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2012年12月12日 (水)

相模野基線

今日は相模野基線(さがみのきせん)を探訪してきました。

相模野基線は国土地理院の地形図作成の基本的測量手法であった三角測量の最初の一歩ともいうべきものです。

国土地理院の地形図は、隣同士の一等三角点を結んで作る三角形の連なった網(一等三角網)を基礎として作成されています。

少々ややこしい話ですが、三角形の1辺の長さとその両端の角度が分かれば、他の2辺の長さは計算により求めることができます。

したがって、理論上は最初の三角形の1辺の長ささえ実測すれば、それ以降は角度のみを測ることによって全国に展開された三角網のすべての辺長を計算で求めることができることになります。

相模野基線は「一等三角網を作るために実測された最初の三角形の1辺」とでも表現すれば良いでしょうか。

下の文は、相模野基線北端点に設置されている相模原市教育委員会の「相模野基線北端点解説板」の解説文です。

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相模野基線北端点の沿革
所在地 相模原市麻溝台4丁目2,099番
沿革 相模野基線北端点は、明治15(1882)年に陸軍省参謀本部測量課(後の陸地測量部、現在の建設省国土地理院)が地形図全国整備計画に基づき、近代測量の最初の基線である相模野基線を設けるにあたり、同基線の北端にあたる当時の高座郡下溝村に設置したものです。
相模野基線は、この北端点と当時の高座郡座間入谷村に設置された南端点(座間市ひばりが丘1丁目)とを結んだ直線のことをいいます。
明治15年3月から準備作業が進められ、同年9~10月にかけて両端点間の実測測量が行われ、その基線の全長距離5209.9697mが算出されました。(相模野基線略図参照)
そして、この成果をもとに翌16年4月からは三角測量が開始され、「相模野基線網略図」のように順次((1)~(3))、基線を拡大することにより一等三角網(平均距離40kmごとに配置されている一等三角点により形作られている。)が形成され、より大きな三角網の基準となる丹沢山と鹿野山((3))の間の距離が算出されました。
その後、三角測量は順次全国へと進められ、それに基づいて作成された地形図は途中、縮尺の変更等がありましたが、大正14年には全国の5万分の1地形図として完成しました。
       建設省国土地理院監修  平成2年3月 相模原市教育委員会

※ ○数字は( )数字に置き換えました。下線を付した「基線を拡大」の表現についてはネット上を検索してみると「基線を増大」の表現も目立ちます。
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この解説文には略図が添付されていて、その略図を参照しながら読むと理解しやすいのですが、当方が作成した下の図を参照しながら次の文をお読みください。

2012121201 

実は相模野基線が一等三角網の最初の基線となったのではなく、
(1)まずは相模野基線の南端点と北端点を結ぶ直線を基線として、東の長津田村及び西の鳶尾山を頂点とする2つの三角形を作り、
(2)次に長津田村と鳶尾山を結ぶ直線を基線として、南の浅間山及び北の連光寺村を頂点とする2つの三角形を作り、
(3)続いて浅間山と連光寺村を結ぶ直線を基線として、東の鹿野山及び西の丹沢山を頂点とする2つの三角形を作り、鹿野山と丹沢山を結ぶ直線を一等三角網の最初の1辺(基線)としたという手順になります。とはいえ、上の図に示した三角点はすべて一等ですので、相模野基線から始まった3段階の三角網も一等三角網なのかもしれません。

ということで探訪の開始です。早朝車に乗って出発し、まずは鳶尾山に向かいました。車を駐車できる場所を見つけるのに苦労しましたが、地元の方の散歩コースのようで中高年の方が多くおられました。一等三角点「鳶尾山」標高234.13mがあります。

※ 2013(平成25)年5月28日追記
この三角点の標石は、この三角点が移転を繰り返していること、標石自体の上部の面取りがないことなどから当初に設置された標石ではないものと思われます。

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南には一等三角点網を構築するために測量された平塚市の浅間山を見ることができました。浅間山の東(左)側には相模湾も見えました。

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続いて北端点に向かいます。途中、現在は北端点から鳶尾山を見ることは建物があって不可能と思われましたので、相模野台地からどのように鳶尾山が見えたのだろうと思い、相模野台地の東端である相模原麻溝公園東側の大山祇神社から鳶尾山を見てみました。

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相模原麻溝公園にあるグリーンタワー相模原にも昇ってみました。タワーの高さは55m、展望室の高さは38mで、展望室からは丹沢や奥多摩の山々、湘南の海、東京スカイツリーなども見えて良い景色でした。公園内で食べたホットドッグも美味しかったです。

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北端点に到着です。北端点は相模原市指定史跡であり、相模原市南区麻溝台4丁目2099にあり、一等三角点「下溝村」標高97.17mです。現地には相模原市教育委員会の解説板や相模野基線の土木學会選奨土木遺産の認定プレートなどがあります。

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続いて若干苦労して中間点に到着です。中間点は南端点とともに座間市指定重要文化財であり、座間市相模が丘2丁目346-2地先にあり、四等三角点「基線中間点」標高84.65mです。現地には座間中央ロータリークラブが寄贈した解説板があります。道路上に「相模野基線中間点 建設省国土地理院」と記されたマンホールがあり、その下に標石が設置されており、その先端には真鍮のキャップがあります。なお、中間点は1902(明治35)年、測地学会が相模野基線設定後に北端点及び南端点の間を測量した際に設けられたもので、設定が行われた1882(明治15)年の時点では、南端点から1,598mの位置に第1中間点、北端点から1,745mの位置に第2中間点が設けられていました。つまりは長さを測るときは南端点から測り始めたということでしょう。

続いて交通渋滞にあいながら南端点に到着です。南端点は座間市ひばりが丘1丁目5543番地にあり、一等三角点「座間村」標高74.90mです。現地には国土地理院が設置した北端点と同様の御影石のプレートがあります。

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最後に、一等三角点「長津田村」標高100.44mに到着です。「長津田村」は神奈川県横浜市緑区長津田町の飯縄神社(高尾さま)の境内地にあり、地形図上では東京工業大学すずかけ台キャンパスと東名高速の横浜町田ICの間に高尾山と表示されています。

2012121210

標石は上部の角が面取りされている珍しいものです。この場所からは、鳶尾山同様に南端点や北端点が見えたはずなのですが、建物の立ち並んだ現在では、どのように見えたのか知る由もありません。

2012121211

高尾山の近くにある南町田のグランベリーモールを見て帰路につきましたが、帰路の渋滞もかなりのもので、予想以上の時間を費やした探訪でしたが、懲りずに今度は、「浅間山」「連光寺村」の両三角点、更には「鹿野山」「丹沢山」の両三角点も探訪してみたいと思っています。

オマケ
理論的には基線は1本で良いはずですが、誤差の問題などから相模野基線が設定された以降に別の基線が設定さています。また5キロにも及ぶ基線の長さをどのように計測したのか、端点の構造はどうなっているのか等については、国土地理院東北地方測量部の非常に分かりやすいこちらの資料を御参照ください。

※ 2013(平成25)年5月28日追記
当方の一等三角点「連光寺村」の探訪記事はこちらです。
当方の一等三角点「浅間山」の探訪記事はこちらです。

※2014(平成26)年3月25日追記
当方の一等三角点「鹿野山」の探訪記事はこちらです。

※2014(平成26)年3月29日追記
当方の一等三角点「丹沢山」の探訪記事はこちらです。

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものです。

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コメント

現代日本の礎を垣間見ることが出来て、非常にタメになるなレポですね。素晴らしいです。

近所でしたので、機会があれば、トレースしてみたいと思います。

変形する国土に対して、基準をどこに設定するか、国際的な取り決めがあるのか、気になりました。

コメントありがとうございます。アンプ犬さんなら鳶尾山の山頂も北西の尾根筋が林道と交わる地点(やなみ峠 http://maps.gsi.go.jp/#15/35.506879/139.321097 )側から行けばランドナーでスイスイだと思います。当方は中間点の到着にもたつきましたが、理由は踏切がなくて小田急線を渡れなかったことによります。
測量の世界標準のお話は「塩屋天体観測所」の「天文経緯度と測地経緯度」のページが非常にわかりやすいように思います。
参考URL:http://www.h2.dion.ne.jp/~kazuf/sao/135e/tenmonsokuchi.htm

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