森林科学館の資料によれば、信濃沢、大河俣(大ガマタ)、中の沢の、中津川森林鉄道関係の宿舎について、子ども達は中津川小学校及び小倉沢中学校(日窒鉱山?)に通学していたようである。そうだとすると、中学校への通学距離は片道15キロ程度になるが、中津川森林鉄道のトロッコに乗って通学していたのだろうか? ガク沢の「ガク」とは何を意味するのだろうか?

以上で、中津川森林鉄道の、時代ごとの始点・終点にかかる調査は終了である。本年の刊行が予定されている「大滝村史」を一日も早く読んでみたい気分である。

※ ということなのであるが、国土地理院の2.5万図では「金蔵沢」は中津川の支流の支流という扱いになっている。ここで「大ガマタ沢」は中津川の本流であるという前提のもとに、金蔵沢の表記が中津川の支流の支流ではなく、支流の位置に移動してくれれば・・・すべてが分かりやすくなるのであるが・・・。秩父市の観光ガイドマップなどではそのような表記になっている。
(追記)当方のカシミール3Dで国土地理院の5万図を確認したところ、金蔵沢は中津川の支流の位置に表示されていた。これでスッキリである。

2010年2月21日 (日)

中津川林道を歩く

今日は中津川林道を歩いてきた。

この写真は、リコーCX3の「ミニチュアライズ機能」で撮影した中津川森林鉄道のものと思われるトロッコの車輪。

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本日は、旧大滝村の国道140号線から二瀬ダム方向に少し走ったところにある「三十槌の氷柱(みそつちのつらら)」が見られる最終日であり、見られる時間は午前8時からとのことなので、それに合わせて日の出前に、雪と氷に備えてスタッドレス装着車で出発。
例によって国道299号線をひた走ると武甲山が見えてきた。下の写真はCX3の「ダイナミックレンジダブルショットモード機能」で撮影したもの。雪に明るく輝く武甲山と手前の暗い針葉樹林が両方とも見やすく写るのだそうであるが、確かにこの機能を使ったほうがキレイに写るが、ブログに掲載するとそうでもなくなってしまう・・・orz ということで、本日撮影した写真は、この機能を多用している。

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時間調整のために浦山ダムの展望台に上る。荒川、蓑山、陣見山等がキレイに見える。夜であれば、きっと秩父市街の夜景も見えるに違いない。

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三十槌の氷柱に到着。駐車料金は500円。通常はキャンプサイトの駐車場のようであるが、この期間は氷柱のための駐車場になるようである。観光パフレットの写真等を見ると氷柱の量はハンパではなく、今日は半分程度と入口の看板に記してあった。

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途中スタッドレスで遊びながら滝沢ダムの脇を抜け、今度は中津川出合の氷壁である。こちらは県道から見られるので駐車料金はかからない。

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彩の国ふれあいの森・埼玉県森林科学館を歩いて出発である。気温は0度程度。

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その昔、中津川林道が有料道路だった頃、ゲートの棒を受けていた鉄柱ではないか・・・と思われるもの。中津川林道が有料道路だった頃の痕跡???(その1)である。

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ちょっと寄り道して、中津川森林鉄道の軌道があったと思われる部分の土留めの石積みである。現場付近で採れる石を積んだものと思われ、コンクリートなどが間に入っていないので、この附近の石積みでは最も古い時代のものと思われる。

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氷壁(ひょうへき)を登る方々にお会いした。写真はイマイチであるが、この氷壁を登られるようである。お話によれば、今年は暖かくて例年のように3月半ばまでは登れそうもないとのことだった。

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4キロを示す道程標である。おそらく中津川林道が有料道路だった頃の痕跡?(その2)であろうと思われる。

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大山沢隧道のツララでである。本日見たツララの中では最も長かった。3m近くはあると思う。

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信濃沢橋である。このあたりから雪が本格的に見え出してきた。

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定番写真スポットの素掘りのトンネルの手前である。

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この橋を渡った直後、氷で足が滑って見事にスッテンコロリン。左肘から着地。傷もできて血も出て、超痛かった。

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氷の玉である。生成過程は不明であるが、サングラスとの比較で大きさが分かると思う。

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氷瀑(ひょうばく)である。迫力を伝えられないのが残念であるが、これを見ることができただけでも来た甲斐を感じる。

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本日の折り返し地点。林道の傾斜が急になる直前の旧大滝村道12.5キロ道程標である。ここでUターン。何やら動物の足跡が点々と続いている。

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お腹がすいたので昼食にする。本日のメニューはシーフードヌードル(大)、レトルト焼鳥、インスタントコーヒーである。雪の中での昼食で美味しかった。休憩時間33分41秒。

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下の写真は、文末の資料にいう大河俣沢(おおがまたざわ)という地点であると思われる。文末の資料添付図では、この場所は検分河原とも受け取れる表記なっているが、当方が昼食を食べた場所、すなわち旧大滝村道12キロ道程標の辺りが検分河原と思われる。

その理由は、文末の資料の『何々沢』は森林鉄道の起点や終点を示しており、線状特徴物である沢の中の特定の地点を指し示していると考えられ、沢の最下流がその地点であるとすれば、信濃沢はこの地点、大河俣沢は中津川本流上のこの地点となる。
仮に、その地点が沢の最下流でなかったとしても、地点間の距離と現地の様子を拠り所として判断すれば、リンク先の地点がその地点であると思われるためである。

なお、文末の資料添付図では大河俣沢の最下流が信濃沢の最下流と同一の地点とも読み取れる標記となっている。

また、地点間の距離を測る場合、森林鉄道の経路の方が蛇行しているため現在の林道より距離が長くなることは容易に想像できるが、その差は図上計測で数百メートルの範囲である。

まっ、地元の方に聞くのが一番確実で、かつ早いのだと思う。

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警笛鳴らせのホーロー看板は、取り付け方の共通点から、中津川林道開設当初からあったものではなく、後日、追加して取り付けられたものであるとの印象を持った。したがって、中津川森林鉄道の「警笛鳴らせ」を流用したものではないのだろうと思う。
この辺りでは湿度のある深山の香りのする空気を深呼吸しながら歩いていた。まずは息を吐き出して・・・という感じで。テレビドラマのチャングムをふと思い出した。

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信濃沢の中津川森林鉄道の橋脚である。

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ガク沢橋のプレートガーダーに作られた蜂の巣である。

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隧道内で見た断層。

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何かと思って見たのだが、スパイラル魚道だと思う。これこそ「ミニチュアライズ機能」で撮影すれば良かったと思うが、あとの祭。

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ということで、昨日購入のトレランシューズの履き心地も良く、20キロ超のトレッキングは終了である。全体としてみると、雪道2割、アイスバーン又はシャーベット道2割、グチャグチャ道3割、歩きやすい道3割程度のイメージだろうか。決して小奇麗なトレッキングなどではないなぁ・・・と思う。まっ車が来ないのはいいけど・・・。
途中お会いした方は、氷瀑にチャレンジする方、工事をしている方、そしてMTB乗りさん1人である。
帰路に着き、大滝温泉(入浴料@600円、タオル@200円、貸しバスタオル@200円)で入浴。温泉らしい温泉の泉質のように感じた。

---------- 資料の始まり ----------

最後に本日の埼玉県森林科学館での中津川森林鉄道等の整備に関する調査結果である。
 昭和18~22年 大滝村中津川猿市~信濃沢 6,247m
 昭和23年 信濃沢支線 400m
 昭和26~27年 信濃沢~大河俣沢 2,399m
 昭和30年 大河俣沢~検分河原 1,159m 合計9,805m
 宿舎数 信濃沢10戸、大河俣沢30戸、中の沢10戸
 中津川林道の開通は昭和41年8月4日で、延長は18,167mである。

---------- 資料の終わり ----------

本日の歩行と調査によって中津川林道(森林鉄道)について抱いていた疑問はほぼ氷解した。

2009年10月 6日 (火)

全国森林鉄道

中津川森林鉄道の続きである。

「全国森林鉄道」西裕之著(JTBパブリッシング)を、以前にポチッとしていた。1~2ヶ月かかるとのことだったので、気長に待つ気でいたのだが、本日、帰宅すると届いていた。この本の発行は2001年で、当方の手元に届いたのは2008年の2刷である。定価1,400円(税別)である。

旧大滝村の中津川森林鉄道は、50頁に「武州中津川森林鉄道」として掲載されている。当時の木材を運ぶトロッコの写真なども掲載されており、往時を髣髴とさせる。

引用は控えるが、文中では様々なことが要領よく掲載されており、この記述を超える記述は、Web等では中々見当たらないのではないかと思う。参考文献や資料提供・取材協力などの機関名を見ても、この調査内容を、ちっとやそっとでは、より深めるのは難しそうなことが良く分かる。加えて、書名が示すように、対象範囲が全国なのだから恐れ入る。

本の中の写真を見ていて気が付いたのは、道路標識についてである。今まで、トロッコ鉄道の遺構?は道路標識については支柱だけだと思っていたのであるが、下の写真の「警笛鳴らせ」の標識と極めてよく似たデザインの標識の脇を、機関車に牽引された木材を積んだトロッコが走っているのである。これは、超オドロキ! 道路標識は、何と支柱だけではなく、少なくとも「警笛鳴らせ」は、ある程度の確率をもってトロッコ鉄道由来のものが使われている可能性がある。

きっと森林鉄道に関する知識をお持ちの方が、中津川林道を自転車で走ってみれば、更に多くの発見があるのだろうと思う。

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しかし、その一方では、この本を基礎として実際に現地を確認して、プレートガーダーの銘板を確認するなどの地道な取り組みをされている方々もすごいと思う。

そして、もう一つ。

「全国森林鉄道」に長野県上松町・王滝村の王滝・小川森林鉄道が掲載されているのが面白かった。こちらには路線図がついており、「セルフディスカバリーアドベンチャー・イン・王滝」の100キロルートの一部(松原運動公園附近?)と森林鉄道の路線が重複するのである。当方は、王滝で走るMTBのルートを知らないが、中津川林道を自転車で走るのと似て面白いと思ったのである。

つまるところ、日本の森林鉄道の多くが広い意味での国有林に設けられたことが、全国的な共通点を生んでいる所以なのだろうと思う。

しかし、一方では、地元の目で見た森林鉄道、現場の目で見た森林鉄道という切り口も面白いと思う。当方は、今のところ、これ以上森林鉄道を追いかけるつもりはないが、少なくなくとも、平成22年度の刊行予定の「大滝村史」だけは読んでみたいと思うのである。

中津川林道は面白い。今度行ったときは、有料道路の痕跡を探してみたいと思う。

2009年9月27日 (日)

中津川森林鉄道

2009(平成21)年9月26日にパスハンターで走った中津川林道について、一部の区間の林道開設のベースとなっているトロッコ鉄道に関する内容をまとめたものが本記事である。自転車での走行編として中津川林道実走があるので、事前に、そちらをお読みいただければ幸いである。

ところで、当方は、トロッコ鉄道(この表現が妥当かどうかについても疑問があるが・・・)を含めての鉄道全般に関して、以前から強い関心を持ったことは全くない。つまり、ド素人である。まっ、子どもの頃に近所でトロッコを見た記憶はあるが・・・、そして中学校の国語の教科書に軽便鉄道敷設の文章が載っていた記憶はあるが・・・程度の認識しかないので、噴飯ものの内容を記してしまいそうであるが、お許しいただきたい。

ことのおこりは、「中津川林道」をWeb検索したことによる。読んでいて面白かったのは、廃探倶楽部である。結局、Web上で「武州中津川森林鉄道」という言葉に出会ってしまったことから、中津川林道をパスハンターで走りたいという意識とあいまって、探訪派の出動となったものである。

この話題を展開するには、西裕之著「全国森林鉄道」(JTBキャンブックス)を読む必要があるのだろうが、読んだことはないし、近くの図書館にもないし、通販で買おうとすると1~2か月が必要・・・と表示されるので諦めた。廃探倶楽部の記述により「武州中津川森林鉄道」との呼称は承知したが、とりあえずは、このブログではトロッコ鉄道と呼ばせていただくことにする。その理由は、自転車をこぎながら見た車輪やレールが、当方の子どもの頃の記憶に照らし合わせると、まさしくトロッコそのものだからである。

場所は特定しないが、道中でみたトロッコの車輪である。廃棄物っぽい扱われ方であるが、行政が収集保管に乗り出すかどうかは別として、どうみても文化財である。幅は762ミリっぽい。計ったわけではない。念のため。

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中津川の埼玉県森林科学館の辺りが土場(どば=木材の集積場所)であったという。確かにそうかもしれないと思える。

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しばらく進むと、いかにも建物と樹木の間をトロッコが走っていそうな景色がある。あくまでも「走っていそうな」である。

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またまたしばらく進むと、錆びたレールがあった。

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レールとしてではなく、道路標識の支柱として第二の人生を送っているレールもある。

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トロッコ鉄道の存在を、間接的に文字で確認できる鎌倉橋である。親柱を見ると、この橋は昭和35年3月竣工となっている。

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下にもぐるとこうなっている。鉄道の短い橋梁で、一般にも馴染み深いプレートガーダーである。

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廃探倶楽部の記述によれば、このプレートガーダーはもともと一体のものではなく、内側と外側(両脇?)で一体となっており、その内側のものにトロッコ鉄道時代に作られたことを示す銘板がついているとのことである。

下の写真は、外側のプレートガーダーの銘板である。「1960年2月 森林開發公團建造 製作 横(?)田機械工業株式會社 材質 SS40」と読める。橋の親柱の昭和35年3月竣工と符合する記載である。

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下の写真は内側のプレートガーダーの銘板である。「東京營林局 活荷重 FRS-5 株式會社横河橋梁製作所製作 昭和32年」と読める。ということで、下の銘板がトロッコ鉄道時代のものであり、上の銘板が林道建設時のものという推論である。現在の株式会社横河ブリッジ製作の橋梁は近所にもあるので、なんか歴史の流れを感じてしまう。

余談であるが、この写真を撮影するのは苦労した。自転車用でもヘルメットをかぶっていたのは正解であったが、かすり傷を作りながらの撮影であった。

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下の橋は、起点から8.4キロ地点にある信濃沢橋である。

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信濃沢橋を渡り、信濃沢の上流右岸を見たところである。支線の痕跡がこの先にあるとのことであるが、当方は確認していない。

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下の写真は、基点から9.8キロ地点にある中野沢橋の下の様子である。使われていない橋脚が見える。このパターン(橋の下又は脇の低い位置に古い橋脚や台座がある)は、すべてを検証した訳ではないが、下流部から一貫している流れである。このことから、少なくとも、この地点まではトロッコ鉄道があったと考えられる。

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廃探倶楽部では、トロッコ鉄道の終点を、中津川から9.8キロの検分(ケンブン)河原としているが、廃探倶楽部に掲載されている地図と他の地図を整合させると、起点から11.1キロの地点で「中津・西沢の大カツラ入口」の標柱がある場所のように思える。この場所からは作業道のような道も伸びているが、この場所が終点なのかどうかは、当方には分からない。

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下の写真は12キロ地点手前の広場である。土場だったのかとも思うが、トロッコ鉄道が直接にたどり着くにはかなりの勾配もあるし・・・で、見た目以外に根拠はない。

しかし、埼玉県森林科学館からの距離は9.8キロ程度であり、この場所が検分河原、すなわちトロッコ鉄道の終点の可能性も大いにあるのだろうと思う。

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これ以降は、トロッコ鉄道の経路に関わる話ではなく、レールその他のお話である。

下の写真は、文字通りのガード『レール』として利用されているトロッコ鉄道のレールである。松の木が歴史を感じさせる。

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そして、三国峠近くのゲートである。これもトロッコ鉄道のレールが使われている。

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そして最後に、横断側溝である。この材木は枕木ではないと思うが、犬釘がトロッコ鉄道のものかも知れない・・・とか思うが、損傷の度合い、すなわち交換頻度を考えると、可能性は低い気がする。

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以上、探訪を楽しませていただいた。今回は、トロッコの車輪を発見できたのが良かった思う。見つけたときは鳥肌が立った。

※ この記事の写真は通常の半分のファイルサイズになっています。

2009年9月26日 (土)

中津川林道実走

秋晴れのなか、中津川林道をパスハンターで走ってきた。
中津川林道は、勾配がゆるい中津川沿いの部分について、トロッコ鉄道の廃線敷を基礎として開設された林道である。そこで、通常の探訪記事を「中津川林道実走」とし、トロッコ鉄道の痕跡に主眼を置いた記事を「中津川森林鉄道」とする2本の記事にまとめることとした。なお、中津川林道は、現在、秩父市道大滝幹線17号線となっているが、一般的な呼称である「中津川林道」と呼ばせていただくこととする。

中津川林道は、1981(昭和56)年のゴールデンウイークに友達2人と3人で三国峠側から下ったことがある。前後は定かではないが、中津川側から登ったこともある。いずれにしても30年近く前の話である。
この頃になってパスハンターを復活させ、とりあえず定峰峠周辺の未舗装林道を走ろうかと思っていたが、大弛峠や中津川林道を走っていた当時の記憶がよみがえり、どうしても中津川林道を走ってみたくなってしまった。ということで、先日の「川上村ポタ」の帰りに、中津川林道を三国峠側から自動車で下り、下見をして来た次第である。

前日、スケジューラと手帳を見る。「夜の7時から会合があるけど・・・よしっ、明日行こう!」と即決。速攻、コンビニに買出しに行く。スポーツ飲料、ウイダー、SOYJOY等を大量購入したため、家族には何を考えているかバレバレであるが、ワクワクしてくる。

当日は、外が明るくなった頃に目が覚めた。熊鈴代わりのカウベルを自転車のハンドルに付け、自動車にiPodを先日と同じフォルダでセットし、愛車に愛車を積み込んで出発。普段と違う持ち物は、消毒液、傷テープ、ムヒである。しばらく走って、国道299号線に入った頃、最初の?「あ゛・・・っ」である。デジカメの電池を充電器に入れてコンセントに差したままにしてきたことを思い出したのである。やむなく戻る。かなりの時間をロスしてしまった。

国道299号線から140号線を走る。旧大滝村役場(現秩父市役所大滝総合支所)前を通過するときに「大瀧村道路元標」が見えたので撮影する。
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滝沢ダムを経て県道210号(中津川三峰口停車場)線に入る。道路の真ん中に樹が生えている。さすがに巨木なので、恐れ多いので残したものなのであろう。手前の中央分離帯の警告標識がダンゴのように見えて面白かった。

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少し進むと仏石山トンネル。右側に沢沿いに進む旧道が見える。この辺りでは、このパターンが非常に多いような気がした。

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その後も順調に進み、中津川林道沿いの埼玉県森林科学館に到着。オフロードバイクの一団が先着している。駐車場には車が2台、当方は3台目である。静かである。やおら準備をして出発。まずは下って中津川林道の起点を目指す。しかし、中津川林道の起点標識(正確には旧大滝村の村道17号線の起点標識)が見つからない。探索開始。すぐに痕跡を発見。自転車の前輪の前の円柱状のものが基点標識の基礎である。良く見るとガードレールも曲がっており、起点標識君は、車にハネられて頓死したものと見込まれる。

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道路の下には、変わり果てた姿となって基点標識君が落ちていた。それにしても、この基点標識君、ちょっと骨が弱そうである・・・。

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2.1キロ(獲得標高50m)(←ポラールでの計測。以下同じ。)走って、埼玉県森林科学館に戻ってきた。

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しばらく走ると、中津川林道利用上の注意の大きな看板がある。12月1日から翌年4月30日まで冬期通行止、午後5時から翌日午前8時まで夜間通行止等の注意書が書いてある。奥の建物は中津川渓流釣り場である。

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起点から3.4キロで舗装が終了しダートが始まる。少し走ると、左側に昭和34年度の中津川林道開設での殉職者の碑があった。手を合わせる。しばらく走ると、ここだけではないが道路標識がある。右カーブ注意と警笛鳴らせである。標識とともに見るべきは「支柱」である。何とトロッコ鉄道のレールが利用されているのである。中津川林道の道路標識には、いろいろとバリエーションがあっておもしろいが、ネット上に記載があった「CAUTION」という英語の標識は、ついぞ見つけることができなかった。

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起点から4.8キロ(獲得標高121m)で、鎌倉橋(昭和35年3月竣工)に到着である。この橋は、トロッコ鉄道の痕跡を色濃く残す橋であるが、その詳細は「中津川森林鉄道」に譲ることにする。

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起点から6.8キロ(獲得標高165m)で、ガク沢橋(昭和35年10月竣工)に到着である。景色が変化に乏しいので、目標になるのは橋である。

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しばらく進むと、社営林作業道学沢線分岐を過ぎる。社営の「社」は埼玉県森林公社の「社」であるが、今は、農林公社の「社」かもしれない。やがて、右側に川石の石垣が見事に続く。中津川林道の土留め(擁壁)は多くのパターンがあっておもしろいが、この辺りの石垣は古いものだと思う。

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その後、森林管理道大山沢線の分岐を過ぎて、信濃沢橋(昭和35年11月竣工)に到着である。起点から8.4キロ(獲得標高230m)の位置である。ここからはトロッコ鉄道の支線があったようであるが、それらしき平坦地はあるものの、それ以上の確認はしていない。ここから勾配が、若干ではあるが強まり始める。

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そして、いよいよ素掘りのトンネルである。起点から8.6キロ(獲得標高239m)の地点である。いい感じである。掘った人は大変だったろうな・・・と思う。

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しばらく進むと、起点より10kmの標柱があった。ポラールで確認すると、誤差は162mのみ。どっちも正確なのだと思う。やがて、「中津・西沢の大カツラ入口」の標柱が見えてきた。起点から11.1キロ、(獲得標高341m)の地点である。百メートル程度奥まで歩いてみたが、大きな樹は見えなかった。

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いよいよ本格的な登りであるが、それが始まる手前、起点から12キロ辺りにある広いスペースで一休みである。休憩時間は10分で、コンビニオムスビなどを食べる。ここいら辺で2人の方と話をする。一人は渓流釣り?の方、もう一人は、輪行で信濃川上からというMTBの方である。しばし話をする。
12kmの標柱辺りから勾配が一気にきつくなり(約10.7%)路面も荒れてくる。そして12.5km標柱を過ぎた切通しを抜けると、ウリウリの始まりである。非常にシンドイ。前2枚、後5枚では足りない感じがし過ぎるが頑張る。
やがてガードレールが見えてきた。トロッコ鉄道のレールでできた文字通りのガードレールである。レールの製造会社等を思い浮かばせるものはない。この頃、レールつながりということではないが、宮沢りえの「ドリームラッシュ」が頭の中で回り始めた。

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少し走って大きな岩があった。見ると、昨年のものか巨大な蜂の巣が見える。写真では分かりづらいが、中央やや右の紅葉した葉のあたりである。

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しばらく走って、2度目の「あ゛・・・っ」である。なんと左(後)ブレーキのレバーがハンドルから「もげた」のである。とにかく焦った。汗、汗、汗である。起点から14.3キロ地点のことである。少し緩んできたな・・・との印象はあったのだが、いきなりであった。
とにもかくにも、下りでなくて良かった。レバーのあるべき位置の左側に見えるのが熊鈴代わりのカウベルである。

とりあえず、その場で後輪をはずし、ブレーキワイヤーを緩め、ネジを締めなおして修理完了。所要時間12分52秒。

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その後、ウリウリと登り続ける。16km標柱過ぎの辺りと18キロ地点の辺りでは押しである。前回車で下ってきたとき「ここは押しだな・・・」と思ったのが18キロ手前の通称「ブタ岩」の附近である。無理である。今日も転倒しているオフロードバイクの方がいた。痛そうであった。
起点から18.7キロ(獲得標高854m)で、西沢橋(昭和40年10月竣工)に到着である。鎌倉橋などの平坦部分の橋に比べると完成が5年遅い。開設工事の進捗を知ることができる橋である。この橋の親柱はおもしろい。通常は、橋の名称と下を流れる河川や沢の名称が彫られているものであるが、なんと「中津川林道」と彫られているのである。

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起点から19.4キロ(獲得標高911m)で、三国橋である。親柱や欄干が流れ去っている。かなり厳しい環境である。

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しばらく進むと、起点より20kmの標柱があった。ポラールで確認すると、誤差は411m。ポラールの方が長めに計測している。かなり誤差がたまってきた。本日の最高心拍174拍はこの手前のぎりぎり登れる急坂で記録。

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残りは少しである。閉鎖用のゲートである。よく見ると、これもトロッコ鉄道のレールでできている。しかし、このレールの再利用は、どういう発想なのだろう。昔を保存する、例えば、古い家の材木の一部を新しい家に使うとかの発想に似たものか、それとも、材料を現場調達する方が比較設計では安かったのか・・・。いろいろと理由はありそうであるが、最終的には設計技師の発想によって決まるような気がする。

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やっとのことで三国峠に到着。起点から20.6キロ(獲得標高993m)、平均勾配4.8%(12キロ地点以降の平均勾配は6.9%)、所要時間4時間26分45秒である。今回は探訪にかけている時間が非常に多いので、行程の参考にはならない長い時間である。三国峠では650ccのBMWに乗った方に、例の標識の前で写真を撮ってもらった。切通し越しに長野県側を望む。

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川上村の標識前で記念撮影。お茶を飲んで、ウイダーを食し、8分39秒休憩。

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Uターンである。下りで気をつけたいのは、横断側溝にはまらないこと、タイヤサイドを裂かないこと、リム打ちパンクを避けること等である。勾配が急な区間では、横断側溝は木製である。と言ってもかなり埋まっているが、侮ってはいけない。加えて、犬釘が「生えている」感じである。頭がないのもあって要注意である。この犬釘がトロッコ鉄道のものかどうかはわからない。

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影が少し延びてきた。時間がない。慎重に急いで下る。しかし、ガタガタすごい振動である。サスペンションがついているMTBならこの振動はないんだろうな・・・と思う。手が痛い。その内にリフレクターのネジが緩んでくる。人間のネジも緩みそうな振動である。冗談はともかく、緩むと締めるを繰り返していたが、面倒くさいので外してしまった。以降は異音の発生もなく快調に下るかと思いきや、3度目の「あ゛・・・っ」である。「何だ? あの棒は?・・・」 タイヤがロックする程のブレーキをかけて回避。もちろんヘビ君である。

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埼玉県森林科学館に帰着。朝、出発した時と全く同じ状況である。でかける時は、こまどり荘で入浴してから帰ろうと思っていたのだが、時間がなくなってしまったので諦める。そそくさと出発する。後に義務的な用件が控えているのは、精神的に良くない。でも、走れたからいいじゃん・・・とか思う。

旧荒川村から秩父市街に入る辺りで、4度目の「あ゛・・・っ」である。フロントガラスの内側をキラキラ光るトカゲ君が動いている。勘弁してよ・・・。中でバタバタしながら、サイドミラーを見ると後ろのトラックの運転手が笑っている。後ろからって良く見えるんだ・・・と思う。無事、お引取りいただいた。

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しかし、せわしかったとはいえ、秋晴れの楽しい1日が過ごせた。驚くことも多かったが、のんびりまったりするには、やはり時間が必要だと思う。

※ この記事の写真は通常の半分のファイルサイズになっています。

2009年9月25日 (金)

三国峠の標高

中津川林道の続きである。中津川林道を自転車で実走しようと考え、国土地理院の2.5万図とにらめっこをしていた。

「あれっ、おかしいぞ?」

三国峠の標高は1,730mないし1,740mのように見える。峠の標識の1,828mって何?と思ったのである。切通しの高さは88m以上も・・・ないしなぁ、ということで不思議発見である。

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正確な根拠は分からないが、Web上の検索では、三国峠の標高は1,828mとするものが最も多く、1,740mとするものもあった。

そして、1,828mを北方にある三国山の標高としているWeb(長野県南佐久郡川上村公式HPの観光マップ等)もある。しかし、現行の国土地理院の2.5万図では、 三国山の標高は1,834mであり、その差は6mある。

なんでだろう?

当方の現時点での、それぞれの標高に関する結論は、三国峠1,740m、三国山1,834mである。

☆ 蛇足その1 ☆
標高がらみのお話である。市町村役場(役所)の中で最も標高が高いのは長野県南佐久郡川上村役場なのだそうである。その標高は1,185m。

☆ 蛇足その2 ☆
「大滝村史」は、現時点では発行されていない。「大滝村誌資料編」は刊行されている。秩父市教育委員会に確認したところ、大滝村史は現在編纂中で、平成22年度に発刊までこぎつけたいとのことであった。「名栗村の歴史(民俗)」を飯能市教育委員会が発刊するのに似ている。

2009年9月23日 (水)

中津川林道

中津川林道についてインターネット上で調べてみると、それはそれは色々な情報にアクセスすることができる。今日の今日まで、まったく知らなかったこともある。

中津川林道は、1966(昭和41)年完成とのことである。鉄道の廃線敷が林道の比較的平坦な部分のベースになっていることなどは、今日の今日まで、まったく知らなかったことであった。現在の道路の正式名称は「秩父市道大滝幹線17号線」とのことであり、起点は埼玉県秩父市中津川出合、終点は三国峠、全長は20.3kmである。廃線敷の件については、機会があれば大滝村史(2010(平成22)年度刊行予定)等を確認してみたいと思う。

昨日の記事に引き続き、三国峠から中津川出合に至る中津川林道の詳細である。

長野県南佐久郡川上村側から見た三国峠の切通しである。

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三国峠の標識。標高は1,828m※と記してある。結構、高い位置なのだと改めて思う。埼玉県秩父郡大滝村は、2005(平成17)年4月1日に秩父市等と合併し、新たに秩父市となっている。秩父多摩甲斐国立公園は、2000(平成12)年8月10日に秩父多摩国立公園から名称変更されたものである。

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旧大滝村の村道17号線終点の標柱である。この標柱と同様のつくりで、起点から何kmの表記をしてあるものが経路の随所にある。

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旧大滝村建設課の夜間通行止の看板である。

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しばらく下っていくと、奥秩父林道の橋をくぐる。この景色は印象的な景色で、30年近く前は周囲の木々が繁茂しておらず、奥秩父林道のループがよく見えたような記憶がある。写真は、起点側から振り返ってみたものである。ここからしばらくは路面の状況が良くない。特に中津川沿いに出るまでのカーブの連続は、傾斜も強まって大変である。まあ当方の感覚では乗用車でも通過できるレベルではあるが、そう簡単に安全・無傷に通れる道でないのは確かである。

「この道路の通行により発生した事故については一切の責務を負いません。大滝村長」との看板が終点には設置されていたが、法律上の管理者責任が免れるかどうかはともかくも、道路管理者にそのような看板を立てさせる道路(林道ではなく道路法上の道路)であることも事実である。

通行中に見かけた車両は250ccぐらいのオフロードバイクが圧倒的に多い。自転車は1台も見なかった。自動車はガチガチの4駆から軽乗用車(登山者と思われる1台のみ)まで様々であったが、渓流釣りと思われる車両を除くと数台である。

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下の写真は林道が中津川沿いにでる寸前のへアピンカーブの切通しである。ここを過ぎると、渓流釣り?の駐車車両が目立つようになる。この地点の標高は1,200m弱である。

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ここから、勾配の少ない、どちらかというと直線的な、中津川沿いのダート路となる。土ぼこりがすごいので、車はほこりだらけになることは確実。雨なら・・・走っていないのでわからない。

走っていると土留めが川石の石積みで、間知石やブロックではないことが分かる。歴史を感じさせる。下の写真は「なかのさわはし」の親柱である。昭和37年2月竣工と記されている。

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県営林道大山沢線起点の分岐である。

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最後の写真。中津川林道の起点である中津川出合、県道210号(中津川三峰口停車場)線との分岐である。この地点の標高は750m程度である。

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中津川林道のダート部分の延長は17キロ強。大滝(おおたき)ではなく王滝(おうたき)の林道100キロをアグレッシブに走り抜ける力量を持ってすれば、ウォーミングアップ程度の道のりかもしれないが、現在の当方にとっては挑戦する道である。とりあえず、今日の「四方の山々自動車探訪=下見」は終了である。

※ 2009(平成21年)9月25日追記 : 三国峠の実際の標高は1,740mと思われる。詳しくはこの記事の次の記事「三国峠の標高」を参照されたい。

※ 自転車(パスハンター)での走行記録は「中津川林道実走」を参照されたい。

※ 林道の元となったトロッコ鉄道については「中津川森林鉄道」を参照されたい。