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2010年3月

2010年3月28日 (日)

奥武蔵レクロゲ2010

今日は寒かった。真冬に逆戻りである。

午前中は仕事があったので、午後からロードバイクで出発。奥武蔵レクロゲイニング大会の会場を目指す。単純に会場を目指したのでは面白くないので、一応、お山を走ってから行くことにする。

まずは安曇幹線373号鉄塔の現状確認。見事に架線がなくなっている。取り壊し工事が徐々に始まるのだろうか。

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宿谷権現堂線を上る。前回に比べて路面は非常にきれいになっており、まったく問題なく走れた。起点から清流線分岐までで、25分10秒、最大心拍133である。まったりと上った。

レクロゲの参加者がきっと来るに違いないと思って北向地蔵まで上る。ポラールの温度計は3度。とにかく寒い。真冬の気温である。下りが思いやられる。

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しばらく待っていると中高年のハイキングの一団が到着。その後、かっこいい男性2人の参加者が走ってきた。見込みどおり通過ポイントの一つであったようである。参加者がお地蔵様を拝んでいるところ(通過証明写真のポーズ?)をハイカーが写真に撮っていた。

中野線に入り、定点観測のポイント?で写真を撮る。

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その後、関の入線を下る。家族連れ等のハイカーがバラバラと約1キロの間で数十人程度歩いており、子ども達が夢中になって走り回る中を、声かけしながら下った。お互い様である。

国道299号線に出て会場に向かい到着。

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3時間の部のゴールを見ていたが、皆さん楽しそうにゴールして来ていた。あんまりマニアックな感じがせず、結構、受け入れる心理的な間口が広い感じがした。ちなみに上の写真はゴールに向かう参加者である。

会場を後にして、高麗家住宅の枝垂れ桜を見に行く。きれいに咲いていた。観光客が途切れるのを待って写真を撮る。

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しかし、笑ってしまった。ここもレクロゲの通過ポイントになっているらしいのであるが、観光客が見ている中、参加者が通過証明のポーズをとるので、それを見た観光客がクスクス笑っている。詳細は省略するが、やっている方も、ちょっと恥ずかしいかも・・・である。

とにかく今日は寒かった。シューズカバーをしていなかったのが本日最大の失敗である。

※ 北向地蔵でお見かけした参加者の方へ:ゼッケン番号と当方のカメラに向かってとっていただいたポーズをご連絡いただければ写真をお送りします。当方のメルアドはプロフィールから確認できます。

2010年3月27日 (土)

大掃除

自転車に乗りながらブログを書いていると、行こうと思っていて行ってないところ、たどり着いたは良いが定休日だったお店、最終話が完結しないシリーズものなど、色々ともやもやしてハッキリしないものがたまってくる。

ということで今日は、ロードバイクで「もやもや」の大掃除に出発した。

まずは、アメダス探訪シリーズの完結ということで、ときがわアメダスを目指す。途中、普段着と運動靴でロードバイクにまたがり、50T×17Tぐらいでグングン漕いで行く御同輩に簡単に抜かれた。ちょびっと悔しかったので39T×17Tでケイデンスを100ぐらいまで上げて追いかけた。心拍数も168拍まで上がり、やっと追いついて気が済む。一言二言会話してお別れする。

今度は、夫婦?の方に抜かれる。男性が女性に細かいペダリングの指示などを出しながら進んでいく。こちらはお見送り。

白石峠入口を右に見て、更に上って行く。コンクリート舗装、勾配21%均等、延長100mの激坂を上る。途中でヘタって押し・・・orz

ときがわアメダスのある旧都幾川村立旧大椚第一小学校に到着である。木造校舎と石炭ストーブの煙突の穴・・・懐かしい光景である。左手前がアメダスの観測施設である。

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近寄るとこんな感じ。雨量観測のみなのでシンプルである。

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少し下って、高篠峠もしくは奥武蔵支線方面に右折しようかと思ったが、やめて左折。

ということで何を思ったのか、白石峠を上ることを選択。平均心拍135拍程度で上っていく。途中、「大野の送神祭(おおののそうじんさい)」のポスターがあった。4月の第2日曜日とのこと。このポスターは白黒の原画があって、それを毎年コピーして色を塗っている感じだろうか。手作り感が良いポスターである。塞ぎの大ワラジを吊るす場所までの神送り行事だと思う。埼玉県の選択無形民俗文化財と書いてあった。

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前半3.2キロ通過30分45秒。上から女性が下ってくる。見事なフォームで走りも安定しているし、リラックスしている感じで、当方にも声を掛けてくれた。並みの男性ではかないそうもない雰囲気がただよっていた。

そのうちに見たことのあるウインドブレーカーが下りてきた。師匠である。今日は白石峠を上って秩父に下りて、今度は丸山林道を上って白石峠から下りるのだそうである。相変わらず元気である。

残り1キロ付近で刈場坂峠方面が見えてきた。雪が残っていて白く見える。

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白石峠に到着。所要時間59分31秒4である。まあ、1時間は切ったので良いとしよう。仮に全力で走っても、45分から50分は十分にかかるだろうなぁと思う。

定峰峠に下り、秩父の景色がきれいだったと師匠が言っていたので、秩父方面に1キロ弱下る。赤久縄山やその脇の送電線の鉄塔などが良く見える。

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元に戻って、定峰峠を東秩父側に下る。遠景は白石車庫手前の県道11号線である。道路上をロードバイクが走っているのが見える。手前ミソながら、この写真は結構いい感じだと思う。光があったので良かった。

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ところで、定峰峠といえば「桜」である。地図にも桜の名所として表記されている例が多いが、少し前から東秩父村の事業として桜の伐採を行っていた。今日、走ってみると事業は終了したみたいである。桜の木も老木となって、太い幹が折れて車を直撃するなどのリスクを考えると切らざるを得なかったのだと思う。やむを得ない仕儀だと思う。年輪を数え始めたが途中でやめた。

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落合橋交差点を左折し、大内沢花桃の郷へ。あまりにベタなフレーミングであろうか。ちょっと四角くしてみたのがミソである。

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オヤノタの峠を越え、寄居町に入る。運動公園内にある寄居アメダスである。遠くの山には中間平の展望台が見える。アメダスは、位置的にすごく暑くなりやすい場所・・・という感じはしないが、鳩山と比べると周囲に樹木がないという感じはする。他と比較するとフェンスが低いのが印象的である。これにてアメダス探訪シリーズは完結である。

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鉢形城址のエドヒガンである。樹齢は150年とのことであるが、かつて2本あった幹が切られ、そこから12本の芽が出て現在のような形に成長したとの記載が案内板にあった。写真的にはもっと光のある、明るい時間帯に来たかった・・・という感じである。まぁ、うまい人なら同じ機材で同じ条件で、もっとインパクトのある写真が撮れるに違いない。

周囲の道路には石灰で矢印が引いてあった。明日のウォーキングイベントのためのものだろうと思う。

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寄居町立城南中の前を東に走る。「みんなの力を結集し、日本一の学校にする」という大きな横断幕が掲げられてあった。ちょっとビックリしたが、良く見ると、掲示者は生徒会であった。しかし、グラウンドも広くて建物も立派な学校だと改めて思う。

農家の庭先の風情のある桃の花などを見ながら東に進む。

旧男衾村道路元標に到着。この道路元標は探し回った経験があり、今日は、事前に下調べしてきたので簡単に発見できた。周囲の生垣の影響で、通常道路を走っていたのではその存在に気付くことは不可能である。探し回ったものが見つかったのでこれも決着。

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やっとのことで昼食@600円にありつく。前回訪れたとき定休日だったお店である。ご飯は小盛になっているはずである。美味しかった。焼き方を見ていると、ものすごく丁寧に焼いている感じがした。美味しく食べられたのでこれも決着。

近くには、地元の方がおられたが、話の内容は聞いていないが、「~~なん」、「~~たん」などの語尾の言い方が印象に残る。かなり、やわらかい、良い感じを与える発音だと思った。

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腹ごしらえも済んだので、鎌倉街道上道の探訪である。三島神社の祭礼の幟旗などを見ながら進む。関越自動車道の上り線を走って荒川を渡るとき、右斜め先に大きな倉庫のような建物が見えるが、その建物の西側の場所である。この写真では舗装道路の部分も鎌倉街道上道の走っていた場所であり、荒川の渡河地点はすぐ先である。

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この辺りが渡河地点なのだと思うが・・・ロードバイクにSPD-SLでは手も足も出ない。遠景の橋は関越自動車道である。渡河地点の川越岩(かわこしいわ)ってどれっ?という感じで諦める。

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今市地蔵前の交差点を南に進み、小川町の高見地内に入る。二十二夜塔があった。この場所は、鎌倉街道上道と想定される場所ではないので念のため。

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更に南進し、嵐山町菅谷の蝶の里公園に到着(碑のある場所は正確には千手堂)。昭和33年に建てられた鎌倉街道の碑がある。後年の研究により、この場所には鎌倉街道上道が通っていなかったとの見解もあるようであるが、近くにあった埼玉県の案内板には、そのことについての結論めいたことは記されていなかった。碑の左奥に見えるのは円墳である。このあたりは山王古墳群と呼ばれているようである。

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大蔵館跡の史跡である。

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源義賢の墓であるが、この場所に北(県道)側からアプローチしようとすると、民家に入り込むイメージで、挙句に犬に吠えまくられるので、やめた方が良いと思う。ということで、南側100mくらいのところに東西に走る舗装路があるので、そちらの道から石が敷かれた畑の中の道を歩いて行くのが良いと思う。小さな石の鳥居があるのですぐに分かる。

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更に南に進み、将軍沢の鎌倉街道上道の遺構が良く確認できなかったが残念であったが、これで鳩山町以北荒川までの鎌倉街道上道が一応追えたので、これも終了である。

帰路に着く。獲得標高も1,250mくらいにはなっているので、かなり良い運動であった。一応これで、「もやもや」が一掃され、ハッキリしたので、本日の目標達成である。

2010年3月21日 (日)

黄砂

今日のキーワードは絶対に黄砂である。

朝方の寒冷前線の通過による雨もやんだのでロードバイクで出発。まずは、先日の雪による倒木の惨状がブログ等に掲載されていた宿谷権現堂線に向かう。

地元の方の御努力の賜物か、本日現在、倒木1本、倒竹3本程度で通行に支障はない。

権現堂線に入ると、こんな感じ。寒冷前線の通過の影響か台風の後のような光景である。枯れた杉の葉が道路一面に広がっている。花粉症の方が見たら卒倒するに違いない。

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グリーンライン方面は小枝と杉の葉で大変な状況かなぁ・・・と思い中野線にエスケープ。奥多摩方面を見ると黄砂で霞んでいるのが見える。関の入線に入るとこんな感じ。ロードバイクではストレスフルな状況である。

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国道299号線に出て吾野方面に進む。途中、東吾野の手前で工事をしていた。仮橋工の工事である。準備してある資材と、ズリの品質から何を考えているかはある程度見当がつくが、考古学者によって発掘されたかのように見える石垣がおもしろい。

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しばらく進むと左側に「鎌倉橋」が見えた。中津川林道にも鎌倉橋があったが、なぜ「鎌倉」なのだろう? そして、なぜ随所にあるのだろう?

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昨日に引き続いてタヌキが出没。手作り感がいい看板である。

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続いての写真は、1993(平成5)年3月に閉校になった飯能市立南川小学校である。桜の位置と校舎の位置を考慮して、桜が咲いていたらこんなアングルかなぁと思って撮影。

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校庭の片隅には二宮金次郎像があった。母がよく「兄弟仲よく孝行つくす 手本は二宮金次郎」と歌っていたのを思い出す。

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いよいよ子の権現に向けてスタートである。残りは3キロであるが倒木や除雪された雪の残りもあり、前途多難を想像させる。

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途中、権現堂線と同様に杉の葉を路面に敷きつめたような状況もあり、かなり難渋。しかし、絶対に足付きをしないぞ~という決意のとおり上り切った。3.1キロ、獲得標高298m、平均勾配9.6%である。

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お参りをする。お賽銭を入れ、500円を納めてローソクを立てる。祈願する内容が予め書いてあるので、せっかく子の権現まで上がってきたので「足腰強健」を選ばせていただいた。御利益のためには記名する必要があるようなので「Kac3」と書いておいた。

なお、本堂の前はコンビニより滑りやすいのでSPD-SLの方は要注意である。

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境内では電線が切れそうな状況もあり、今後とも倒木処理が必要なようである。加えてその他の部分でも、かなりの雪害が明らかで大変なことだと思う。

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子の権現から見た黄砂で霞む山々である。

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下りは原市場方面に下る。例の激坂(延長約250m、平均勾配17%超)はこんな感じ。さすがに、軟弱かもしれないが押しで下った。

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下っていくと動物注意の警告標識があった。シカの図柄の蛍光の標識である。 イノシシではインパクトないし、やはりシカだろうか。でも30年前に中藤(=地名)にシカはいっぱいいたのだろうか?

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県道に出て、少し名栗方面に走り「むさしの」で昼食。味噌ラーメン@650円と餃子(5個)@350円を食べる。美味しかった。

入間川右岸に渡り飯能を目指して下る。矢久橋のたもとのグラウンドである。

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矢久橋下流の白色の凝灰岩の露頭である。入間川に洗われて、飯能れき層の比較的下部にある凝灰岩が出てきたものとの埼玉県の案内板があった。案内板を読んでいると、地学の授業を受けているような感じがした。

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そして最後の目的地、飯能市浄化センター(下水処理場)である。目的は、もちろんアメダスの観測施設を確認するためである。

しかし、予想はしていたのだが・・・立入を断られた。確かに、エアレーションタンクにでも落ちれば即死亡なので、断られるのが当然の成り行きである。

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しかし、ちょっぴり残念なので外周を走り、外から写真を撮影。気象観測の施設である。下水処理場は、活性汚泥を元気にして処理を適切に行うための気温観測や、不明水(=流入下水に含まれる雨水)の量を把握して処理時間を調整するための雨量観測などを常に行ってるので、これがアメダスのものかどうかは不明。

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わざわざ施設管理者の許可を得るのも大変だろうし、市民見学会にでも入れてもらうのが大人の対応だと思う。

しかし、今日は黄砂のすごい日であった。

2010年3月20日 (土)

越辺川中流ポタ

しばらく前に、3本ローラーから降りるときに右膝をグキッとしてしまい、以降バンテリンを塗りたくって養生を続けた結果、痛みは消え去った。そこで、今日は久々にロードバイクに乗って出発である。

そうは言っても、お山を目指す訳ではなく越辺川中流部のポタリングである。なお、用事があって朝から出かけることは出来なかった。

まずはカラスの巣。この写真ではわからないが新興住宅地の一角に作られている。葉が生い茂ってしまえば、まったく見えなくなってしまうだろうが、現時点では丸見えである。ジロジロ見ているとカラスから攻撃を受けそうなので早々に立ち去る。

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越辺川、高麗川、葛川の合流部に設置工事が行われている葛川水門である。葛川は越辺川と高麗川との合流部へ流れ込むことから、洪水時には両川からの逆流が起こるため、それを防止するための水門である。昨年度から本年度にかけての2年継続工事(実質は単年度)で当初の請負額は6億5,835万円の工事である。ちなみに上流部では葛川の水を高麗川にバイパスさせるための放水路も完成している。

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走っていると「ピカッ」、「ピカッ」と光っている鉄塔があったので近づいてみた。写真中央の四角い器具が点滅している。連写で光っている瞬間を撮ろうとしたのだが当然にだめだった。夜間に三脚を使って露出時間を長くすれば「ピカッ」が撮れると思う。

ちなみにこの鉄塔は、電源開発株式会社の田子倉発電所と多摩変電所を結ぶ只見幹線の423番鉄塔である。

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坂戸市内循環バスのバス停である。名前がなんとも・・・珍しく、時代劇にでも出てきそうなバス停である。「赤尾弾正」は地名のようで、ごみ集積所の掲示板にもそのように記されてあった。

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高麗川を合流した後の越辺川にかかる赤尾落合橋である。通行止の橋である。橋の中央の方は鯉を釣っている釣り人さんである。

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落合というくらいのなので、越辺川はここで都幾川を合流する。こちら(下の写真)の橋は、合流寸前の都幾川にかかる長楽落合橋である。こちらも通行止の橋である。2つの橋は合流部の背割堤を挟んでほぼ一体の橋という感じである。

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写真を撮っていると、タヌキが現れた。ビックリ仰天。何で、この明るい日中に現れるのだ?という感じである。

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越辺川を遡り石今橋上流右岸の「北浅羽桜堤」に到着。案内板によれば、2000(平成12)年度に入西北部土地改良区の事業として整備されたもので、幅は約18m、園長(延長ではない!)は1,200mとのことである。桜の種類は安行寒桜(別名:大寒桜)と案内板に記してあった。

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きれいである。

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右岸堤防の上流は、鳩川の越辺川への合流部で大規模な工事を行っており、この桜堤より上流に(今のところ)走ることはできず、自転車をかついで一般道に降りて帰路についた。

それにしても暖かい自転車日和であった。 

2010年3月18日 (木)

二十二夜塔

今日は埼玉県比企郡小川町の二十二夜塔の紹介である。

こちらは2007(平成19)年9月2日に探訪した小川町腰越の二十二夜塔である。埼玉県と小川町が建てた案内板がある。1832(天保3)年の建立である。

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こちら(下の写真)は、同じく小川町上古寺の二十二夜塔である。案内板等はない。卑近な表現で申し訳けないが片膝を立てて頬杖をついているので如意輪観音と分かる。観音様の蓮華座の下の(文字の一部が欠けたりしていてアンバランスな感じのする)基礎部の角柱(=文字塔:この写真には写っていない)には「二十二夜待供養」と刻まれている。そのことからも如意輪観音と判断できる。約200年前の1811年(文化8)年の建立である。

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角柱(文字塔)の脇には粟穂稗穂(あわぼひえぼ)みたいなものがあった。何だろう? 二十二夜塔が安産などを祈る女人講であったことから推測すれば良いのだろうか。

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どこにあるかというと、腰越のものは小川町側から「きりどうし」のコンビニ手前を左折して館川ダムを目指す途中の右側、上古寺のものは松郷峠を小川町側に下る途中の左側である。

2010年3月15日 (月)

鳩山と寄居アメダス

昨日の続きである。

鳩山と寄居で、どちらが暑いのかという話である。もちろん気象のお話である。

気象庁のHPで1979年から2000年までの22年間の、鳩山と寄居の月別平均のデータを抜き出し比較してみた。

算式は、鳩山-寄居 である。

      1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
最高  0     0.4   0.2   0.1  0   -0.1 -0.2 -0.2 -0.1 -0.3 -0.3 -0.1
最低 -1.9 -1.6 -1.1 -1.1 -1.1 -0.7 -0.3 -0.4 -0.5 -1 -1.6 -2.1
平均 -0.7 -0.3 -0.2 -0.2 -0.4 -0.2 -0.2 -0.2 -0.2 -0.4 -0.6 -0.9

つまり、1月から5月までを除き最高気温は寄居の方が高い。(すなわち暑い、もしくは暖かい。)1月から5月までの最高気温は同等、もしくは鳩山の方が高い。

最低気温及び平均気温は、全月鳩山の方が低い。(すなわち寒い、もしくは涼しい。)

ということになったのだが、「暑いや涼しいには、風とか湿度とか、それ以外の要素もあるだろう?」とか、「そもそもアメダスの場所に人は住んでないしぃ~」とか。どのような考え方が正しいんだろうか?

※2013(平成25)年1月4日追記
鳩山アメダスの冬の最低気温が低いことについては当ブログの次の記事をご覧ください。農業気象:http://yomotan.cocolog-nifty.com/blog/2011/12/post-63b0.html

2010年3月14日 (日)

鳩山アメダス

今日は鳩山アメダスを見に行ってきた。

気象庁のHPから経緯度情報を取得して出かけた。埼玉県内のアメダスでも冬場の最低気温が際立って低い印象を受ける地点であるので、どんな所にあるのか確認するためである。

当初は、飯能、鳩山、ときがわ、寄居のそれぞれのアメダスの場所がほぼ特定できたので、ロードバイクで1日で回ろうかと思っていたのだが、仕事のため時間が取れないので諦めた。良い天気であったのに残念である。

気象庁のHP上の、鳩山アメダスの経緯度情報は次のとおりである。

北緯:  35 度 59.1 分 東経:  139 度 20.1 分 標高: 44 m

これを国土地理院の2.5万図で検索するとこの場所となる。

現地に行ってみると、施設は北北東方向に若干ずれていたが確認できる範囲であった。実際の位置は北緯35度59分09秒49、東経139度20分08秒00という感じだろうか。気象庁HP上の表示は、有効数字の桁数の問題という感じである。

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全景である。中に入っている電線は電灯線と電話線のみであり、その他のケーブルなどは見られなかった。大きさは5.5m×4mってな感じだろうか。

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さて、最低気温が低く感じられるのは局地的な原因なのか・・・それとも、そもそも、そのようなことはないのか・・・結論としては、現地を見る限り分からなかった。

地形的には鳩川と大橋川に挟まれた位置にある。飯能アメダスも入間川と成木川に挟まれた位置にあるが、こちらは気温の観測点ではないので、類推、推測することができない。

あとは鳩山アメダスの位置は以前に変更されているようなので、それを使って観測以来の平均最低気温を、他所と比較するなどの方法が考えられるかもしれない。ちなみに古いデータが掲載されているWebを見ると、最低気温が氷点下10度以下の日(1984(昭和59)年1月21日:氷点下10.7度)や、最高気温が40度近い日(1997(平成9)年7月5日:39.9度)などもあったようである。

最終手段としては、近くにある消防署(鳩山の場合)や下水処理場(飯能の場合)には気象データが保存されている可能性があるので、それを閲覧させていただくことだろうか。さすがに、そこまでする気にはならないが・・・。

---------- 2010(平成22)年3月15日追記

鳩山アメダスの施設位置が分かりやすい写真である。

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---------- 2011(平成23)年2月8日追記

当ブログのアメダス関連の記事は以下のとおり。

2010/03/15 鳩山と寄居アメダス 両アメダスの気温比較

2010/03/21 黄砂 飯能アメダス探訪記事

2010/03/27 大掃除 ときがわアメダス及び寄居アメダスの探訪記事

---------- 2011(平成23)年12月16日追記

当ブログのアメダス関連の記事は以下のとおり。

2011/12/16 農業気象 鳩山アメダスの最低気温が低いことに関する研究

2010年3月 6日 (土)

鎌倉街道上道

今日は、鎌倉街道上道(かみつみち)を探訪してきた。鎌倉街道上道は、幕府のあった鎌倉と各地を結んでいた街道の一つである。

この頃は、日の出が早くなったので、6時頃には明るくなっている。しかし曇天。Webでよく見る天気予報を確認すると、一方は6時から雨、もう一方は9時から雨・・・となっている。

しばらく様子を見てみるが降る様子がない。ということで決意を固め(ちょっと大袈裟)、MTBに乗って出発。

前回は、坂戸市から南に狭山湖・多摩湖方面に鎌倉街道上道を結構走っているので、今回は坂戸市(高麗川)から北を探訪することにする。

探訪に当たっては、埼玉県内の鎌倉街道上道についての網羅的HP、道・鎌倉街道上道(埼玉編)を参考にさせていただいた。

走り出すと、このところ「剱岳 点の記」のDVDを繰り返してみているので、夏八木勲の声で「のうまく さんまんだ ばさら だんせんだん まかろしゃだ そは たや うんたらた かんまん 」と頭の中で不動明王の真言※が繰り返し回りだす。法事などで「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まにはんどま じんばら はらばりたや うん」という光明真言に接する機会の方が圧倒的に多いのではあるが・・・。

ところで、靴はトレラン用のシューズを履いているので、底が固くて漕ぎやすい。下着はアンダーアーマーであるが、胸の所がジッパーで開かないタイプなので、暖かくなってくると体温調整がしずらい感じがある。

ということで、高麗川にかかる森戸橋を渡り、河岸段丘の下にある馬頭観音に到着。地元の「市場村 大家村 念佛講中」と刻まれており、寛政7(1795)年のものである。

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高麗川の河岸段丘を登る切通し。

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その後、ほぼ道を辿ることができるが、葛川を渡ってしばらく走って行き止まり。元に戻って迂回する。

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更に北進する。平地林の中を進んでいくとヌルデの木があった。祭具などを作るのに用いられる。

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県道39号(川越坂戸毛呂山)線を横切る。

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良い雰囲気の道である。

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越辺川に到着。中央のブロックの右岸側に魚道がある。案内板によれば、アユ、ウグイ、オイカワ、カマツカ、アブラハヤなどを遡上させるためのものらしい。

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少し、経路を外れて、埼玉県指定旧跡苦林野(にがばやしの)古戦場を訪れてみる。前方後円墳の後円部の墳丘上に、江戸時代に建てられた追悼碑がある。自転車のある側が前方部である。生まれて初めて、被葬者には恐縮だが前方後円墳に登った。

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---------- 2010(平成22)年3月10日追記

後円部の追悼碑の写真である。

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現地にある案内板には追悼碑と記してあるが、千手観音が彫られた七夜待塔であると言われている。背面には1363(貞治2)年に戦いがあったことが記されている。

---------- 追記終了

更に北に向かう。気象庁の気象衛星センターのパラボラアンテナが見える。このアンテナは物見山近くの地球観測センターのアンテナとは、同じ埼玉県比企郡鳩山町内ではあるが、まったく別の場所にあるものである。

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この辺りで、雨を感じるようになってきたので、探訪を中止して急いで帰路につく。

今日は、天気にせわしさを感じたが、梅の花の香りが良い日であった。続きは後日である。

※ 当方には、このように聞こえている。

2010年3月 3日 (水)

字が違う

今日はひな祭。近所のスーパーでミニ桜もち&ミニ草もちセットを買ってきた。まだ冷蔵庫の中に甘酒の素?もあったような・・・。幼い頃と比べ随分と様変わりしたものである。

先日ポチッとしたものが本日到着。

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あれっ、字が違う。文庫本の方は「劒」、映画(のDVD)の方は「劔」である。

ちなみに国土地理院の2.5万図の表示は、 http://watchizu.gsi.go.jp/watchizu.aspx?b=363724&l=1373702 である。

見てみると、映画のDVDはレンタル版とかなり違う。ノーカット版なのであろうか。

続いて到着。映画化とともに出版された本で、いろいろな解説なども出ていて面白い。これにて物欲終息。

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もう一つオマケでポチッ。超マイナー? こちらの方はラコスケさんである。哲学的な名言?が面白い。

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参考URLはこちら。(リンクはさせておりませんので悪しからず。)

http://wikiwiki.jp/ds-doubutu/?%A5%E9%A5%B3%A5%B9%A5%B1%A4%CE%C5%AF%B3%D8%A4%CA%A5%B3%A5%E1%A5%F3%A5%C8

(2010(平成22)年3月4日一部統合追記)

2010年3月 2日 (火)

足跡

今日は、この冬当方より先に中津川林道を歩いて来られた方とお話しをする機会があった。その中で、GWまでなら人が少ないので動物がみられることがある・・・との話が出た。

ということで、先日、中津川林道を歩いたときの足跡集。

足跡の主:不明その1。複数匹が足踏みでもしたのか・・・?という感じ。

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足跡の主:不明その2。詳細不詳の謎の蛇行模様。この写真の撮影直後、撮影者は受験用お守りを持っていなかったためか見事にスッテンコロリン。未だに打ち身が痛い。

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足跡の主:撮影者。

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足跡の主:不明その3。左下から右上か、右上から左下かも不明だが、ある程度の大きさのある動物だと思う。

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足跡の主:かつて信濃沢で働いていた方々。

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最後にオマケ。中津川林道沿いではないが、一応中津川沿い。

足跡の主:ダイダラボッチ?に見えなくもない(^^; 左側には名前は忘れたが、西洋の偉人の顔が見えるような・・・気もする。

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でも、もう3月だから渓流釣りは解禁なんだろうか・・・?

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