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2010年5月 3日 (月)

作手高原サイクリング

今日は作手(つくで)高原をロードバイクで走ってきた。

作手高原という呼び名は一般的ではないのかもしれないが、愛知県南設楽郡の旧作手村、現在は合併後の愛知県新城(しんしろ)市の一部である。標高は旧村役場の位置で550m程度であるが、新城市街から九十九折の急坂を登っていくと一気に水田などの平地が広がっているので、あまりに慣れない景色の展開にビックリする場所である。

本日のルートは下の地図のとおりである。(※画面全体で見たい場合には、ルートラボ枠内の「作手高原サイクリング」をクリックすると地図が別窓で開きます。その場合、Microsoft Silverlight のインストールを求められる場合がありますので御留意ください。)

鬼久保ふれあい広場の駐車場に車をデポして出発。鬼久保ふれあい広場は、東秩父村のふれあい広場と比べると、非常に大きな規模である。

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かつて有料道路であった本宮山(ほんぐうさん)スカイラインの一部、愛知県道527号(本宮山作手白鳥)線に入る。

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ゆったりとクルクルと登って行く。新緑の山々がきれいである。やがて本宮山の電波塔群が見えてきた。途中、昨晩の交通事故であろうか鹿が息絶えていた。2010050303

本宮山の山頂に自転車を押し上げて到着。三河湾が見えた。山頂には一等三角点「三本宮山」標高789.31mと、八角形のコンクリート製の天測点があった。銘板には「第二二号 天測点 地理調査所」と記してある。帰宅してから調べてみると堂平山にも設置されているようであるが見た記憶がない。ということで初めて見た天測点である。

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奥三河のどこまでも続く山々である。

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本宮山を下る。整った農村風景である。見慣れた景色と比較すると山林や畑の手入れが良くなされており、水田の休耕率も極めて低い印象を持った。それが風景を美しく感じさせる最大の要因なのだと思う。

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亀山城址を通過。パンフレットによれば1424年から165年間に渡り、奥平氏5代が居城し、作手藩1万7千石の本城として栄えたとのこと。

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巴小学校前の電子基準点「作手」標高539.37mである。近くの方の話によればGPS衛星の電波を受信しているため、6か月に1回保守点検が来るとのことだった。

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三河湖に向けて県道363号(作手善夫大沼)線を進む。きれいな林である。作手の地名について、作手(つくで)も読めないが、善夫(ぜんぶ)とか清岳(きよおか)なども読めない。

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三河湖の対岸に渡る橋から上流を見た巴川の渓流である。

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道路上に面白いプレートを発見。愛知県独自のものなのだろうか。初めて見るものである。他にも随所にあった。

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三河湖の羽布堰堤からの眺めである。

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しかし銘板を見てビックリ。何と施工主は当時の農林省で、昭和27年4月着工、昭和38年5月竣工の灌漑用ダムであった。小学校の社会科の時間に愛知県の用水を学んだが、その延長である。深層水?の吐き出しの勢いが強力である。

いつものことであるが、反対側に行くと殉職者の慰霊碑があった。脱帽のうえ殉職された9人の方の冥福をお祈りした。

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たんたんと進む。用水つながりではないが、面白い用排水路があったのでパチリ。当方の進路は車の写っている方向である。

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峠を越え急坂を下ると「孝子甚右衛門の碑」があった。江戸時代に親孝行の息子に殿様が褒美を与えたという碑が建物の中にある。

ここの木陰でコンビニオムスビを食べて休憩である。とにかく暑い。

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本日一の激坂を下った所の集落である。写っている建物は、この辺りの典型的な民家である。作手の歴史民俗資料館の展示によれば、愛知県から静岡県にかけては流域別に民家の屋根の形が3類型に分類できるとのことであった。

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ということで、上の写真の集落が「けろ」である。孝子の碑がある集落が「うつぎ」である。ふと、いつものテリトリーに帰ってきたような気がした。

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林の中を走る道の道端に咲いていた花。何という名前だろう?

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田圃と旧千万町(ぜまんじょ)小学校(2010(平成22)年3月31日閉校)である。この辺りは小規模の学校が点在しており、必ず二宮金次郎像があるイメージである。例えは適切かどうかわからないが、地形的に見てもお隣同士が小川町大字下里・・・という感じだろうか。

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いよいよ本日一の獲得標高となる「くらがり(闇苅)渓谷」である。道路上の青色案内標識は「闇苅渓谷」で統一されているように感じた。

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レストハウスくらがりで、ざる蕎麦@550円を食べる。

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ヒーコラ坂を上って行く。激坂などということはないが暑い。3UPジャージの自分をパチリ。

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道端にコンニャクのようなものが何箇所も生えている。本宮山スカイラインにもあった。何だろう?

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坂を上りきる。スタートした鬼久保ふれあい広場の看板のところに出た。車をデポした駐車場に戻る。ポラールの値では、走行距離75.3キロ、獲得標高1,355mであった。ポラールの走行距離はウロウロしている分を含んでいるのだと思う。斜距離は・・・?

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旧鳳来町の湯谷(ゆや)温泉の日帰り入浴施設、新城市営「鳳来ゆ~ゆ~ありいな」に行く。入浴料@600円、タオル@200円であった。

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帰りがけに長篠城址に行く。「長篠合戦のぼりまつり」の準備がなされていた。城址では内堀の跡なども確認できる。お祭のためか、武田方の陣であった山の上にも幟が立っているので、かなりの臨場感があった。戦国時代の合戦って、こういう距離で布陣していたんだぁ・・・とか思った。

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本宮山の夕焼けである。こう見ると、作手高原の標高をお分かりいただけるかも知れない。

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本日も終わってしまった。だいぶ日に焼けた。後は眠るだけである。

※ この記事中の三角点及び電子基準点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものである。

※ 2010(平成22)年5月5日記す。

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コメント

ツルニチニチソウと
ミミガタテンナンショウかマムシグサではないでしょうか。
随分と、遠いところを走っていますね。羨ましいです。

早速のコメントありがとうございます。勉強になりましたm(_ _)m
作手高原は5年振りですが楽しかったです。時間がゆったりと流れる雰囲気に浸れました。

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