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2011年2月

2011年2月26日 (土)

お山を少々

今日の午前中は仕事なので午後から出発。お山を少々ロードバイクで走ってきた。

お山に取りかかった辺りでも、場所によっては雪が残っている。奥武蔵グリーンラインの刈場坂峠のあたりはどうなんだろう・・・とか思う。

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山里の風情はいい感じである。スギの色が濃く見える。

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ガーミン310XTは針葉樹の生い茂った谷の中に入ると、大筋では問題ないのだが、グルッとループしたりして、あらぬ経路を記録している。

今度は、奥武蔵の山の中でガーミン310XTを試してみようと思う。どんな風に記録するんだろうか? 楽しみである。

ところで、ガーミン310XTには、記録した時刻、タイム、ラップ、スピード、ケイデンス、獲得標高等が1画面につき1~4項目で4画面、その最大16項目を、自転車、ランニング、その他の、それぞれ3種類の運動で最大48項目表示するように登録できるのだが、登録はできてもその表示切替方法が分からなかった。今日、何気に右サイドにある上下キーを押したら切り替わったのであった・・・・orz

2011年2月19日 (土)

久々のロードバイク

今日の午前中は仕事、明日も仕事。ということで、昨年(2010年)11月以来MTBばかりでロードバイクに乗っていなかったので、午後になってロードバイクに乗り出した。

越生梅林にも寄ってみようと思いながら目的地を弓立山に設定。

越生梅林は結構な人出であるが、梅の花の咲き具合は木々によって異なる。

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弓立山を上る。今日の乗り始めは恐ろしく軽く感じたロードバイクも、坂道にかかると重くなる。ロードレーサーの皆さんに抜かれる一方。最大心拍数は164拍でハーハーゼイゼイ。きつかった。

頂上に到着。春霞?なのか遠くはあまり良く見えなかった。嵐山町方面をパチリ。

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美味しいコーヒーが飲みたくなったので、久々に、ときがわ町の「菜の花茶論」を目指す。営業日が変更になっており、水・木・金曜日の11時半から6時までのようで「CLOSE」であった。やむなく西平交差点脇のコンビニで缶コーヒーを飲む。

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ときがわ町の旧玉川地区を走っていると、「花火大会駐車場」などの看板があったので寄ってみる。ときがわ町合併5周年記念の花火大会のようである。仕掛け花火は「愛heart01ときがわ」のようである。そろそろ始まる頃であろうか。

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しかし、久々にハーハーゼイゼイしたのだが、身体は重いし、筋力落ちてるし、それなりの対応しないとダメダメである。

2011年2月13日 (日)

大里用水

今日は大里(おおさと)用水を探訪してきた。自転車はMTBである。大里用水は荒川の水を取水して利用する用水である。

都幾川に架かる学校橋を渡る。桜並木がだんだん大きくなってきた。奥武蔵、いや外秩父の峰々の雪も昨日に比べると薄くなっている。

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嵐山町を北上し、寄居町をかすめて深谷市(旧川本町)に入る。このブログでも何度か登場している埼玉県指定史跡鹿島古墳群に到着。

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大里用水において、かつて左岸幹線導水路から荒川の下をくぐって右岸幹線導水路に用水を送っていた江南サイホンの吐出口(はきだしぐち)跡である。場所は、鹿島古墳群から白鳥飛来地に降り始める地点の西側である。平成16年までは江南サイホンが利用されていたようであるが、もう10年以上も前に勢いよく水が出てくる様子を見たことがある。上から見ていても怖い感じがするくらいであった。

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白鳥飛来地である。餌付けを中止したためか以前と比べると白鳥が非常に少ない。常駐している方々のお話では周辺各地に分散しているとのこと。白鳥は川の中に餌がないためか、それとも効率が良いのか、そして安全と思っているのか水から上がり河川敷で草を食べている。白鳥の向こうには遠く御荷鉾山や赤久縄山が見える。

常駐している方々の話では水辺の鳥はくちばし先端の形状を見ると何を食べるかがわかるとのことだった。

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下の写真の左上は右岸幹線導水路の暗渠部分。それ以外は暗渠が開渠となる部分の写真である。これらの部分は農林水産省の直轄管理のようである。農林水産省の境界杭は初めて見たような気がする。

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押切橋を左岸側に渡る。風が非常に冷たい。雪をいただいた山々が良く見える。

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左岸幹線導水路が奈良堰幹線用水路、玉井堰幹線用水路、大里幹線用水路(国土地理院の2.5万図では「大麻生用水」)の3つの幹線用水路に分岐する堰である。なお、遠くに見えるのは熊谷特別支援学校である。

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江南サイホンの跡地である。今は撤去され落差工や魚道ができている。江南サイホンの機能の代替は六堰が果たしているとのことであるが六堰の外見上は分からなかった。

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江南サイホンの呑口(のみぐち)跡である。

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左岸幹線導水路とその沈砂池である。

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山間の沈砂池とは規模が違った。さすがに埼玉の大河荒川から取水している大規模用水だけのことはある。

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左岸幹線道水路の沈砂池附近で撮影した写真である。左上は几号水準点のように「不」という記号が刻まれている水準点である。当ブログとリンクさせていただいている「きまぐ旅写真館」の記事によれば内務省が1930(昭和5)年に荒川沿いに設置したものの一つのようである。その他の写真からは当時の設計者の美的センスというか、そのようなものを感じ取ることができる。

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六堰(ろくぜき)頭首工※に到着。埼玉県のHPによると、平成10年度から平成14年度までの5年間をかけて農林水産省関東農政局大里農地防災事業所が整備し、平成15年4月1日から埼玉県が管理を開始した堰である。

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下の写真の左上は大里用水の案内板。非常に参考になる記載がある。反対側には「国営農地総合防災事業竣工記念之碑」があり、こちらにも非常に参考になる記載がある。
右上は1939(昭和14)年に完成した旧六堰頭首工の幅12.6mのローリングゲート。案内板の説明によると、その利用目的は秩父の材木筏が堰を通るためであり、回転しながらこのローリングーゲートが上がったり下がったりして堰を開閉したようである。
左下は管理棟。右下は旧六堰の魚道の説明板。笑えない話なのだが表現が面白い。

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六堰の上を走る埼玉県道296号(菅谷寄居)線。重忠橋。

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最後に、先日の探訪でリベンジとなっていた荒川中部土地改良区の玉淀ダムからの導水幹線(導水幹線は国営用水路)の暗渠から開渠に変る部分である。水門などはない。もしかするとカニ沢制水門は更に下流なのかもしれない。再々リベンジが必要みたいである。なお、隧道の出口には「豊水潤萬物」と刻まれている。

お腹がすいたので旧国道140号線沿いの「そば処 儀平」で昼食。かつ丼セット@1,000円を食べる。今日の探訪先から消費カロリーの方が少ないと言われそうである。

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最後に道中で、初めて見た石造物の一部。邪鬼を踏みつけ下には三猿。どうみても石仏自体は馬頭観音のようにも見えるのだが・・・調べてみると庚申塔で、青面金剛(しょうめんこんごう)、邪鬼、三猿の組合せは良くあるものらしい。

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探訪甲斐のある用水であった。

※ 2011年2月14日追記
大里用水の案内板の「頭首工」の解説
頭首工とは、農業用水を河川から用水路に引き入れるための施設で、一般的には、取水を調節するための取水堰、取り入れ口、付帯施設及び管理施設から構成されています。
頭首工という用語は、明治以来用いられており、用水路の頭首部に設けられている水門、堰き堤(せきつつみ)等の施設の総称です。

2011年2月 4日 (金)

北武蔵用水

今日は暖かいとの天気予報。そして明日も明後日も仕事なので、時間を作って円良田湖(つぶらたこ)を溜池とする北武蔵用水を探訪してきた。自転車はMTBである。

ときがわ町田中交差点を西に進む。今まで気付かなかったのだが、安曇野にある双体道祖神のような供養塔の存在に気付いた。奥武蔵では珍しいものなのだろうかあまり見かけたことがない。天保6年の未年10月18日の建立である。

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まだ行ったことがない、ときがわ町上サ(かさ)のスケート場を目指す。スケート場に通じる木の橋に鍵が掛かっており、残念ながら近づくことはできなかった。でも、結構メンテが大変なんなんだろうなぁと思う。

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元に戻って松郷峠を目指す。西平交差点を目指して下っていると西上武幹線の鉄塔に架線がある部分とない部分があるのが分かる。この辺りではいよいよ最終段階のようである。

松郷峠を小川町側に下り、前から気になっていた上古寺(かみふるてら)の民俗行事「エンエンワ」を調査することにする。ダートの道を走って急な石段を上って、エンエンワ(円縁和)の行われる場所である氷川神社に到着。説明板(※1)を読んで納得。開催日は10月の第三日曜日のようである。

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円良田湖を目指す。小川町市街をバイパスして梨ノ木線を目指す。八高線竹沢駅での交換は1日に2回あるのだが間に合わなかった。地元スーパーであるヤオコーの森林(もり)である。余談だがヤオコーのハーブチキンは価格も味もグッドである。

鉢形城址を抜けて玉淀ダムへ。玉淀ダムに寄って下流側を眺めてみる。このダムは農業用水の取水と、かつての県営発電のためのダムのようで、慰霊碑を見ると建設にあたって2人の方が亡くなられている。合掌。

玉淀ダムで取水された水は、地下の導水幹線を通って、秩父鉄道小前田駅の北あたりにある「カニ沢制水門」の附近で地表に再び現れるようである。

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お腹がすいたので「茶の間」に向う。前回はカツ系のガッツリで難渋したので、今日は生姜焼@550円にする。定食セット@150円をつけて700円である。

ギョエッ! 予想外の肉とキャベツの量。御飯が食べ終わった時点で肉もキャベツも半分残っていたが完食。

食べ終わってやっと分かった。「一品料理+定食セット」ではなく、メニュー裏面の「何々定食」を頼めば、これほどの量にはならないんだ。きっと。今度はその作戦で行こう。

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お腹も超いっぱいとなったので探訪再開。まずは北武蔵用水土地改良区事務所を訪問。事務所の方とお話しするが、具体的な収穫はなし。円良田湖の堰堤、洪水吐、湖面と小さく見える赤い屋根の取水塔である。案内板(※2)や記念碑の内容を読む。

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円良田湖の水は取水塔で取水される。

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取水された水は鐘撞堂山(かねつきどうやま(さん・ざん))の下をくぐる2.3キロの北武蔵隧道を経て分水され利用される。下の写真は北武蔵隧道の保守用?入口である。中からは水の流れる音が聞こえる。

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円良田湖左岸を走る。擬態ネコに出合ったりして美里ロイヤルGC への道を登る。振り返ると円良田城(虎ヶ岡城)方面の山が見える。

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美里ロイヤルGCのコースである。気分よさそうである。

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美里町の「猪俣の百八燈(いのまたのひゃくはっとう)」である。国指定の重要無形民俗文化財、県内6件のうちの一つである。毎年8月15日に行われる行事の詳細については「国指定文化財等データベース」等を参照していただきたい。

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閑話休題。北武蔵隧道の出口である。

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隧道を出てきた水路は二手に分かれ、一方は上沼・下沼へ。もう一方は比例円筒分水堰へと向う。右上の水路が比例円筒分水堰に向う水路である。この水路はすぐに再び暗渠となる。左下は上沼、右下は下沼である。

下沼の堰堤脇の記念碑によれば、沼の着工は1915(大正4)年9月3日、竣工は1916(大正5)年4月5日。灌水面積113町5反5畝5歩。総工費43,200円となっている。碑を建てたのは用土村耕地整理組合である。したがって、円良田湖や北武蔵隧道ができる前に少なくとも下沼はあったことになる。

※ 2011(平成23)年4月26日追記
上沼と下沼を大正池と呼んでいるHPやブログもあるが、現地の記念碑や案内板ではそのような呼称は確認できなかった。また、現地での聞き取りなども当方は実施していない。なお、話は混乱するのだが鐘撞堂山の南東にあるハイキングルートになっている大正池は、埼玉県のHP 等によれば単なる「ため池」であり、円良田湖の水を導水しているものとは思われない。 (追記ここまで)

この附近には非常に大きなビルがあり何かと思ったが、地元に進出してきた大手自動車企業関連の建物のようである。

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比例円筒分水堰である。円の中央部から暗渠を通ってきた円良田湖の水が吹き上がり、中ほどの壁に空いた分水孔(四角い穴)の個数に応じて水が比例配分され、正面(南)、左(東)及び手前(北)側の水路に流す分水堰である。詳しくは埼玉県のHPを参照。

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続いて、玉淀ダムの導水幹線の暗渠部分の流末附近にあると思われる「カニ沢制水門」を目指すものの挫折。見つからない。出直しである。秩父鉄道小前田駅前で非常に懐かしいものを発見。JA花園の建物である。

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国道140号バイパスを南に横切り、かりん糖屋さんへ。お土産を購入。帰宅後、普通のかりん糖のつもりで「ゆず胡椒」を食べたのだがゲホゲホ状態。これは少しずつ食べるべし。

花園橋を渡る。御荷鉾山がないsweat01 男衾郡(おぶすまごおり)のモニュメントをパチリ。

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ちょっと時間があったので小川町役場で、移設された「小川町道路元標」を見学。

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案内板には元々の所在地も記されてあったのでそちらも訪問。本町二丁目交差点である。

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天気予報どおり暖かい日であった。

※1 氷川神社境内に小川町教育委員会が設置した案内板の内容は次のとおり。

氷川神社のエンエンワ 大字上古寺
(平成13年8月23日 町指定無形文化財)
氷川神社は、役小角(役行者)が小祠を建立し武蔵一宮氷川大神の分霊を勧請したことに始まると伝えられている。御神体は木造神像で、製作時期は室町時代末期を下らない。また、境内からは中世の古瓦が出土し境内の姥神社の御神体は鬼瓦であることから、中世には瓦葺の社殿が建立されていたと考えられる。
「オクンチ」といわれる当社の秋祭りでは、「中道廻り(なかみちまわり)」という珍しい行事が行われる。先達が全国60余州の一宮の神々を唱えると氏子が「エンエンワー」と大声で唱和し、供物を空高く投げて宮地に供えながら「中道」と呼ばれる唱道を一周する。八百万神を対象とした特徴的な神事であり、この祭りを「エンエンワ(因縁和)」とも呼んでいる。
また、この地域を開発したとされる草分けの18戸の氏神を祀ったと考えられる御末社に、アオキの葉に粳(うるち)米から作った「シトギ」と赤飯、洗米・塩を入れた小皿、茅の箸を台付きの盆にのせ、地区の子どもが献膳する。「シトギ」などのお供えの形態、装束や名称なども古い形式を踏襲しており、地区全体でその伝統を保持し伝承するなど、地域に密着した無形民俗文化財として大変貴重である。

※2 円良田湖畔に北武蔵用水土地改良区が設置した案内板の内容は次のとおり(一部表現について修正)。記念碑にも多くの記載がある。

堤塘 156m
堤長 延長138m 幅員5.5m
水位 152m
水面積 12町歩
貯水量 65万立米
集水面積 330町歩
水深(最深) 18m
灌漑面積 561町5反歩
周回道路 一周延長4.3キロ
余水吐 延長50m 最大洪水量80立米毎秒
樋管 温水式取入装置
隧道 底巾1.50m 延長2,300m
下流幹線水路 延長20.5キロ
工事着手 昭和17年8月
工事竣工 昭和30年3月
総工費 1億6千万円
工事請負施行者 栗原建設工務所 栗原政寛

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