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2011年4月

2011年4月29日 (金)

国土地理院

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GWの初日、今日はお昼前から茨城県つくば市にある国土交通省国土地理院に車で出かけた。関越道は上下線とも大渋滞。一般道を走って渋滞を避ける。PAでは同業他社の方にバッタリ。いつも思うが世の中は狭い。

国土地理院の本館棟である。

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隣接している地図と測量の科学館の特別展示室で開催されている企画展「今西錦司 三角点を巡る」を見る。

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常設展示室も見学する。一等三角点の展示である。一等三角点の地面の下の様子が良く分かる展示である。

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その他にも、アメリカ大陸のない15世紀の地球儀、大日本沿海輿地全図「関東」(中図)(伊能図)、明治10年代に陸軍参謀本部第一軍管が作製した迅速測図原図、立体図化機、航空カメラ等々、そして一番驚いたのが、1935年頃に陸地測量部が作製した「外邦地図印度(二十五万分一圖)」 。もっと時間をかけて見たい内容ばかりであった。

屋外に出てみるとまたまたいろいろな施設や展示がある。まずは高さ45mの測地観測塔である。手前の車は当方とは全く無関係。

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この塔の下には、下の写真の「筑波基準点」(一等三角点「筑波原点」標高25.6m)が設置されており、案内板によれば、この基準点は実質的に日本の測量の原点であるとのことである。

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その他、測量用飛行機「くにかぜ」。1960(昭和35)年~83(昭和58)年まで運用され、飛行距離は223,550kmとのこと。現在は、後継機の「くにかぜⅢ」が業務を引き継いでいるとのことであった。

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標石類も展示されている。写真は1876(明治9)年に外国人遊歩規程測量の際に設置された地下埋石である内務省地理寮の第壹号測点である。

なお、内務省が設置した測量標に関する説明板では、「地理局が全国測量時に設置した標石は、関東・北陸等で発見されています。特に、東京都雲取山、新潟県米山に「内務省地理局 原三角測点」と刻まれて現存する標石はこれらの代表といえます。」と記されていたが、群馬県白髪岩にも・・・とか思った。

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国土地理院を後にして筑波大学の周辺に向う。つくば公園通りに面した松見公園である。東日本大震災の影響で、こちらも高さ45mの展望塔に上ることはできなかったが、展望塔の下の池には大きな鯉がたくさんいて、売店で売っていた50円の餌を撒くと、ものすごい勢いで集まってきたのが印象的だった。

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知人の家でお茶をいただき帰路につく。結局帰路の常磐道も12kmの渋滞で、往復とも渋滞に見舞われたが、GWの初日としては大したこともなく、非常に楽しい国土地理院探訪であった。

※ この記事中の三角点の点名は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから、標高は地理院地図から引用したものである。

2011年4月24日 (日)

奥武蔵支線

今日は奥武蔵支線を走ってきた。空気も澄んで非常に良い天気であった。自転車はロードバイクである。

まずは越生梅林に向う。梅林も花の頃とは違って葉も出て草も伸びてきた。遠くの山の雑木も新芽を吹いている。

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上谷グラウンド、温泉スタンドと進み、ときがわ町に出て西平交差点、白石峠分岐点を過ぎて更に西に進む。花々がきれいである。

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だんだん上りがきつくなってくる。春を迎えた集落の雰囲気が良い。

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舟の沢を過ぎると木々の芽はまだあまり大きくなっていない。かつては畑だったのだろうか林の中に石積みが連なっている。

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更に上って行くと看板があった。武蔵野鉄道の昔からの縁があるのであろうか。

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やがて、奥武蔵支線の終点に到着(起点はグリーンラインとの分岐点)。奥武蔵支線は幅員3.6m、延長1,270mの林道(森林管理道)である。過去に何度となく下ってはいるのだが実は上ったことがない。そして、終点の位置についても確信がなかったのであったが、この地点で間違いないとの確信が持てた。

道を走りながら道路側溝や境界杭などを見ていると道の歴史が分かる。奥武蔵支線には境界杭がない。かつて刈場坂峠について調べているときに知ったことなのだが、つまり底地が分筆されていないのである。1967(昭和42)年度の施工なのだが、そのことを知ったときは大変に驚いたのであったが、山奥の林道の開削では珍しいことではないのかも知れない。

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舟の沢の集落附近の新緑である。良く見ると電柱が見える。このパステルカラーの中を奥武蔵支線が走っているのである。

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刈場坂峠に到着。桜はまだ咲いていない。石碑のずれが、また大きくなったような気がしないでもない。

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刈場坂峠から大野峠に向う途中で見た都幾川の谷である。標高の高い部分では冬枯れの林に桜が咲いて、遠景の里山では新緑がきれいである。

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その後、白石峠に向うが人の数にビックリ。非常に大規模なハイキングイベントが行われていたらしい。定峰峠でも同様。バイク、自転車、ハイキング、トレラン等々、ちょっと数えただけでも60人以上の人数だったろうか。定峰峠でこんな大勢の人を見たことはないのだが、その昔のハイキングシーズンは、きっとこんな賑わいだったのだろう。

東秩父村側に下り、生まれて初めて鬼うどん@1,200円を食べてみた。何となく、車の方が多いお店のように感じていたのだが、単管パイプにプチプチ?を巻いた自転車スタンドもあった。

その後は、東秩父村を下り、松郷峠で雨に降られて帰路についた。

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今日は、GARMIN 310XT の他に POLAR S720i を持っていった。獲得標高の謎を解くためである。この点については後日、記したい。

2011年4月10日 (日)

大宝線

今日は、桜を見ながら埼玉県秩父郡東秩父村の村営森林管理道大宝(たいほう)線を走ってきた。自転車はロードバイクである。

まずは、石今橋南側の北浅羽桜堤へ向う。寒桜であることを忘れていた・・・orz 堤防上には敷き鉄板の跡がついている。3月末まで工事をしていた感じかな。

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続いて比企郡鳩山町熊井の願成地蔵尊。

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続いて同じく鳩山町熊井の東山沼の桜。この季節の写真撮影の名所であり、本格的なカメラを持った方が大勢おられた。

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続いて比企郡嵐山町の都幾川桜堤。満開には少々早い。中央の建物は国立女性教育会館。

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続いて比企郡小川町の町立小川小学校下里分校。こちらも、この季節は写真撮影の名所となっており、大勢のカメラマンがおられた。なお、下里分校は、2003(平成15)年4月から休校となっていたが、2011(平成23)年3月31日をもって廃校となっている。よって、正確には「旧下里分校」と呼ぶべきか。

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続いて同じく小川町の東昌寺。昨年、お寺の名前を間違えて記憶して出かけ、たどり着けなかったお寺である。枝垂桜が少し散り始めていた。

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続いて秩父郡東秩父村大内沢の花桃の郷である。花桃は満開なのだが、人が非常に少ないので拍子抜け。甘酒無料サービスの声に引き寄せられて甘酒を飲むが、結局饅頭@100円を2個購入。甘酒も饅頭も美味しかった。

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花桃の郷をできるだけ北西方向に上って行くと、森林管理道沢向線起点に到着する。ここを道なりに下った後、高い方へ高い方へと向うと、やがて大宝線に出る。

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大宝線を途中から上る。終点は最高点である。沢向線起点以降の上りは2.2キロ、獲得標高は223mであった。平均勾配10%というところ。

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その後は大宝線に続く道を更に進んで(下って)、やがて森林管理道上ノ貝戸線に合流し、上ノ貝戸線を上り切ると県道361号線(茱萸(ぐみ)ノ木峠)である。釜伏峠方面に向かい塞神峠へ。まだ桜はまったく咲いていなかった。

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大里郡寄居町側の風布に下り、うどんで昼食。ここで仕事がらみの電話対応で30分以上を費やしてから折原の菜の花畑を見に行く。

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今日の道中で見た花々の写真である。

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折原から男衾に進み帰路につく。それにしても予想に反して午前中は曇りがちで気温も上がらず、写真も撮りづらかったが、午後からは日差しもあって暖かな日であった。

本日の獲得標高1,484m。

2011年4月 2日 (土)

晃石山の三角点

今日は、暖かい春の陽の中を、栃木県栃木市にある晃石山(てるいしさん)の三角点を見に行ってきた。現地での移動は歩きである。

晃石山は太平山(おおひらさん)の西方にあり、一等三角点があり、かつては原三角測点も置かれていたようであるが、何で晃石山に行ったのかといえば、標石が極めて珍しいものだからである。

まずは岩船山に向う。岩船山は今回の東北地方太平洋沖地震でV字型に大崩落を起こしていたのだが、帰路に着くときに周辺の農家の方に聞いて初めて知った次第。

写真を撮った岩船山の西側で農家の方にお話を聞いたのであるが、その内容を写真にするとこんな感じである。山の東側にある岩船山高勝寺(天台宗)への道は地震による支障はない。

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岩船山にある三等三角点「岩舟山」標高172.70mの写真である。三角点を示す陶器標があるが、写真左上の穴の中に三角点の金属標があるのだろうと思う。いずれにしても、岩船山の崩落を状況を見ると近づかないのが無難であろうか。

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目的地である晃石山を南側から望む。

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三等三角点「如来堂」標高154.12mである。標石の巾は15センチで規定どおり。

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四等三角点「平山」標高278.02mである。標石の巾は12センチで規定どおり。この辺りで、今年初めてのヤマカガシを見かけた。

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晃石山東側のピーク附近にあるパラグライダーの離陸地点から見た景色である。耕地整理された畑に見えるのは「平町ぶどう団地」のビニールハウス群である。

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晃石山の一等三角点「晃石山」標高419.07mである。標石の巾は21センチで規定より3センチ長い。珍しい。かなりの大きさを感じる標石である。当方がWeb検索したところでは、他にも福島県内に2か所が確認されているようである。上部には、本日訪れた他の三角点でもそうであったが、丸く黄色いICタグが埋め込まれている。国土地理院のHPを読んでみると、建前上、三角点にICタグが埋め込まれたというよりは、新たに「インテリジェント基準点」を設置したということらしい。

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下の写真は今日の道中で見かけた動植物の写真である。左上はシュンラン、右上はカタクリ。カタクリは日当たりの良い南斜面にあり人為的に移植されたものらしく自然本来の姿ではないようである。左下は椿、右下はメジロである。

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曹洞宗の由緒あるお寺である大中寺(だいちゅうじ)である。

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下の写真の左上は太平山の謙信平にあった山本有三の文学碑で「路傍の石」の下の一節が刻まれている。

たったひとりしかない自分を たった一度しかない一生を ほんとうに生かさなかったら
人間うまれてきたかいがないじゃないか

右上は太平神社。左下は神社近くの山田家の玉子焼@350円。焼きたての温かさと大根おろしが絶妙で食べて良かったと思える名物である。右下は同じく山田家のきのこそば@650円である。こちらも美味しかった。

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この辺りを訪れたのは約35年振りであろうか。前回は初夏の暑い日で、ハンガーノックに陥って、山の中腹で難渋していた記憶がある。その当時も、そして今日も印象深い大中寺であったが、それにしても、明日は筋肉痛になりそうである。その昔の東山道も歩いてみたが竹林以外の部分では気持ちの良い道であった。所要時間は5時間1分14秒。最大心拍数156拍であった。

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものである。

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