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2011年2月 4日 (金)

北武蔵用水

今日は暖かいとの天気予報。そして明日も明後日も仕事なので、時間を作って円良田湖(つぶらたこ)を溜池とする北武蔵用水を探訪してきた。自転車はMTBである。

ときがわ町田中交差点を西に進む。今まで気付かなかったのだが、安曇野にある双体道祖神のような供養塔の存在に気付いた。奥武蔵では珍しいものなのだろうかあまり見かけたことがない。天保6年の未年10月18日の建立である。

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まだ行ったことがない、ときがわ町上サ(かさ)のスケート場を目指す。スケート場に通じる木の橋に鍵が掛かっており、残念ながら近づくことはできなかった。でも、結構メンテが大変なんなんだろうなぁと思う。

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元に戻って松郷峠を目指す。西平交差点を目指して下っていると西上武幹線の鉄塔に架線がある部分とない部分があるのが分かる。この辺りではいよいよ最終段階のようである。

松郷峠を小川町側に下り、前から気になっていた上古寺(かみふるてら)の民俗行事「エンエンワ」を調査することにする。ダートの道を走って急な石段を上って、エンエンワ(円縁和)の行われる場所である氷川神社に到着。説明板(※1)を読んで納得。開催日は10月の第三日曜日のようである。

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円良田湖を目指す。小川町市街をバイパスして梨ノ木線を目指す。八高線竹沢駅での交換は1日に2回あるのだが間に合わなかった。地元スーパーであるヤオコーの森林(もり)である。余談だがヤオコーのハーブチキンは価格も味もグッドである。

鉢形城址を抜けて玉淀ダムへ。玉淀ダムに寄って下流側を眺めてみる。このダムは農業用水の取水と、かつての県営発電のためのダムのようで、慰霊碑を見ると建設にあたって2人の方が亡くなられている。合掌。

玉淀ダムで取水された水は、地下の導水幹線を通って、秩父鉄道小前田駅の北あたりにある「カニ沢制水門」の附近で地表に再び現れるようである。

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お腹がすいたので「茶の間」に向う。前回はカツ系のガッツリで難渋したので、今日は生姜焼@550円にする。定食セット@150円をつけて700円である。

ギョエッ! 予想外の肉とキャベツの量。御飯が食べ終わった時点で肉もキャベツも半分残っていたが完食。

食べ終わってやっと分かった。「一品料理+定食セット」ではなく、メニュー裏面の「何々定食」を頼めば、これほどの量にはならないんだ。きっと。今度はその作戦で行こう。

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お腹も超いっぱいとなったので探訪再開。まずは北武蔵用水土地改良区事務所を訪問。事務所の方とお話しするが、具体的な収穫はなし。円良田湖の堰堤、洪水吐、湖面と小さく見える赤い屋根の取水塔である。案内板(※2)や記念碑の内容を読む。

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円良田湖の水は取水塔で取水される。

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取水された水は鐘撞堂山(かねつきどうやま(さん・ざん))の下をくぐる2.3キロの北武蔵隧道を経て分水され利用される。下の写真は北武蔵隧道の保守用?入口である。中からは水の流れる音が聞こえる。

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円良田湖左岸を走る。擬態ネコに出合ったりして美里ロイヤルGC への道を登る。振り返ると円良田城(虎ヶ岡城)方面の山が見える。

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美里ロイヤルGCのコースである。気分よさそうである。

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美里町の「猪俣の百八燈(いのまたのひゃくはっとう)」である。国指定の重要無形民俗文化財、県内6件のうちの一つである。毎年8月15日に行われる行事の詳細については「国指定文化財等データベース」等を参照していただきたい。

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閑話休題。北武蔵隧道の出口である。

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隧道を出てきた水路は二手に分かれ、一方は上沼・下沼へ。もう一方は比例円筒分水堰へと向う。右上の水路が比例円筒分水堰に向う水路である。この水路はすぐに再び暗渠となる。左下は上沼、右下は下沼である。

下沼の堰堤脇の記念碑によれば、沼の着工は1915(大正4)年9月3日、竣工は1916(大正5)年4月5日。灌水面積113町5反5畝5歩。総工費43,200円となっている。碑を建てたのは用土村耕地整理組合である。したがって、円良田湖や北武蔵隧道ができる前に少なくとも下沼はあったことになる。

※ 2011(平成23)年4月26日追記
上沼と下沼を大正池と呼んでいるHPやブログもあるが、現地の記念碑や案内板ではそのような呼称は確認できなかった。また、現地での聞き取りなども当方は実施していない。なお、話は混乱するのだが鐘撞堂山の南東にあるハイキングルートになっている大正池は、埼玉県のHP 等によれば単なる「ため池」であり、円良田湖の水を導水しているものとは思われない。 (追記ここまで)

この附近には非常に大きなビルがあり何かと思ったが、地元に進出してきた大手自動車企業関連の建物のようである。

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比例円筒分水堰である。円の中央部から暗渠を通ってきた円良田湖の水が吹き上がり、中ほどの壁に空いた分水孔(四角い穴)の個数に応じて水が比例配分され、正面(南)、左(東)及び手前(北)側の水路に流す分水堰である。詳しくは埼玉県のHPを参照。

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続いて、玉淀ダムの導水幹線の暗渠部分の流末附近にあると思われる「カニ沢制水門」を目指すものの挫折。見つからない。出直しである。秩父鉄道小前田駅前で非常に懐かしいものを発見。JA花園の建物である。

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国道140号バイパスを南に横切り、かりん糖屋さんへ。お土産を購入。帰宅後、普通のかりん糖のつもりで「ゆず胡椒」を食べたのだがゲホゲホ状態。これは少しずつ食べるべし。

花園橋を渡る。御荷鉾山がないsweat01 男衾郡(おぶすまごおり)のモニュメントをパチリ。

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ちょっと時間があったので小川町役場で、移設された「小川町道路元標」を見学。

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案内板には元々の所在地も記されてあったのでそちらも訪問。本町二丁目交差点である。

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天気予報どおり暖かい日であった。

※1 氷川神社境内に小川町教育委員会が設置した案内板の内容は次のとおり。

氷川神社のエンエンワ 大字上古寺
(平成13年8月23日 町指定無形文化財)
氷川神社は、役小角(役行者)が小祠を建立し武蔵一宮氷川大神の分霊を勧請したことに始まると伝えられている。御神体は木造神像で、製作時期は室町時代末期を下らない。また、境内からは中世の古瓦が出土し境内の姥神社の御神体は鬼瓦であることから、中世には瓦葺の社殿が建立されていたと考えられる。
「オクンチ」といわれる当社の秋祭りでは、「中道廻り(なかみちまわり)」という珍しい行事が行われる。先達が全国60余州の一宮の神々を唱えると氏子が「エンエンワー」と大声で唱和し、供物を空高く投げて宮地に供えながら「中道」と呼ばれる唱道を一周する。八百万神を対象とした特徴的な神事であり、この祭りを「エンエンワ(因縁和)」とも呼んでいる。
また、この地域を開発したとされる草分けの18戸の氏神を祀ったと考えられる御末社に、アオキの葉に粳(うるち)米から作った「シトギ」と赤飯、洗米・塩を入れた小皿、茅の箸を台付きの盆にのせ、地区の子どもが献膳する。「シトギ」などのお供えの形態、装束や名称なども古い形式を踏襲しており、地区全体でその伝統を保持し伝承するなど、地域に密着した無形民俗文化財として大変貴重である。

※2 円良田湖畔に北武蔵用水土地改良区が設置した案内板の内容は次のとおり(一部表現について修正)。記念碑にも多くの記載がある。

堤塘 156m
堤長 延長138m 幅員5.5m
水位 152m
水面積 12町歩
貯水量 65万立米
集水面積 330町歩
水深(最深) 18m
灌漑面積 561町5反歩
周回道路 一周延長4.3キロ
余水吐 延長50m 最大洪水量80立米毎秒
樋管 温水式取入装置
隧道 底巾1.50m 延長2,300m
下流幹線水路 延長20.5キロ
工事着手 昭和17年8月
工事竣工 昭和30年3月
総工費 1億6千万円
工事請負施行者 栗原建設工務所 栗原政寛

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コメント

比例円筒分水堰の存在は知ってましたが(実物は見たことありません)円良田湖の水がここに来るとは知りませんでした。北武蔵用水と言うのですね。勉強になりました。
かりんとうやさん、アド街に出るでしょうか。
今日は暖かくて、遠くの山々が見えなくて残念でしたね。

用水路ネタ楽しみに拝見しております。
寄居に比例円筒分水堰があったんですね。
こういうのに惹かれるので見に行ってみたいです。

>tomochanさん
アド街、アジアカップ総集編、デカワンコ。テレビ三昧です。かりん糖屋さん、フォレスト、道の駅も出ましたね。これからの春がすみも楽しみです。

>きーじぇいさん
(比例)円筒分水堰、サイフォン等、灌漑用水施設も歴史があって面白いです。
脚がないとネタが枯渇しそうですが・・・(^^;

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