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2011年12月

2011/12/31

2011年を振り返る

1月 秩父中津川の氷瀑探訪。

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2月 大里用水探訪。

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3月 深谷市探訪。

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4月 晃石山に登り、珍しい一等三角点標石を見る。

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5月 西秩父線を走り、父不見山に登る。

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6月 あじさい街道を走る。

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7月 大里郡寄居町用土の円筒分水堰探訪。

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8月 西上州小沢岳に登る。

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9月 狭山湖北入の縄竹橋探訪。

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10月 武甲山に登る。

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11月 平面直角座標系第Ⅷ系原点探訪。初冬の風情の八ヶ岳を見る。

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12月 お台場からレインボーブリッジを歩いて往復。

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1年間、当ブログを訪問いただきありがとうございました。

2011/12/25

イルミネーション

今日は久々の日曜日。忘年会もないので「おおたイルミネーション2011」を見てきた。鮮やかな光を見ていると、なんとなく今年を振り返ったりもする。

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会場は太田市北部運動場で標高は100m弱。とはいえ、やっぱり冬の夜。かなり着こんで行ったのだが寒かった。

夜景の写真は失敗ばかりなので、今回は少々工夫してCX3をつけたミニ三脚を擬木柵の上に置いて、夜景モードに加えてセルフタイマーで撮影。

2011/12/17

今日の風景111217

八瀬大橋から見た富士山。

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2011/12/16

農業気象

先日、気象に関する専門知識をお持ちの方とお話しをする機会があった。

以前から、鳩山アメダス(埼玉県比企郡鳩山町)の最低気温が周辺と比較して低いことに興味があり、当ブログでも「鳩山アメダス」として探訪しているので、その理由をお聞きしてみた。すると、即座に答えが返ってきた。超ビックリsign03 気象の世界では鳩山アメダスの最低気温が低いことは有名なようである。お答えをもとにWeb検索してみると下記の論文がヒットした。

紺野祥平・高橋日出男(首都大学東京)「埼玉県鳩山町における冬季夜間の気温逆転層について」である。全文を読むことができなくて残念なのであるが、初めに「関東平野周囲の丘陵地帯に位置する『鳩山』AMeDASは、冬季を中心とした晴天静寂な夜間に周辺観測点よりも特に低温となり、秩父の気温を下回ることも少なくない。(後略)」と記されており、観測の成果として「夜間から早朝にかけての気温の鉛直分布によれば、日の入り後すぐに逆転層が発達し、早朝には地上から高度100mまでの間で約10℃の強い逆転層が形成された。」と記されている。

何となく鳩山アメダスの最低気温を見ていて感じていたことが科学的に証明されていることに嬉しくなった。

となると・・・程度の問題はあるにせよ、標高がある程度高ければ暖かい・・・というか寒さが和らぐのだ・・・と思った。そこで調査を継続。

寄居町のHPは「風布・小林地区は、四方を山に囲まれ、低地よりも高い所の方が暖かいという盆地特有の気温の逆転現象を生かし、日本のみかん産地の北限として有名です。」と記している。さすがである。きっと、この文章を書いた方は逆転層の知識をお持ちなのだろう。もしかすると、寄居町から見た「波久礼あたりから先の霧」もこれで説明がつくのだろうか・・・とか思ったりした。

ついでにと言っては失礼だが、ときがわ町のHPを見ると「ときがわ町大附地区では温州みかんを中心に福みかん等の数種類のみかんやゆず等かんきつ類を栽培しています。」と記されており、毛呂山町のHPを見ると「毛呂山町のなかでも、滝ノ入、阿諏訪、大谷木地区は、南斜面で風当たりが弱く、霜がほとんど降らない、ゆず栽培に適した条件がそろっていたため、ゆず栽培が盛んに行われてきたのです。」と記されている。

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結局、これらの関東平野西側の丘陵地帯は、冬場は「温暖」といえるのだろうと思う。最後に、これをまとめて裏付ける論文(講演要旨)である。こちらも全文を読むことができなくて残念なのであるが「関東の農業気象 第8号」(日本農業気象学会 関東支部誌 電子媒体版)に掲載されている、紺野祥平・泉岳樹・高橋日出男(首都大院都市環境)「TERRA/ASTER夜間熱赤外線により捉えられた関東平野西部の山地斜面における斜面温暖帯」である。この中には「本研究では、関東平野西部の丘陵地帯における(中略)山地斜面中腹に明瞭な斜面温暖帯(夜間、設置逆転層の発達や斜面冷気流によって斜面中腹に現れる相対的な高温域)が確認された。」と記されている。

サイクリスト的に表現すれば、年の暮れ12月27日の夜10時近く、弓立山や堂平山あたりの方が、長楽・赤尾落合橋や鳩山ローソンあたりに比べ暖かいということである。ちょっと常識的にはなじまないけど、晴天静穏という条件のもとで確かな事実なんだと思う。

近頃は、温暖化の影響か「みかん」や「ゆず」などの柑橘類の北限が分からなくなっているのだが、日ごろ自転車で走り回っている風布にしても、大附(弓立山)にしても、滝ノ入(桂木観音)にしても、「みかん」や「ゆず」が栽培されている背景には、農業気象の科学で裏付けられる温暖な気候があるんだと、改めて納得した次第である。

それにしてもしばらく自転車に乗っていないなぁ。明日も明後日も寒そうである。鳩山アメダスの最低気温は何度であろうか。

2011/12/09

連濁

※ このカテゴリー「211刈場坂(苅場坂)峠」内の記事は、峠の表記方法や呼び方を探訪する目的で書かれています。それぞれに関連がありますので、一連の記事としてお読みいただければ幸いです。
なお、本編は22編の記事で構成されており、その目次はこちらです。

ひょんなことから、今日初めて「連濁」という言葉を知った。

奥武蔵の山、「天覧山」は「てんらんざん」と「日和田山」は「ひわださん」と呼ばれている。なぜ「山」の読みが濁ったり濁らなかったりするのだろう、つまりは、なぜ「てんらんさん」や「ひわだざん」ではないのか。
宮沢湖「みやざわこ」や鎌北湖「かまきたこ」も面白い。なぜ「みやさわこ」や「かまぎたこ」ではないのか。

新明解国語辞典第四版には、「れんだく【連濁】 ある条件下の二つの語が連接して複合語を作る時に、下に来る語の第一音節の清音が、濁音になること。例、『あめ+かさ→あまがさ』。」と記されている。

ということで本題である。「刈場坂(苅場坂)」峠の呼び方についてであるが、「かりばさか」「かりばざか」「かばさか」「かばざか」のどれが本来の呼び方なのかと調べ続けてきたのだが、結局「坂」の読みは「刈場坂(苅場坂)」が「刈(苅)場+坂」の複合語であることから、連濁しない場合とする場合で「さか」にも「ざか」にもなり得るのであって、本来は「さか」であっても、時代によって地域によって変化するものなのだということに、やっと、たどり着いたのであった。

調べたついでに「鎌北湖」。YouTubeに「毛呂山音頭」が掲載されており、その歌い手である三波春夫が「のぼりゃ さくらの かまぎたこ~♪」と鼻濁音ぽく歌っている。ウィキペディアにも「k」の音が「g」の音に連濁するときは、東日本の広い地域で鼻濁音化すると書いてあったので、確かなことは分からないが、セオリーどおりの発音なのかもしれない。この場合は連鼻濁(冗談ですhappy01)であろうか。

またまた調べたついでに、三波春夫の鼻濁音はWeb上で評価されているのだが、藤山一郎の歌を聞いても、こちらの鼻濁音もきれいだなぁと思った次第。

それはともかく、結論として、連濁は変化して当然のものと考えて良い。つまりは、刈場坂(苅場坂)峠の「坂」は、本来は「さか」であっても、「さか」も「ざか」もどちらも正しいということである。

※2011(平成23)年12月17日追記
いろいろと調べてみると、長野県飯田市に「羽場坂町」という地名があることを見つけた。読みを調べてみると「はばざかちょう」のようである。「かばざかとうげ」と似た語感があって興味深い。

2011/12/04

お台場

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今日は「お台場」に車で行ってきた。午前中は身動きがとれず午後からの出発である。

しばらく前に大型バスに乗ってレインボーブリッジを渡る機会があったのだが、車窓から景色を眺めていて、初めて「第三台場」の内側が凹んでいることに気づいた。これは行ってみるしかない・・・と密かに探訪を企んでいたのであった。
お台場の有料駐車場に車をとめて出発。都立台場公園の案内板である。

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案内板には、次のように書かれている。(都立台場公園のあらまし)

台場公園(第三台場)
「お台場」の名で知られる品川台場は、江戸幕府が黒船来襲にそなえて品川沖に築いた砲台跡です。設計者は伊豆韮山の代官・江川太郎左衛門英龍で、ペリーが浦賀に来航した翌月の嘉永六年(一八五三年)八月に着工、一年三ヵ月の間に六基が完成しました。現在は大正十五年(一九二六年)に国の史跡に指定された第三、第六台場だけが残されています。このうち第三台場は、昭和三年東京市(都)によって整備され、台場公園として解放(ママ)されています。周囲には、海面から五~七メートルの石積みの土手が築かれ、黒松が植えられています。また内側の平坦なくぼ地には、陣屋、弾薬庫跡などがあります。(原文縦書)
※ 「第三台場」と「第三海堡」はまったく別のものですので、念のため。

第三台場の北東角には三等三角点「三番台場」、標高9.5mがある(写真左側)。写真ではわかりずらいが右側の標石は「築港測點 21」である。

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砲台跡である。なお、案内板の地図に「江戸時代のものではありません」との注記があった。

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さて、次は本日2つ目の企画「レインボーブリッジを歩いて渡る」である。レインボーブリッジは二層構造の橋で、上層は首都高速11号台場線、下層は東京都道482号(台場青海)線(車道及び歩道)及び新交通システムゆりかもめが走っている。ということで、単に都道482号線の歩道を歩くだけのお話である。

下の写真がお台場側の入口である。歩道はレインボープロムナードと名づけられており、サウスルートとノースルートがあり、ここから対岸である芝浦までの距離は1,523mである。

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サウスルートを歩く。ちなみに自転車は下の写真のような決まりとなっているらしく、乗って走ることはできない。また、歩道部分はタイル張りで、SPD-SLで歩くのはつらいと思う。
※ 自転車を押して歩かれていた方へ 快く写真撮影とブログへの掲載を承諾いただきありがとうございました。

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吊橋の中央である。

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しばらく歩いて、東京湾側を眺めると船の科学館、東京港トンネルなどが見える。遠くに見える巻貝のような建築物は何だろう?

※ 2011(平成23)年12月5日追記 「遠くに見える巻貝のような建築物」は、東京湾アクアラインの「風の塔」である。デザイン的には巻貝ではなく、ヨットの帆であるとのこと。

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遠くに富士山を見ながら対岸の芝浦アンカレイジに到着。エレベーターで7階から2階まで降り、一旦、外に出て橋を真下から眺めてみる。

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今度は、北側のエレベーターに乗って7階まで行き、ノースルートをお台場目指して歩く。夕暮れが迫り、とにかく風が強くて寒いが景色は良い。スカイツリーが見える。良く見ると、最も右側のビルにはレインボーブリッジの主塔が映っているようにも見える。

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都道482号線とゆりかもめである。たまたま下の写真では車が写っていないが、歩道を歩いていると車の走る音は大きい。網の中には、かすかにゆりかもめの車両が写っているのであるが、この車両が走ってくると橋の転落防止用の網などがビリビリと振動するのが分かる。

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とにかく寒い。やっとのことで渡りきる。振り返る。

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しかし、面白い探訪であった。

※ 冬場は17時30分でレインボープロムナードは閉鎖されます。走るのであれば別ですが、写真を撮るため等で歩くのであれば、風の強い日はそれなりの防風対策が必要のように思います。 

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