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2011年7月

2011年7月24日 (日)

双体道祖神

今日は、仕事の予定もない日なのでロードバイクで走りに出かけた。一時の猛暑に比べれば涼しいが、さすがに昨日よりは暑い。

まずはヤマユリが群生している場所を通過。草の丈がヤマユリといい勝負である。続いて都幾川の玉川橋下流の堰に立ち寄る。勢いよく水が流れている。大きなカワウがいたので堰の下には魚がいるんだろうなぁ・・・と思う。

堰を後にして、バーベキューでにぎわう嵐山の槻川橋を渡って北上し、杉山城址や越畑城址を右手に見ながら進む。どちらの城址も夏草が生い茂っているのだろうか。しばらく進むと田んぼの中の用水池に黄色い蓮が咲いていた。珍しい色だと思う。

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耕地整理がされた田んぼの中に「⇒旧鎌倉街道跡」の標柱があったが通過。旧道を訪ねるのは、場所にもよるが冬場が良いような気がする。

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里山の谷(やつ)を走る。休耕田の草刈りをしていた農家のオヤジさんと話をする。大規模な道路工事の計画があるとか・・・、渦巻状に草を刈っていくと最後に刈り残した部分にヘビや虫が集まるとか・・・。

閑話休題。寄居町大字牟礼(むれい)の双体道祖神に到着。到着といってもココを目的地として来たわけではなく、たまたま目に入ったのである。地名については「むれ」と読むのだと思っていた。今までの記憶では、というか行ったことがある、三鷹市の牟礼は「むれ」、長野県の旧牟礼村も「むれ」だったので、寄居町の地名も「むれ」だと思い込んでいたのであったが、今日調べてみて驚いた次第。

寄居町教育委員会の設置した案内板によれば、「この道祖神は、高さ54センチ、幅28センチの男女2体の石像であり、明和2酉年(1765)9月吉日と彫られている。彫られているのは、男女が肩を組み、手をつないでいる、ほほえましいもので、埼玉県内では珍しいものである。(中略) この道祖神は、病気回復、子孫繁栄、良縁縁結、旅行安全などの信仰の対象となっていたと考えられ、長く地元の人達に大切に守られてきた石仏である。(原文縦書)」とのことである。

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先に進む。お腹がすいてきたので、久々に五郎作に寄る。前回はフライだけで物足りなかったので、焼きそばとフライ(各300円)の両方を食べることにした。今回は満腹である。

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ところが、お店を出たところで事件発生。Forerunner310XTが突如、何かのエラーメッセージを出して(実は老眼で読めなかったのだが)、液晶表示が消えてしまった。電池切れか? 通常ならスイッチをいじったりするのだが、データが消えてしまいそうな気がしたので、今回は分からないのでそのままにして諦める。

あたりをウロウロしながら、陣見山に行こうか、釜伏山に行こうか・・・などとは思ってもおらず、実は東秩父経由で帰ろうと思っていたのだが、ちょびっと戦意喪失気味なので小川町方面に進むことにする。

小川町に近づくと迂回指示の標識が目立つようになり、七夕であったことに気付く。街中(まちなか)に近づくと車両進入禁止となっており、警察官に聞くと、自転車から降りて押して歩くように指示される。素直に従うというか、中心部では自転車を押しているだけでも迷惑をかけそうな感じのする人出であった。

実は、小川町の七夕を見たのは生まれて初めてである。というか、いわゆる「お祭り」としての「七夕祭り」はテゴマスの歌が記憶にあるだけで、見た記憶がないのである。のんびりした風情で歩いていれば楽しいのかもしれないが、SPD-SLにレーパン姿では、少々浮いている自分を感じてしまい、早々に通過させていただいた。

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下里方面に向かう。「国指定重要文化財 六角石塔婆」の文字が目に入ったので、初めて大聖寺に行ってみる。少々激坂であったが到着。六角石塔婆は写真の建物(法華院)の中にあるようなのだが、あたりにお寺の方もおられなかったので別の機会に譲ることとして諦めて下山。

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下里内を走る。新たに石の燈籠を2箇所で発見。一つは確実に大山燈籠である。旧下里分校は分校が正式に廃校になってしまい管理方法が変わったらしく、大きな看板が設置されていた。アイガモ君はバチャバチャと音はすれども姿は見えずであった。

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結構、暑くなってきたがゆっくり走って帰宅。そして再びForerunner310XTがらみの事件発生である。マウントからはずすときに、リストバンドの末端が切れてしまったのである。

どうしたものか。

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なお、Forerunner310XTのデータは、走り始めから五郎作を出たところまでの分は、ちゃんと残っていた。電池は半分以上残っていたし、何だったんだろう。

2011年7月23日 (土)

爽快ポタ

今日は変則的な日程で朝と夕方に用事があるパターンであった。台風6号通過後涼しい日が続いていて、台風のときは雨音で目覚めたのが、この頃は涼しさ(寒さ)で目覚める感じである。そうは言っても夏は夏。また暑くなるんだろうなぁと思う。

ということで、今日は爽快ポタに出発。目的地は西武池袋線の武蔵横手駅脇から関ノ入線を走って涼感を味わおうという超ゆる~い、文字通りの爽快ポタである。

城西大学南側の多和目橋の工事以降近づいたことがなかったので寄ってみたが、再び工事中であった。歩行者や自転車は通れそうである・・・。

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続いては、涼感を求めて加藤牧場へ。前回自転車で訪れたときは2年位前で、開店前に到着してしまったのであったが、今日は「小倉アイス@280円」食べることができた。美味しかった。

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西に向かう。奥多摩の大岳の左には富士山がうっすらと見えた。高麗川駅に到着。その昔は蒸気機関車の転車台があったのを憶えている。蒸気機関車の思い出は数多い。

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高麗川を渡る。鹿台橋下流の堰の右岸側に設けられた魚道は親子連れのかっこうの遊び場のようであった。

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関ノ入線を走る。ハイカーの方たちと挨拶を交わしたり、立ち止まって話をしながらゆったりと登る。非常に涼しくて気分が良い。

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水量も豊富な五常の滝に到着。何度か来たことはあるのだろうが記憶がない。少なくとも数十年間は来ていないのは確実である。

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五常の滝上部の切通しで中野線の看板(登って来た方向を振り返って撮影)を発見。今まで気付いたことはなかったのだが、おそらく中野線の終点を示す看板で、左下の舗装境界の下流側が関ノ入線、上流側(手前)が中野線である。

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権現堂線を下って鎌北湖に到着。台風での雨の影響か水の色がいつもと違う。

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帰路に着く。

最後に、今日撮影した西上武幹線関連の写真をまとめておきたい。上の2枚は多和目橋南方で撮影したもので、仮囲いの中では基礎工事まで終わって工事が中断している。左下は権現堂線を下りながら撮影したもので鉄塔は完成しているようである。右下は鎌北湖からの県道を下っている途中に撮影したもので、Mt.ライナーにはブルーシートがかけられ、レールは錆びて草に覆われている。

ということで、「当面、工事を一時中断」という状況である。

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2011年7月18日 (月)

1週間経過

この3連休は暑かった。断続的に仕事が入っていて余裕もなく、加えて余りの暑さに自転車には乗らず。

さて、今日は水の出ていない寄居町大字用土の比例円筒分水堰を訪問してから1週間が経過し、もしかすると水が出ているかもしれないのでリベンジしてみることにした。

まずは昼食。時々ブログでお見かけするお店で、食数限定の「玄米と野菜の日替わりランチ」@1,050円を食べる。ランチの飲み物として選べるカモミール&ラベンダーのハーブティーを飲んでみた。当方にとっては慣れていないメニューではあったが美味しかった。

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探訪モードで進む。何年間か継続して訪れている「フセギ」の場所なのであるが初めてワラジが吊るしてあるのを見た。ワラジとしては並みの大きさである。

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続いて用土村道路元標である。今まで何度も自転車で通過したことがある場所なのであるが、道路元標の存在に気付いたのは今日が初めてであった。

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いよいよ比例円筒分水堰近くに到着。歩いて行く。

むむっ? 水の音が聞こえるぜ w(゚o゚)w 歩くスピードが速くなる。

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水が「噴き」あがるというのが妥当な表現。やったぜリベンジ。

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今日は月曜日。テレビ番組の夜8時の定番であった水戸黄門も第43部の今シリーズで打ち切りが決定してしまったようであるが、時間帯が同じNHKの「大科学実験」という番組も超面白そう。

2011年7月10日 (日)

比例円筒分水堰

昨日7月9日、関東地方の梅雨が明けた。雲のない夜空を見上げると大三角形が見えて、いよいよ夏が来た感じがした。空気の澄んだ涼しい高原などで夜空を見上げたらよりクッキリとキレイに見えそうである。

一方、梅雨明けと聞いただけで昼間の暑さも余計に暑く感じるから不思議なものである。ちなみに今日の寄居アメダスの最高気温は36.4度である。

さて、寄居町大字用土の比例円筒分水堰は、北武蔵用水の施設の一つとして本年(2011(平成23)年)2月4日にロードバイクで探訪した。当日の記事はこちら。そのときから、通水されているときに訪れてみたいと思っていたのだが、昨日のtomochanさんのブログ記事に分水堰から用水が湧き?出している写真が掲載されていたので、急遽、買物を兼ねて見にいくことにした。ということで車である。

途中、牛乳のタンクローリーに映った雲がいかにも夏を感じさせる(撮影は助手席から)。

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確かに雲が夏らしい。

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順調に比例円筒分水堰に到着。

ガッガッ~~ン ○| ̄|_ 1日遅かったようである。

中央部の水の湧き出す円筒部分が水に洗われてきれいになっているのが何とも言えず。

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気分を変えて寄り道。花はきれいに咲いているしパンも美味しそうである。

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さてさて、買物の目的は扇風機だったのだが、どこに行っても気に入ったのがないというか、ほとんど売り切れ状態で、あきらめて帰宅 orz

その翌週の水が噴き上げている光景はこちらの記事でどうぞ。

2011年7月 6日 (水)

大滝村誌

先月(2011(平成23)年6月)29日に販売が開始された大滝村誌(上巻・下巻・資料編写真集)を購入した。発行は大滝村、秩父市、吉田町及び荒川村の合併により新たに誕生した秩父市である。

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購入した主な目的は、大滝村誌の中の「武州中津川森林鉄道」及び「中津川林道」に関する記述を読んだり、写真を見たかったからである。

今まで西裕之「全国森林鉄道」(JTBパブリッシング・2001(平成13)年)を読んだり、中津川にある埼玉県森林科学館で調べてみたり、あるいは自転車や徒歩で現地を探訪してきたが、大滝村誌を読んで、今まで調べた事柄が新たに頭の中でつながって行くのが面白かった。加えて写真も印象的であった。なお、公の出版物ではあるが発行間もないものなので内容の引用等は控えることとしたい。

「市町村誌」は、その地に生まれ育った、あるいは暮らした方々が読むのと、遠隔の地から時々訪れる者が読むのでは理解の仕方や思い入れが全く違うように思うが、大滝村誌の例言やあとがきを読むと、調査・執筆にとりかかってから村が閉村となった編集者の思いも伝わってくる。

2011年7月 3日 (日)

少し早すぎた

今日は用事のついでに伊佐沼に寄ってみた。昨年もこの頃に行ったのであったが、昨年と同様、古代蓮の花はほとんど咲いていなかった。少し早すぎた。

ところで、昨年は気付かなかった荒川右岸用排水土地改良区の「伊佐沼と農業用水」という案内板が設置されていた。その案内板には「伊佐沼(いさぬま)は、今から600年程前に農業用水の溜池(ためいけ)として誕生しました。現在の伊佐沼は、入間川の水を菅間(すがま)頭首工から取水して、伊佐沼代用水路を通って伊佐沼に流れ込んでいます。」と記してあった。いつか自転車に乗って菅間頭首工を確認してみたいものである。とは言っても、入間川の右岸堤防上を何度も走っているので、その脇を通過したことは何度もあるはずである。

なお、伊佐沼の北西端にある1982(昭和57)年3月に設置された川越市の案内板には「伊佐沼がいつ頃できたかは不明だが、入間川の流路が移動し、その跡にできた沼ではないかといわれている。」と記されていた。

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沼の水面を見ていたら、ひな鳥が2羽、蓮の葉の上で遊んでいた。何となく危うさを感じるのだがユーモラスであった。

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そして、伊佐沼北側の農業ふれあいセンターにあったラベンダーをパチリ。タイムと同様シソ科の植物のようである。ラベンダーには梅雨の晴れ間の強い日差しのイメージがある。

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さて、まったく関係のない話だが、本年6月29日に秩父市が「大滝村誌」の販売を、本編2冊と写真集1冊の3冊セット6,500円(セットでなくても購入可)で開始したようである。一昨年、武州中津川森林鉄道や有料道路であった中津川林道について調べているときに、『大滝村史』の発行を心待ちにしていたので、ぜひとも読んでみたいものである。

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