« お山を少々 | トップページ | 雀川上雲線 »

2011年3月 5日 (土)

深谷市探訪

今日は深谷市に行ってきた。自転車はロードバイクである。朝でかけようとすると、デジカメの電池の容量が少ないことに気付き充電開始。その間、深谷に関するHPやブログを見させていただく。

出発である。ウインドブレーカーは着ているものの、やはり寒い。310XTは温度計がついてないのでわからないが、氷バリバリなので0度近い感じである。

都幾川を二瀬橋で渡る。下の写真で左の流れが都幾川、右の流れが槻川である。遠景には奥武蔵の山々が見える。この二つの河川は白石峠が分水嶺で、白石峠の北側に降った雨は槻川に、南側に降った雨は都幾川に流れる。

2011030501

嵐山町を北進し、深谷市(旧川本町)に入る。動物達である。

これは川本サングリーンパークの変形自転車である。管理員の方々といろいろなお話しができて面白かった。

2011030502

更に北進。深谷ビッグタートルである。非常に立派な施設である。屋外のトイレもビックリするぐらいの作りである。玄関前の樹齢100年の楠(くすのき)は、鹿児島県鹿屋市産とのことで「仙元太郎」と名付けられている。

体育館の中に入ってみる。深谷市の観光パンフレットがないかと訪ねると、窓口対応も非常に爽やかに、商工会議所発行の「深谷Biiki(びいき)」創刊号を頂けた。

2011030503

続いて、深谷駅である。写真を撮っていると高齢の方が近づいてきて、写真撮影に適した場所をいろいろと教えてくれた。

2011030504

続いて、深谷城跡である。案内板によると面積は20haで、1634(寛永11)年廃城とのことであった。

2011030505

次に、商工会議所発行の「深谷Biiki(びいき)」創刊号に記載された「プレートガーター橋」に向う。正確には「プレートガーダー橋(plate girder bridge)」であるので誤植である。橋は深谷市指定有形文化財(建造物)で良く移転保存されているし周辺の感じも良い。この附近は元の線路敷が遊歩道と自転車道になっていて走りやすい。近くには四等三角点「明戸」標高34.02mがあった。

2011030506

続いては、国指定重要文化財日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設の一つ「備前渠鉄橋(びぜんきょてっきょう)」である。この路線は深谷駅と日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設を結ぶための専用線で、1895(明治28)年に開通している。なお、こちらの橋の案内板は、文化庁並びに埼玉県及び深谷市の教育委員会が設置したもので、「プレートガーダー橋」となっていた。

橋の下の流れは備前渠用水路であるが、円良田湖について調べているときにこの工事について資料を見かけたような気がしたのだが忘れてしまった。

2011030507

煉瓦工場跡地に到着。左上は遠景、右上は旧事務所、左下は旧変電室。煙突の下にあるホフマン輪窯6号窯、旧事務所、旧変電室の3つは、備前渠鉄橋とともに日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設として国の重要文化財に指定されている。

そして右下は、敷地に隣接した歩道にあった大寄村(おおよりむら)道路元標である。なお、旧事務所(木造洋館)は、現地の貼紙によれば毎週金曜日の午前10時から午後3時まで見学できるようである。

2011030508

しばらく走ると巨大猫発見。線路に立ちふさがっている(^^

2011030509

いよいよ日本の産業を育てた渋沢栄一関連の施設をめぐる。左上は埼玉県指定有形文化財清風亭(せいふうてい)、右上は国指定重要文化財誠之堂(せいしどう)。これら二つの建物については、外側だけの見学であっても、隣接する?大寄公民館の事務所に声をかける必要がある。

左下は渋沢栄一記念館、右下は埼玉県指定旧跡「渋沢栄一生地」旧渋沢邸「中の家(なかんち)」である。

これら4つの施設で、いずれも職員の方から先に声をかけていただいて、写真まで撮っていただいた施設もある。何となく観光入り込み客数調査をやってる雰囲気も感じるが、いずれいしても気持ちのいい対応をいただいた。

2011030510

いよいよ昼食である。「中の家」東隣の藍屋(らんや)で煮ぼうとう(並)@900円を食べる。割箸は普通の長さなので、その量は推して知るべし。難渋したが完食。美味しかった。

2011030511

帰路に着く。下の写真の左上は血洗島(ちあらいじま)のサイン。地名の由来については深谷市のHPに非常に詳しい。

南進して古扇状地である櫛挽台地を走る。右上は農作業用の道具だと思うが・・・使い方をイメージできない。左下は御荷鉾山遠望。右下は深谷グリーンパーク アクアパラダイスパティオである。以前に誰からか忘れたが話を聞いた覚えがあるのだが思い出せない。

しかし、縦横に張り巡らされた櫛挽台地の用排水路網はすごいと思った。

2011030512

下の写真の左上が、恐らく、玉淀ダムからの櫛挽(現地近くの橋の親柱の表示は「櫛引」)用水が暗渠から出てきて最初の水門であるカニ沢制水門だと思う。3回目にして遂に到着である。カニ沢制水門の下流には蟹沢排水路(国土地理院の地形図での表示)が横切っており、櫛挽用水はその下を伏越しでくぐっている。

それ以外の写真は帰路の写真である。

2011030513_2

ところで今日は「ふっかちゃん」に会えると思って出発したのだが、見かけたのは写真左の渋沢栄一記念館のポスターのみである。右側は我が家の住人プリモプエル。

2011030514

しかし、朝のうちは寒かった。帰りも向かい風のような気がして、意図的に速く走った100キロ超ツーリング・・・さすがに疲れた。

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものである。

« お山を少々 | トップページ | 雀川上雲線 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« お山を少々 | トップページ | 雀川上雲線 »