« 黄砂 | トップページ | 奥武蔵レクロゲ2010 »

2010年3月27日 (土)

大掃除

自転車に乗りながらブログを書いていると、行こうと思っていて行ってないところ、たどり着いたは良いが定休日だったお店、最終話が完結しないシリーズものなど、色々ともやもやしてハッキリしないものがたまってくる。

ということで今日は、ロードバイクで「もやもや」の大掃除に出発した。

まずは、アメダス探訪シリーズの完結ということで、ときがわアメダスを目指す。途中、普段着と運動靴でロードバイクにまたがり、50T×17Tぐらいでグングン漕いで行く御同輩に簡単に抜かれた。ちょびっと悔しかったので39T×17Tでケイデンスを100ぐらいまで上げて追いかけた。心拍数も168拍まで上がり、やっと追いついて気が済む。一言二言会話してお別れする。

今度は、夫婦?の方に抜かれる。男性が女性に細かいペダリングの指示などを出しながら進んでいく。こちらはお見送り。

白石峠入口を右に見て、更に上って行く。コンクリート舗装、勾配21%均等、延長100mの激坂を上る。途中でヘタって押し・・・orz

ときがわアメダスのある旧都幾川村立旧大椚第一小学校に到着である。木造校舎と石炭ストーブの煙突の穴・・・懐かしい光景である。左手前がアメダスの観測施設である。

2010032701

近寄るとこんな感じ。雨量観測のみなのでシンプルである。

2010032702

少し下って、高篠峠もしくは奥武蔵支線方面に右折しようかと思ったが、やめて左折。

ということで何を思ったのか、白石峠を上ることを選択。平均心拍135拍程度で上っていく。途中、「大野の送神祭(おおののそうじんさい)」のポスターがあった。4月の第2日曜日とのこと。このポスターは白黒の原画があって、それを毎年コピーして色を塗っている感じだろうか。手作り感が良いポスターである。塞ぎの大ワラジを吊るす場所までの神送り行事だと思う。埼玉県の選択無形民俗文化財と書いてあった。

2010032703

前半3.2キロ通過30分45秒。上から女性が下ってくる。見事なフォームで走りも安定しているし、リラックスしている感じで、当方にも声を掛けてくれた。並みの男性ではかないそうもない雰囲気がただよっていた。

そのうちに見たことのあるウインドブレーカーが下りてきた。師匠である。今日は白石峠を上って秩父に下りて、今度は丸山林道を上って白石峠から下りるのだそうである。相変わらず元気である。

残り1キロ付近で刈場坂峠方面が見えてきた。雪が残っていて白く見える。

2010032704

白石峠に到着。所要時間59分31秒4である。まあ、1時間は切ったので良いとしよう。仮に全力で走っても、45分から50分は十分にかかるだろうなぁと思う。

定峰峠に下り、秩父の景色がきれいだったと師匠が言っていたので、秩父方面に1キロ弱下る。赤久縄山やその脇の送電線の鉄塔などが良く見える。

2010032705

元に戻って、定峰峠を東秩父側に下る。遠景は白石車庫手前の県道11号線である。道路上をロードバイクが走っているのが見える。手前ミソながら、この写真は結構いい感じだと思う。光があったので良かった。

2010032706

ところで、定峰峠といえば「桜」である。地図にも桜の名所として表記されている例が多いが、少し前から東秩父村の事業として桜の伐採を行っていた。今日、走ってみると事業は終了したみたいである。桜の木も老木となって、太い幹が折れて車を直撃するなどのリスクを考えると切らざるを得なかったのだと思う。やむを得ない仕儀だと思う。年輪を数え始めたが途中でやめた。

2010032707

落合橋交差点を左折し、大内沢花桃の郷へ。あまりにベタなフレーミングであろうか。ちょっと四角くしてみたのがミソである。

2010032708

オヤノタの峠を越え、寄居町に入る。運動公園内にある寄居アメダスである。遠くの山には中間平の展望台が見える。アメダスは、位置的にすごく暑くなりやすい場所・・・という感じはしないが、鳩山と比べると周囲に樹木がないという感じはする。他と比較するとフェンスが低いのが印象的である。これにてアメダス探訪シリーズは完結である。

2010032709

鉢形城址のエドヒガンである。樹齢は150年とのことであるが、かつて2本あった幹が切られ、そこから12本の芽が出て現在のような形に成長したとの記載が案内板にあった。写真的にはもっと光のある、明るい時間帯に来たかった・・・という感じである。まぁ、うまい人なら同じ機材で同じ条件で、もっとインパクトのある写真が撮れるに違いない。

周囲の道路には石灰で矢印が引いてあった。明日のウォーキングイベントのためのものだろうと思う。

2010032710

寄居町立城南中の前を東に走る。「みんなの力を結集し、日本一の学校にする」という大きな横断幕が掲げられてあった。ちょっとビックリしたが、良く見ると、掲示者は生徒会であった。しかし、グラウンドも広くて建物も立派な学校だと改めて思う。

農家の庭先の風情のある桃の花などを見ながら東に進む。

旧男衾村道路元標に到着。この道路元標は探し回った経験があり、今日は、事前に下調べしてきたので簡単に発見できた。周囲の生垣の影響で、通常道路を走っていたのではその存在に気付くことは不可能である。探し回ったものが見つかったのでこれも決着。

2010032711

やっとのことで昼食@600円にありつく。前回訪れたとき定休日だったお店である。ご飯は小盛になっているはずである。美味しかった。焼き方を見ていると、ものすごく丁寧に焼いている感じがした。美味しく食べられたのでこれも決着。

近くには、地元の方がおられたが、話の内容は聞いていないが、「~~なん」、「~~たん」などの語尾の言い方が印象に残る。かなり、やわらかい、良い感じを与える発音だと思った。

2010032712

腹ごしらえも済んだので、鎌倉街道上道の探訪である。三島神社の祭礼の幟旗などを見ながら進む。関越自動車道の上り線を走って荒川を渡るとき、右斜め先に大きな倉庫のような建物が見えるが、その建物の西側の場所である。この写真では舗装道路の部分も鎌倉街道上道の走っていた場所であり、荒川の渡河地点はすぐ先である。

2010032713

この辺りが渡河地点なのだと思うが・・・ロードバイクにSPD-SLでは手も足も出ない。遠景の橋は関越自動車道である。渡河地点の川越岩(かわこしいわ)ってどれっ?という感じで諦める。

2010032714

今市地蔵前の交差点を南に進み、小川町の高見地内に入る。二十二夜塔があった。この場所は、鎌倉街道上道と想定される場所ではないので念のため。

2010032715

更に南進し、嵐山町菅谷の蝶の里公園に到着(碑のある場所は正確には千手堂)。昭和33年に建てられた鎌倉街道の碑がある。後年の研究により、この場所には鎌倉街道上道が通っていなかったとの見解もあるようであるが、近くにあった埼玉県の案内板には、そのことについての結論めいたことは記されていなかった。碑の左奥に見えるのは円墳である。このあたりは山王古墳群と呼ばれているようである。

2010032716

大蔵館跡の史跡である。

2010032717

源義賢の墓であるが、この場所に北(県道)側からアプローチしようとすると、民家に入り込むイメージで、挙句に犬に吠えまくられるので、やめた方が良いと思う。ということで、南側100mくらいのところに東西に走る舗装路があるので、そちらの道から石が敷かれた畑の中の道を歩いて行くのが良いと思う。小さな石の鳥居があるのですぐに分かる。

2010032718

更に南に進み、将軍沢の鎌倉街道上道の遺構が良く確認できなかったが残念であったが、これで鳩山町以北荒川までの鎌倉街道上道が一応追えたので、これも終了である。

帰路に着く。獲得標高も1,250mくらいにはなっているので、かなり良い運動であった。一応これで、「もやもや」が一掃され、ハッキリしたので、本日の目標達成である。

« 黄砂 | トップページ | 奥武蔵レクロゲ2010 »

コメント

こんにちは。
寄居のアメダスは運動公園にあったんですか。
私は役場の敷地にあるのかとずっと思っていて、それだから暑いのかと思ってました。運動公園だと、寄居の中では涼しいところのような気がします。

鉢形城、城南中学校、○○ちゃん、(男衾の道路元標は知りませんでした)アイリスオーヤマの裏の鎌倉街道、荒川沿いの道、みんな身近なポタコースです。

でも川越石は私もどれがそうか知らなかったので調べてみたら、或る方のブログによると、以前良くボルダリングのまねごとなどした岩でした。地元では「あおいわ」と呼んでいます。(青色の礫岩がとてもきれいです)
もし、そうであるならばちょうど、写真をとられたあたりですよ。木の左に写っているのは違いますか?
長くなってすみませんでした。

コメントありがとうございます。

私も以前、寄居のアメダスは役場の敷地内にあってアスファルトに囲まれているために暑い気温が出やすい・・・という都市伝説?を聞いたことがあります。まっ、あくまでも伝説みたいでしたネ(^^;

現地で川越岩はこれかなぁ・・・と思いました。表面は超粗粒度?アスコンみたいに礫が良く見え、もう少し下流じゃないの・・・何でここにあるん?ってな感じでした(^^

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 黄砂 | トップページ | 奥武蔵レクロゲ2010 »