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2011年3月

2011年3月26日 (土)

旅立ちの日に

卒業式で歌われる歌といえば、当方の世代では「仰げば尊し」、今は「旅立ちの日に」であるらしい。

「旅立ちの日に」は、埼玉県秩父市立影森中学校で作られた歌なのだと、今年1月に作詞者である同校の元校長先生が亡くなられたことを伝える新聞記事で知った。

ということで、今日は秩父市に行ってみた。自転車はロードバイクである。

玄関を出るとあまりの風の強さに、薄手のウインドブレーカーでは無理と思い、ゴルフ用の薄いダウンジャケットを着る。正解だった。

飯能市郷土館下から名栗方面に向って走る。名栗に入ると非常に風が強い。久々にハンドルを取られる。帰宅後地図を見て気付いたのだが、この辺りでは山伏峠に向う道(谷)は、東西ではなく南北に走っている。途中、名郷往復中の3UPの方と話をする。やはり強風に難渋しているようであった。

鳥居観音が良く見える。

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名郷でトイレ休憩後山伏峠を目指してゆったりと上る。所要時間28分52秒。山伏峠には峠名の表示板が新設されていた。

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秩父側に下る。除雪された雪が路肩に残っている。強い風の中、国道299号線を下る。この辺りの国道299号線は好きではない。大型車が非常に多いことと、下の写真のような部分があることによる。

道路中央にポールが設置されているために、大型車は自転車との間隔が取れないし、自転車は左がガードレールなので避けようがない。加えて、轍ができて路側帯附近のアスコンが盛り上がったりしていると最悪である。極めつけは、今日のように風が強いとハンドルさばきも不安定で怖いのなんので・・・好きではないのである。

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地震被害で閉鎖されている秩父市役所庁舎を横に見て国道140号線を走り、影森中学校に到着。職員の方の許可をいただいて、校地内に入り、「旅立ちの日に」の詞碑の写真を撮らせていただく。

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西には雪の残る秩父の山々が、北には長尾根丘陵が、東には内秩父と外秩父を分ける山々が見える。巴川橋を渡り振り返るとこんな景色が見える。武甲山の下に見える黄緑の色の屋根が影森中学校、左端の橋が巴川橋である。

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秩父ミューズパーク内を南口から北口に向けて走る。お腹がすいたのでカツカレー@900円を食べる。

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北に進み、秩父市が建造した「旅立ちの丘」に到着。この歩道橋のような建造物の南(右)端に「旅立ちの日に」の歌詞が書かれており、人が近づくと?曲が流れる。

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こんな感じで遠くの山々も見える。

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続いて、札所23番の音楽寺に向う。なぜ、他所のお寺の燈籠があるのだろう?と思ったのだが、帰宅後Web検索して理解できた。

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荒川左岸の県道72号(秩父荒川)線を走る。

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その後、県道44号(秩父児玉)線を走り、和銅大橋入口交差点を右折。

荒川に架かる和銅大橋から横瀬川の合流地点を見る。秩父鉄道の貨車が石灰石を運んでいる。河床には岩が見え、上空にはトビ?が飛んでいる。

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国道140号線を渡り、和同開珎で有名な埼玉県指定旧跡の一部である「和銅採掘露天掘跡」に行ってみる。国道からしばらくの間の上りがきつい。12%ぐらいはあるだろうか。ロードバイクでは近くにいけないので歩く。数百メートルなのでSPD-SLでもどうにかなる距離ではある。

下の写真の中央部分が「露天掘跡」である。

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以降、三沢入口から長瀞対岸を目指し、金尾峠を越えて、男衾に出て帰路に着いた。帰りは、風が背中を押してくれて高速巡航であったが、さすがに冷たい風の中で長い距離を走ると疲れる。

それにしても、昨日川越市内で給油待ちのスタンド渋滞をしていたのに、今日は、給油待ちのあるスタンドを1か所も見なかった。日々の変化が激しい。

2011年3月20日 (日)

RAPHA RIDES FOR TOHOKU

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今日は「RAPHA RIDES FOR TOHOKU」というチャリティライドに参加してきた。その趣旨等については Rapha のホームページを参照していただきたい。

集合地点の宮沢湖にロードバイクに乗って行ってみると、100名を超えると思われる大勢の参加者がおられた。

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コースは宮沢湖を出発して鎌北湖を目指すという2つの湖をつなぐもので、自転車の種類や走る力によって実際に走るルートは様々で、走っている途中ではスタンドでの給油待ちの車の列が長く続いていたり、いろいろなことを感じさせられたライドであった。

呼びかけや、とりまとめをいただいた方々に感謝申し上げます。

----- 2011(平成23)年3月28日追記 -----

自転車イベントの「開催か自粛か」などについては様々の考え方があると思います。当方も、普段からブログを書きつつ下手の考えをめぐらせたりしておりますが、この度の震災や原発事故にあたってブログをどうしようかと考えていました。

そんな中、毎日jpの「支局長からの手紙」の中で、松山支局長の関野正さんが書いている「自粛を考えよう/愛媛」が印象に残りましたので紹介します。

----- 引用開始 ----- 「被災した方々の苦しみや感情を配慮して」とか「被災地の現状をかんがみて」といった理由で自粛を選択しているのだとしたら、主催者は考え直してほしいと思うのです。私が言いたいのは「雰囲気」や「感情」だけを理由にした自粛なら考え直そうということです。 ----- 引用終了 -----

URLは次のとおりです。 http://mainichi.jp/area/ehime/letter/news/20110328ddlk38070406000c.html

2011年3月19日 (土)

春を待つ荒サイ

今日は暖かい日和のなか荒サイを走ってきた。自転車はロードバイクである。自転車はいつもより少ないが、結構走っている。

まずは関越自動車道の「坂戸西スマートインター」の工事現場。高麗川のサイクリングロードの迂回路が通行止になっている。

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越辺川の右岸堤防の舗装。この上流では舗装のクラックに消石灰?をいれる作業をしていた。

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白鳥は、いつ帰るのだろうか。

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圏央道脇から見た鉄塔群。これだけ赤白塗装が並ぶところも珍しい。そのうちにライトが点滅する方式のものが主流になりそうな気がしなくもない。

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遠山記念館は地震被害のため閉館中とのこと。

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荒川の土手から見た圏央道と麦畑。

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吉見の桜堤。

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荒川の土手の菜の花。

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荒サイにも穏やかな春が来てほしいと心から思う。

(2011(平成23)年3月28日再掲載)

2011年3月13日 (日)

雀川上雲線

今日は久々に雀川上雲線を走ってきた。自転車はロードバイクである。

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雪の残る刈場坂峠方面。

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しばらく前まで送電線はなかったのだが、西上武幹線の架線工事が始まった。

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横松を下り、温泉スタンドを抜けて越生梅林方面へ。

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(2011(平成23)年3月28日再掲載)

2011年3月 5日 (土)

深谷市探訪

今日は深谷市に行ってきた。自転車はロードバイクである。朝でかけようとすると、デジカメの電池の容量が少ないことに気付き充電開始。その間、深谷に関するHPやブログを見させていただく。

出発である。ウインドブレーカーは着ているものの、やはり寒い。310XTは温度計がついてないのでわからないが、氷バリバリなので0度近い感じである。

都幾川を二瀬橋で渡る。下の写真で左の流れが都幾川、右の流れが槻川である。遠景には奥武蔵の山々が見える。この二つの河川は白石峠が分水嶺で、白石峠の北側に降った雨は槻川に、南側に降った雨は都幾川に流れる。

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嵐山町を北進し、深谷市(旧川本町)に入る。動物達である。

これは川本サングリーンパークの変形自転車である。管理員の方々といろいろなお話しができて面白かった。

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更に北進。深谷ビッグタートルである。非常に立派な施設である。屋外のトイレもビックリするぐらいの作りである。玄関前の樹齢100年の楠(くすのき)は、鹿児島県鹿屋市産とのことで「仙元太郎」と名付けられている。

体育館の中に入ってみる。深谷市の観光パンフレットがないかと訪ねると、窓口対応も非常に爽やかに、商工会議所発行の「深谷Biiki(びいき)」創刊号を頂けた。

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続いて、深谷駅である。写真を撮っていると高齢の方が近づいてきて、写真撮影に適した場所をいろいろと教えてくれた。

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続いて、深谷城跡である。案内板によると面積は20haで、1634(寛永11)年廃城とのことであった。

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次に、商工会議所発行の「深谷Biiki(びいき)」創刊号に記載された「プレートガーター橋」に向う。正確には「プレートガーダー橋(plate girder bridge)」であるので誤植である。橋は深谷市指定有形文化財(建造物)で良く移転保存されているし周辺の感じも良い。この附近は元の線路敷が遊歩道と自転車道になっていて走りやすい。近くには四等三角点「明戸」標高34.02mがあった。

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続いては、国指定重要文化財日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設の一つ「備前渠鉄橋(びぜんきょてっきょう)」である。この路線は深谷駅と日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設を結ぶための専用線で、1895(明治28)年に開通している。なお、こちらの橋の案内板は、文化庁並びに埼玉県及び深谷市の教育委員会が設置したもので、「プレートガーダー橋」となっていた。

橋の下の流れは備前渠用水路であるが、円良田湖について調べているときにこの工事について資料を見かけたような気がしたのだが忘れてしまった。

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煉瓦工場跡地に到着。左上は遠景、右上は旧事務所、左下は旧変電室。煙突の下にあるホフマン輪窯6号窯、旧事務所、旧変電室の3つは、備前渠鉄橋とともに日本煉瓦製造株式会社旧煉瓦製造施設として国の重要文化財に指定されている。

そして右下は、敷地に隣接した歩道にあった大寄村(おおよりむら)道路元標である。なお、旧事務所(木造洋館)は、現地の貼紙によれば毎週金曜日の午前10時から午後3時まで見学できるようである。

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しばらく走ると巨大猫発見。線路に立ちふさがっている(^^

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いよいよ日本の産業を育てた渋沢栄一関連の施設をめぐる。左上は埼玉県指定有形文化財清風亭(せいふうてい)、右上は国指定重要文化財誠之堂(せいしどう)。これら二つの建物については、外側だけの見学であっても、隣接する?大寄公民館の事務所に声をかける必要がある。

左下は渋沢栄一記念館、右下は埼玉県指定旧跡「渋沢栄一生地」旧渋沢邸「中の家(なかんち)」である。

これら4つの施設で、いずれも職員の方から先に声をかけていただいて、写真まで撮っていただいた施設もある。何となく観光入り込み客数調査をやってる雰囲気も感じるが、いずれいしても気持ちのいい対応をいただいた。

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いよいよ昼食である。「中の家」東隣の藍屋(らんや)で煮ぼうとう(並)@900円を食べる。割箸は普通の長さなので、その量は推して知るべし。難渋したが完食。美味しかった。

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帰路に着く。下の写真の左上は血洗島(ちあらいじま)のサイン。地名の由来については深谷市のHPに非常に詳しい。

南進して古扇状地である櫛挽台地を走る。右上は農作業用の道具だと思うが・・・使い方をイメージできない。左下は御荷鉾山遠望。右下は深谷グリーンパーク アクアパラダイスパティオである。以前に誰からか忘れたが話を聞いた覚えがあるのだが思い出せない。

しかし、縦横に張り巡らされた櫛挽台地の用排水路網はすごいと思った。

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下の写真の左上が、恐らく、玉淀ダムからの櫛挽(現地近くの橋の親柱の表示は「櫛引」)用水が暗渠から出てきて最初の水門であるカニ沢制水門だと思う。3回目にして遂に到着である。カニ沢制水門の下流には蟹沢排水路(国土地理院の地形図での表示)が横切っており、櫛挽用水はその下を伏越しでくぐっている。

それ以外の写真は帰路の写真である。

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ところで今日は「ふっかちゃん」に会えると思って出発したのだが、見かけたのは写真左の渋沢栄一記念館のポスターのみである。右側は我が家の住人プリモプエル。

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しかし、朝のうちは寒かった。帰りも向かい風のような気がして、意図的に速く走った100キロ超ツーリング・・・さすがに疲れた。

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものである。

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