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2011年9月

2011年9月18日 (日)

縄竹橋

昨晩のこと。天気予報を確認しながら「今日も明後日も仕事なので、明日は朝日に光る狭山湖でも見に行こうかなぁ」などと思っていたのだが・・・爆睡。目覚めてみれば日は高く上がっていた。

お昼近くなって車で出動。どうせのことなら上流から行ってみようということで、懐かしい道を辿りながら小作取水堰を目指す。上流に架かる多摩川橋から見た小作取水堰である。

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あたりを歩いてみる。東京都水道局羽村取水所小作取水堰管理所。水が濁っていて流れも速いので水鳥たちも開店休業という感じなのだろうか。左下の写真は小作・山口水路の「頭首工遠景」という感じだろか。右下の写真は、多摩川の水が取水口からUターンして入る沈砂池で堰を越流した水が小作・山口水路へと流れ込んでいる。

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下流に向う。それにしてもサイクリストが多い。羽村取水堰附近に到着。サイクリングの記事では定番の一つ「玉川兄弟像」である。

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下流左岸から撮影した羽村取水堰である。

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羽村取水堰の取水口である第1水門(右側)と、流量調整のための第2水門(正面)である。

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玉川上水沿いを下流に歩いていくと羽村線の頭首工ともいうべき第3水門(左側)がある。ここから玉川上水から分岐した多摩川の水は、多摩湖・狭山湖に向けて隧道を抜けていく。

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福生駅の脇を抜け国道16号線へ。北上して右折。新青梅街道を走り一休み。こちらのお店は群馬県内では行ったことがあるが東京都内では初めてである。やっぱり巨大である。屋上からは霞んでいるが富士山が見える。すき家のやきとり丼+お新香セット+コーラM(合計550円)で昼食。再び屋上から武蔵村山市総合運動場、都立野山北・六道山公園管理所方面を眺める。豊昭線の鉄塔は昔と違っている。建替えになっているようである。

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駐車場に車を停め、少々歩いて都立野山北・六道山(ろくどうやま)公園管理所に到着。中に入りパンフレットをいただく。管理所の北東にある六地蔵である。案内の標柱によれば、1897(明治30)年8月から11月にかけての赤痢の流行により亡くなった方々の供養のために建てられたもののようである。御判立(ごはんだて)を目指して北西方向に歩き出す。右側には東京都水道局のフェンスが続く。

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歩いている途中で面白い扉があった。山口南第20号扉(所沢市大字勝楽寺1154番地)である。何が面白いかといえば、南京錠が内側にかけられていることである。

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御判立に到着。六地蔵から610mである。

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狭山湖側に続く道の御判立のゲートである。正直のところ、ここでUターンしようと思って歩いて来たのだが、ゲートに取り付けてある注意書きを読むと「徒歩で立ち入ることについては、この道のみを歩いている限り問題はない。」と理解できたので少しだけ・・・と思いつつ入ってみることにする。

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歩いていると下の写真のようなコン柱?が目についた。天測点みたいな形をしているが建っている理由は憶測すらできないが、車止めの類かもしれない。

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いづれにしても静か過ぎる道で(といっても2トンダンプでも走れそうであるが・・・)、徐々に沢の中に高度を下げていく。駐車場の閉門時間が気になっているので念のため携帯で時刻を確認するが「圏外」表示である。時間的には大丈夫そうなので、「もう少し行ってみようか・・・」と何度か思いながら進むと沢床に下りてしまい、縄竹橋に到着してしまった。

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「縄竹」というと、当方は「竹縄(たかなわ・竹で編んだ縄)」を連想するのであるが、縄竹は周囲の看板等の表示から入間市大字宮寺の小字である。

縄竹橋はボックスカルバートを横に並べたような構造で、上にはコンパネが敷いてあった。上流側の様子である。向って右側が金堀沢、左側が大沢の流れであろうか。

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下流側である。

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しばらく進むと、左側に金堀沢入口の扉に施錠する旨の看板があった。行政の看板としては書いた人の意思を感じる何となくな・・・看板である。

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結局、ここまで歩いてきてしまったのでは小作・山口水路の出口まで行ってみようと思い前に進む。

小作・山口水路の出口である。大きなスピーカーというよりは拡声器が設置してある。先ほど、小作取水堰で見た水は、もう流れて行ってしまったのだろうか・・・とか思う。流速はどのくらいなのだろう。

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さいたま緑の森博物館方面には向わずにUターンである。しかし、繰り返しになるが静か過ぎるほどの道である。

御判立から赤坂谷戸に下りて沢の中を歩き駐車場へ。時間的には余裕で間に合った。

武蔵村山市総合運動場第1運動場である。その昔の「安宅総合グラウンド」の面影は感じない。周囲の景色が違いすぎるが、バックネットの向いている方向は変わっていないようである。

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もっと涼しく(寒く)なってから行こうと思っていた縄竹橋ではあったが、行けて良かったとは思うものの、季節によって印象は違うのだろうが、少なくとも夏の盛りには繰り返し行きたい場所でもないような感じである。

本日の探訪については、多摩湖のページ(http://www.geocities.jp/akutamako/)を参考にさせていただいた。感謝申し上げたい。

2011年9月11日 (日)

狭山湖

※ この記事は2011(平成23)年9月16日に、「村山砦」の記事を併せ加筆修正したものです。

今日は日中に仕事があって、夕方近くになって車で狭山湖(山口貯水池)に行ってきた。近くの有料駐車場に車を停めて歩き出す。

まずは東京都水道局「村山山口貯水池管理事務所」である。正門近くも立入禁止なので遊歩道から生垣越しに撮影。

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堰堤まで行くと湖面には雲が映っている。風がなければ鏡のように水面が静まるのかもしれない。歩いていると立入禁止区域への立入者を注意する放送が聞こえてきた。

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ところで、狭山湖の水の大部分は多摩川から導水されている。下の写真は案内板の一部を写したもの。(写真をクリックすると拡大)

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下の写真は狭山湖の大きく二つに分かれた北側の沢(北入)をズームで撮影したもの。逆光で霞んでいるが、湖面上部の中央には多摩川からの導水路の流入口が見える。上の写真の一般平面図によれば小作堰(最大取水量5立米/秒)で多摩川から取水された水は、小作・山口線(φ3,800mm・延長8,455m)を通り狭山湖に到達している。下の写真の丘陵上部の中央には送電線の鉄塔が見えるが、おそらく「さいたま緑の森博物館」内の豊昭(ほうしょう)線の19号鉄塔であろうか。

この沢を遡ると縄竹橋で金堀沢と大沢に分岐するようであるが、何分立入禁止区域のようなので詳細は分からないが、さいたま緑の森博物館から狭山湖右岸側の「御判立(ごはんだて)」までなら歩くことができるとしているHPもある。

当ブログの縄竹橋探訪記事:縄竹橋⇒
http://yomotan.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-2188.html

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一方、大きく二つに分かれた南側の沢(南入)には、多摩川の羽村堰(最大取水量17.2立米/秒)で取水された水が、羽村線(φ2,900mm・延長8,329m)及び山口引入水路(φ2,900mm・延長523m)で流入しているようであるが、当方は先日まで羽村線は多摩湖にのみ導水しているものと思い込んでいた。

当ブログの従前記事:狭山湖・多摩湖 ⇒
http://yomotan.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-f3dc.html

東京都水道局が作成した日本水道協会の 参考資料 を読んでみると、山口引入水路は1932(昭和7)年5月に完成し、以後50年を越える年月を経て大規模改修工事に着手され、1987(昭和62)年4月にφ2,900mmのU型ダクタイル鋳鉄管(公称管厚30mm)を既存隧道の中に布設して隙間をモルタルで埋めるというパイプ・イン・トンネル工法の工事が完成したようである。その資料によれば延長は460.0mとなっており、案内板と距離が異なるが暗渠部分だけの延長なのだろうと思う。ちなみに羽村線の完成は1923(大正12)年7月である。

さて、狭山湖周辺の丘陵地は35年くらい前には何度も訪れたことがあるのだが、調べてみると現在は「さいたま緑の森博物館」と「都立野山北・六道山公園」が地続きになっていること、その昔、忘年会などでお世話になった「村山砦」の跡地が野山北・六道山公園の管理所のあたりであることなどが分かった。

この記事にいただいたコメントをきっかけにガソゴソと地図の山を調べてみた。

1969(昭和44)年測量の地図を発見。現在の武蔵村山市。当時は東京都北多摩郡村山町である。村山町が市制施行により武蔵村山市となるのは1970(昭和45)年11月3日のことなので理屈にあっている。

地図の東中央には「村山砦」(跡地は都立野山北・六道山公園インフォメーションセンター(管理所)・実際の表記は誤植で「村上砦」)があり、また西中央には「安宅総合グラウンド」(現在は武蔵村山市総合運動場第一運動場)がある。加えて西端には豊昭線の送電線や鉄塔が見える。

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もう一つ、地図上で面白かったのは、東京都水道局猟場である。狭山湖(山口貯水池)の南側の大きな沢(南入)の奥に、建物や池があって「東京都水道局猟場」と表示されている。

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この場所については、国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスで1974年撮影の空中写真を見ると様子が良く分かる。多摩湖(上)への導水路(羽村線)から分岐し狭山湖に向う「山口引入水路」の普段は見られない狭山湖水面下の様子も分かる。
参考URL:http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=1011971&isDetail=true

この空中写真と同時に撮影されたと思われる数葉の写真を見ると、狭山湖の北側の大きな沢(北入)で導水路の工事をしている様子が写っているし、湖底に沈んだ田畑や畦道がうっすらと見える・・・。

車に戻って、狭山湖の北岸を通って、さいたま緑の森博物館方面に向うが午後4時から自動車通行止めとのことで通行をあきらめ狭山丘陵北側に下りる。

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早稲田大学所沢キャンパスの脇を下り県道に出て、さいたま緑の森博物館に行ってみた。

さいたま緑の森博物館は、どんな施設なのか分からなかったのだが、行ってみて埼玉県営の施設で、丘陵地の自然そのものを展示内容とする博物館であって、指定管理者が管理していることがわかった。

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ヤブカ、スズメバチ、マムシの類は遠慮したいので、もう少し涼しく(寒く?)なったら、立入が許される範囲で、狭山湖の周辺を探訪してみようと思うのだが・・・。

※ 2011(平成23)年9月19日追記
狭山湖(山口貯水池)の工事に関しては、「土木学会附属土木図書館>デジタルアーカイブス>戦前図書・雑誌コレクション>土木建築工事画報>第8巻(1932(昭和7)年)10月号>山口貯水池工事に就て(東京市水道局拡張課長 小野基樹著)」に詳しい。 http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/gaho/kenchikukouji/08-10/08-10-1700.pdf

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