« 川幅うどん | トップページ | 北武蔵用水 »

2011年1月27日 (木)

入間第二用水

今を去ること約80年前。現在の飯能市東部での農家の会話。

農家A:「毛呂の方じゃぁ、でっかい溜池つくって、いっぺぇ田んぼに水が引けるようになるんだってよぉ。」
農家B:「そりゃぁいいなぁ。おらぁ方でもやってんべえじゃぁねぇかぁ。」
農家A:「そんなに水が溜まる沢があんべぇか。」
農家B:「精明村の宮澤に、高麗峠のしたぁ通して、名栗川の水を引くっちゅうなぁどうだんべぇ。」
農家A:「それじゃぁ銭がかかってしょうがなかんべぇ。」
農家B:「豊岡や川越の方まで話しぃすりゃぁ、出来なかなかんべぇ。」

演劇の台本風に現在の宮沢湖の誕生に至る経緯を表現するとこんな感じだろうか。

飯能市立図書館「飯能の水とくらし-宮沢湖・上水道のはなし-」(1994(平成6)年)には、(毛呂における現在の鎌北湖の計画を受けて)「飯能でも同じように溜池はできないか、そういう意見があちこちで聞こえるようになりました。そうした声が高まり、昭和3年(1928年)関係のある町や村の代表があつまってはじめての相談が行われました。」との記載がある。相談とは入間郡市の1市27町村をもって組織された「入間郡北部地方改良期成会」の協議会を指している。

ということで、今日は時間ができたので入間第二用水の探訪に行ってきた。自転車はMTBである。実際に走った経路は複雑なのだが、話を分かりやすくするために上流から下流への流れで話を進めたいと思う。

まずは、小瀬戸(こせど)の名栗川に設けられた取水堰。

2011012701

小瀬戸の取水堰で取水された水は、総延長4,889.0mの「宮澤溜池隧道(みやざわためいけずいどう)」を通って、まずは久須美(くすみ)の沈砂池(ちんさち)に向う。隧道は人力掘削で、巾1.2m、高さ1.7mである。久須美沈砂池までの距離は直線で1.2km(マピオンのキョリ測による)である。沈砂池では入間川の流れから流れ込んだ砂や小石が除去される。下の写真左側の水たまりが沈砂池である。

2011012702 

県道70号(飯能下名栗)線を飯能方面に走り、大里屋本店の飯能名物「四里餅(しりもち・つぶし餡)」とゆず饅頭(計195円)を食べる。四里餅にはつぶし餡とこし餡があるようである。お店の方にお茶まで出していただいて恐縮である。

2011012703

さて、水は久須美沈砂池から再び隧道に入り宮沢湖を目指す。日高市大字台(だい)の不動様の近くでは、伏越(ふせこし・逆サイホン)で西武池袋線と国道299号線をくぐる。写真はくぐった後の部分。自転車が寄りかかっている石垣の工作物の中に水路があり、右に写っている道は国道299号線である。

2011012704

日高市大字台にある瀧不動である。不動様の真言を唱えて参拝。

2011012705

山の中に入り水路を追う。瀧不動東側の沢の中では、約220m(マピオンのキョリ測による)の間、水は表面に姿を現わし、高麗峠の地下に向う。(流路は左上⇒右上⇒左下⇒右下の順である。以下同じ。) 実は、この辺りは30年以上前に訪れたことがあるのだが、その当時は現場打ちの水路であった。現在は二次製品になっているので大規模な改修工事があったのだろうと思う。

2011012706_2

飯能市内で昼食である。古くや(こくや)で肉つゆうどん(大)@730円を食べる。かなりの量である。この上に(特)があるのだがどんな盛りなんだろうか。四里餅を食べたこともあってか、時間をかけてどうにか完食。その後、よせばいいのに5分もしないうちに新島田屋で団子@80円×2本を食べる。別腹で美味しかった。

2011012707

宮沢湖に向う。宮澤溜池隧道の宮沢湖への出口である。瀧不動東側の沢の中の水路東端から約1km(マピオンのキョリ測による)、小瀬戸取水口からの導水路の延長は5,439.0mである。周囲にはゴルフ場のフェンスがあり近づくことはできない。

2011012708

宮沢湖である。遠くには奥多摩の大岳山がわずかに見える。

2011012709

宮沢湖の堰堤下を走る1号幹線水路である。下流の堰は2号幹線水路(小久保隧道)への分岐。

2011012710

2号幹線水路(小久保隧道)の入口(中央)である。

2011012711

2号幹線水路は南東方向へ向い、約1キロ(マピオンのキョリ測による)の小久保隧道を経て地上に姿を現わす。左下はゴルフ場の地下に入るところ、右下はゴルフ場から出てきたところ。右下の地点で鯉ヶ久保用水路を分岐する。

2011012712

鯉ヶ久保用水路はゴルフ場の中を流れて鯉ヶ久保池に入る。

2011012712_2

元に戻って。2号幹線水路は住宅団地の中を抜け、更に南東に進む。一部は素掘りの部分もある。圏央道をくぐって入間川へと向う。

2011012714

狭山特別支援学校附近で流路の方向を東に変え、入間川にそそぐ。

2011012715

入間川への合流地点である。

2011012716

附近の入間川から上流を眺めたところ。右下のコンクリートの下側をくぐって、名栗川から取水された水が、約11kmの長い旅を終えて入間川に帰るのである。

2011012717

しかし、時間のかかる探訪であった。点である目的地をつなぐよりも、用水路などの線に沿おうとすることの方が余程努力を必要とする。

※ 2011年1月28日追記
以下に飯能市立図書館「飯能の水とくらし-宮沢湖・上水道のはなし-」(1994(平成6)年)を読んで得た情報を元に、入間第二用水について記しておく。
宮沢湖を溜池とする入間第二用水については、歴史的には鎌北湖を溜池とする入間第一用水とほぼ同様の流れの中で事業や管理がなされてきたと言える。
入間第二用水の工期は1932(昭和7)年から1941(昭和16)年の10年間であり、事業費は現在の金額に換算すると百数十億円(と本には書いてあるが足りないかな?)の規模であったようである。
工事の概要は小瀬戸取水堰で名栗川の水を取水し、導水路で宮沢湖に水を送り、その水を大きく2系統の水路で用水として利用するものである。
宮沢湖は貯水量851,750立米、満水面積132,237平米、満水位(深さ)16.2m、管理用道路(溜池周囲2,204m)である。また堰堤の高さは18.5m、長さは240mである。なお1958(昭和33)年~1960(昭和35)年にかけて堰堤の水漏れに対応するための大修理が行われている。
用水路については全体の長さが56,973m、灌漑面積40,166アールであり、主な系統は、小畦川に並行する1号幹線水路、本記事で探訪した2号幹線水路である。2号幹線水路については支線である用水路が数多くある。主なものを列挙すると、平松線用水路、精明線用水路、鯉ヶ久保用水路、4号幹線水路、日高特別支援学校附近で4号幹線水路から分岐して智光山公園内を流れる5号幹線水路、野田線用水路などがある。
また、豊水橋上流にある笹井の堰で取水された水は、入間川の左右両岸の水路を利用して使われている。
別の資料に当たったり、入間第二用水土地改良区等への問い合わせをするなどしないとこれ以上の情報を得ることは難しい。また、現地を調査しないと4号幹線水路の詳細がわからないし、名前が出てこない3号幹線水路の謎など探訪すべき材料は数多い。

※ 宮沢湖ができる前の現在の飯能市附近の地図(大正元年陸地測量部発行)を掲載した当ブログの記事はこちら

« 川幅うどん | トップページ | 北武蔵用水 »

コメント

初めまして
FIELD又左衛門のmatazaと申します。
入間第二用水を調べていた所、ここにたどり着きました。
詳しく調べられていて感心しました。貴方の写真の中にある、ゴルフ場のトンネル、幼少時代このそばに住んでおりました。小学校の時、よく魚捕ったり探検したりしました。入間川の記事を書いている途中でして、ぜひ自分のブログで貴方の記事をリンクさせていただきたいのですが。宜しくお願いします。

>matazaさん
初めまして。コメントありがとうございます。
子どもの頃の川や水路での思い出は数多く、懐かしいです。
リンクの件、了解いたしました。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 川幅うどん | トップページ | 北武蔵用水 »