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2010年2月

2010年2月28日 (日)

劔岳点の記

今日も、スポットでの仕事であったが、仕事に行く前に「劔岳 点の記」のレンタルDVDを見終えた。これで、「茄子 アンダルシアの夏」、「茄子 スーツケースの渡り鳥」、「劔岳 点の記」の全部を見終わった。

収穫その1。「茄子 アンダルシアの夏」と「茄子 スーツケースの渡り鳥」を見て、やっと・・・パオパオジャージの意味と、それがパールイズミ製であることの意味が分かった(^^; (^^; 以前は、自転車関連のブログを見ても、パオパオはお菓子屋さんの名前だと思っていたのだった・・・・・orz

「劔岳 点の記」については、Web上に膨大な量の情報があるので、今更、書くこともないが、陸地測量部の測量手が武官ではなく文官であったことは、初めて知ったことで驚きであった。また、史実かどうかは別として、ガソリンストーブのスベア123が『山岳会』の装備品として出てきたのが印象的であった。

新田次郎の山岳小説は新潮文庫で読んだ記憶があるが、「劔岳 点の記」は読んだ記憶がない。調べてみると、文庫になったのは文春文庫で1981年のようである。原作と映画では趣が違うようなので、いつか読んでみようと思う。

そして、午後から写真を撮るべくMTBで出発。今日しか撮れない写真である。

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近くには、同じ目的の方々が大勢おられ、中にはその道のプロの方までおられて、名刺まで頂戴してしまった。

詳細については、こちらのHPを参照していただきたい。

2010年2月27日 (土)

雛飾り

今年また雛(ひいな)飾りて亡き母の あられの味を思ひ出しおり

当方にとっては大切な一首である。ということで、飯能市の街おこしの一環なのかどうか分からないが、第5回雛飾りお宝展を見てきた。

まずは看板。YouTubeの親戚のような気がして、ちょっと読むのに苦労してしまった。

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「絹甚の店蔵」に飾ってあったお雛様。80年前のものとのこと。

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吊るし飾り? これは思わずニコッとしてしまった。右奥はこの催しのパンフレット。このお店は、もちろんパン屋さんである。

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仕事の合間の短い時間ではあったが面白かった。

2010年2月23日 (火)

中津川の沢

当方、渓流釣りや沢登りの経験はないに等しいが、中津川森林鉄道の時代ごとの始点・終点を特定するためには必要ということで、このブログには場違いな感じもするが中津川一帯の沢(川)について調べてみた。

埼玉県のHPにある「埼玉県共第1号第五種共同漁業権漁場」には、中津川の「漁場の区域(河川等名称)」として下流から20の沢(川)の名称が上がっている。その内、国土地理院の2.5万図で確認できるものには○印を、地図上で位置を推測できるものは△印を付してみた。また、国土地理院の地図に沢(川)の名称が記されていて「埼玉県共第1号第五種共同漁業権漁場」に記されていないものには×印を、その他の資料により確認できる沢には◎印を付けてみた。「(左)」「(右)」「(本)」は中津川の右岸か左岸か本流かを表している。

下流から、

○中津川(本) ⇒ △蛹沢(左) ⇒ ○芋平沢(左) ⇒ ○入波沢(左) ⇒ △中ノ沢(右) ⇒ ○井戸沢(右) ⇒ △小滑沢(右) ⇒ ○大滑沢(地獄沢)(右) ⇒ ○深沢(左) ⇒ ○オロ沢(左) ⇒ ×井戸沢(左) ⇒ ○相原沢(右) ⇒ ○石舟沢(左) ⇒ ×神流川(左) ⇒ ×ウズノ沢(左) ⇒ ◎小若沢(右) ⇒ ○大若沢(右)(上流に×金山沢・×長滑沢あり) ⇒ ○鎌倉沢(左) ⇒ ○ムジナ沢(左) ⇒ ×小品沢(右) ⇒ ○ガク沢(左) ⇒ ○大山沢(右) ⇒ ○信濃沢(左) ⇒ △大ガマタ沢(本) ⇒ ○金蔵沢(左)

となる。

下の写真は小若沢の根拠となるものである。

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ところで、ガク沢は、橋の親柱には「ガク沢」と表記されている。また、埼玉県森林科学館の資料によれば、信濃沢、大河俣(大ガマタ)、中の沢の、中津川森林鉄道関係の宿舎について、子ども達は中津川小学校及び小倉沢中学校(日窒鉱山?)に通学していたようである。そうだとすると、中学校への通学距離は片道15キロ程度になるが、中津川森林鉄道のトロッコに乗って通学していたのだろうか? ガク沢の「ガク」とは何を意味するのだろうか?

以上で、中津川森林鉄道の、時代ごとの始点・終点にかかる調査は終了である。本年の刊行が予定されている「大滝村史」を一日も早く読んでみたい気分である。

※ ということなのであるが、国土地理院の2.5万図では「金蔵沢」は中津川の支流の支流という扱いになっている。ここで「大ガマタ沢」は中津川の本流であるという前提のもとに、金蔵沢の表記が中津川の支流の支流ではなく、支流の位置に移動してくれれば・・・すべてが分かりやすくなるのであるが・・・。秩父市の観光ガイドマップなどではそのような表記になっている。
(追記)当方のカシミール3Dで国土地理院の5万図を確認したところ、金蔵沢は中津川の支流の位置に表示されていた。これでスッキリである。

2010年2月21日 (日)

中津川林道を歩く

今日は中津川林道を歩いてきた。

この写真は、リコーCX3の「ミニチュアライズ機能」で撮影した中津川森林鉄道のものと思われるトロッコの車輪。

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本日は、旧大滝村の国道140号線から二瀬ダム方向に少し走ったところにある「三十槌の氷柱(みそつちのつらら)」が見られる最終日であり、見られる時間は午前8時からとのことなので、それに合わせて日の出前に、雪と氷に備えてスタッドレス装着車で出発。
例によって国道299号線をひた走ると武甲山が見えてきた。下の写真はCX3の「ダイナミックレンジダブルショットモード機能」で撮影したもの。雪に明るく輝く武甲山と手前の暗い針葉樹林が両方とも見やすく写るのだそうであるが、確かにこの機能を使ったほうがキレイに写るが、ブログに掲載するとそうでもなくなってしまう・・・orz ということで、本日撮影した写真は、この機能を多用している。

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時間調整のために浦山ダムの展望台に上る。荒川、蓑山、陣見山等がキレイに見える。夜であれば、きっと秩父市街の夜景も見えるに違いない。

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三十槌の氷柱に到着。駐車料金は500円。通常はキャンプサイトの駐車場のようであるが、この期間は氷柱のための駐車場になるようである。観光パフレットの写真等を見ると氷柱の量はハンパではなく、今日は半分程度と入口の看板に記してあった。

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途中スタッドレスで遊びながら滝沢ダムの脇を抜け、今度は中津川出合の氷壁である。こちらは県道から見られるので駐車料金はかからない。

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彩の国ふれあいの森・埼玉県森林科学館を歩いて出発である。気温は0度程度。

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その昔、中津川林道が有料道路だった頃、ゲートの棒を受けていた鉄柱ではないか・・・と思われるもの。中津川林道が有料道路だった頃の痕跡???(その1)である。

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ちょっと寄り道して、中津川森林鉄道の軌道があったと思われる部分の土留めの石積みである。現場付近で採れる石を積んだものと思われ、コンクリートなどが間に入っていないので、この附近の石積みでは最も古い時代のものと思われる。

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氷壁(ひょうへき)を登る方々にお会いした。写真はイマイチであるが、この氷壁を登られるようである。お話によれば、今年は暖かくて例年のように3月半ばまでは登れそうもないとのことだった。

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4キロを示す道程標である。おそらく中津川林道が有料道路だった頃の痕跡?(その2)であろうと思われる。

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大山沢隧道のツララでである。本日見たツララの中では最も長かった。3m近くはあると思う。

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信濃沢橋である。このあたりから雪が本格的に見え出してきた。

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定番写真スポットの素掘りのトンネルの手前である。

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この橋を渡った直後、氷で足が滑って見事にスッテンコロリン。左肘から着地。傷もできて血も出て、超痛かった。

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氷の玉である。生成過程は不明であるが、サングラスとの比較で大きさが分かると思う。

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氷瀑(ひょうばく)である。迫力を伝えられないのが残念であるが、これを見ることができただけでも来た甲斐を感じる。

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本日の折り返し地点。林道の傾斜が急になる直前の旧大滝村道12.5キロ道程標である。ここでUターン。何やら動物の足跡が点々と続いている。

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お腹がすいたので昼食にする。本日のメニューはシーフードヌードル(大)、レトルト焼鳥、インスタントコーヒーである。雪の中での昼食で美味しかった。休憩時間33分41秒。

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下の写真は、文末の資料にいう大河俣沢(おおがまたざわ)という地点であると思われる。文末の資料添付図では、この場所は検分河原とも受け取れる表記なっているが、当方が昼食を食べた場所、すなわち旧大滝村道12キロ道程標の辺りが検分河原と思われる。

その理由は、文末の資料の『何々沢』は森林鉄道の起点や終点を示しており、線状特徴物である沢の中の特定の地点を指し示していると考えられ、沢の最下流がその地点であるとすれば、信濃沢はこの地点、大河俣沢は中津川本流上のこの地点となる。
仮に、その地点が沢の最下流でなかったとしても、地点間の距離と現地の様子を拠り所として判断すれば、リンク先の地点がその地点であると思われるためである。

なお、文末の資料添付図では大河俣沢の最下流が信濃沢の最下流と同一の地点とも読み取れる標記となっている。

また、地点間の距離を測る場合、森林鉄道の経路の方が蛇行しているため現在の林道より距離が長くなることは容易に想像できるが、その差は図上計測で数百メートルの範囲である。

まっ、地元の方に聞くのが一番確実で、かつ早いのだと思う。

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警笛鳴らせのホーロー看板は、取り付け方の共通点から、中津川林道開設当初からあったものではなく、後日、追加して取り付けられたものであるとの印象を持った。したがって、中津川森林鉄道の「警笛鳴らせ」を流用したものではないのだろうと思う。
この辺りでは湿度のある深山の香りのする空気を深呼吸しながら歩いていた。まずは息を吐き出して・・・という感じで。テレビドラマのチャングムをふと思い出した。

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信濃沢の中津川森林鉄道の橋脚である。

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ガク沢橋のプレートガーダーに作られた蜂の巣である。

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隧道内で見た断層。

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何かと思って見たのだが、スパイラル魚道だと思う。これこそ「ミニチュアライズ機能」で撮影すれば良かったと思うが、あとの祭。

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ということで、昨日購入のトレランシューズの履き心地も良く、20キロ超のトレッキングは終了である。全体としてみると、雪道2割、アイスバーン又はシャーベット道2割、グチャグチャ道3割、歩きやすい道3割程度のイメージだろうか。決して小奇麗なトレッキングなどではないなぁ・・・と思う。まっ車が来ないのはいいけど・・・。
途中お会いした方は、氷瀑にチャレンジする方、工事をしている方、そしてMTB乗りさん1人である。
帰路に着き、大滝温泉(入浴料@600円、タオル@200円、貸しバスタオル@200円)で入浴。温泉らしい温泉の泉質のように感じた。

---------- 資料の始まり ----------

最後に本日の埼玉県森林科学館での中津川森林鉄道等の整備に関する調査結果である。
 昭和18~22年 大滝村中津川猿市~信濃沢 6,247m
 昭和23年 信濃沢支線 400m
 昭和26~27年 信濃沢~大河俣沢 2,399m
 昭和30年 大河俣沢~検分河原 1,159m 合計9,805m
 宿舎数 信濃沢10戸、大河俣沢30戸、中の沢10戸
 中津川林道の開通は昭和41年8月4日で、延長は18,167mである。

---------- 資料の終わり ----------

本日の歩行と調査によって中津川林道(森林鉄道)について抱いていた疑問はほぼ氷解した。

2010年2月13日 (土)

氷雨

今日は氷雨である。

関東地方西部のアメダスの気温を見ると、ほとんど全てが日中でも0度前後。奥多摩や西上州、そして佐久地方では氷点下。山の上では雪が降っているはずであるが、今日のところは、部屋の中で暖かいコーヒーでも飲みながら外を眺めていることにする。

ところで、改めて氷雨ってどんなものなんだろう・・・などと思った。小さい頃に母から聞いた氷雨は、小さな氷の粒が降ってくることであったような気がするが、歌謡曲の「氷雨」を聞いた頃から、氷雨は冷たい雨という認識に変ってしまったような気もする。ということで色々と調べてみると面白い。

『氷雨(ひさめ)
北国の冬。一人ぼっちの部屋。曇った窓の外は冷たい雨。氷雨は霙や霙混じりの冷たい雨をいいますが、本来は雹や霙の古い呼び名です。(以下略)』

似たように窓の外を眺めている状況に思わずニヤッとしてしまったが、これは「空の名前」(高橋健司 写真・文 光琳社出版 1992年)からの引用である。更に氷雨についてWebで調べてみると、氷雨が気象用語でないことや、色々な解釈が存在することが分かった。先ほどの歌謡曲の中では、氷雨は冬の雨だし、ある辞書では秋の冷たい雨である。ということで、むしろ、解釈がいろいろあるのが良い言葉・・・という感じであろうか。

「空の名前」は「宙の名前」(林完次著 光琳社出版 1997年)とともに、読んで、眺めて楽しい本である。

2010年2月11日 (木)

嵐山でランチ

※ この記事で紹介している「丘の上のレストランきりきり」は、2012(平成24)年12月23日現在長期休業中です。

今日は、当地では朝から小降りの雨であった。仕事の予定もないし、天気が良ければ格好の自転車日和になるはずであったのだが・・・残念である。

ということで自宅の片付けをした後、理髪店に行き爆睡。話をいろいろ聞いてみると理髪店で気持ちよく爆睡する人は多いらしい・・・?

その後、昼食を食べに行くことにするが、どこに行こうか迷う。他の方の本日のブログを見ると、雨の中「嵐山でらん」という方もおられるようなので、当方は「嵐山でランチ」ということで、嵐山町の「丘の上のレストランきりきり」に行くことにした。過去にも食べたことがあるお店である。(写真は携帯で撮影。いまいちピントが甘すぎ・・・。)

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中に入るとほぼ満席であったが、タイミングよく最後の禁煙席に待たずに座れた。 例によって黒板のメニューが出てきて「はまぐりと菜の花のパスタ」のセット@1,930円を注文。セットメニューにはサラダバー、飲み物、デザートがついている。サラダはポテトサラダが特に美味しかった。飲み物はウィンナコーヒーをいただいたが、これも美味しかった。料理もデザートも美味しくいただけた。

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その後、買物をして帰宅。さすがに雨が強く降っているので、歩き出す気にはならず久々に3本ローラーに乗ることにする。時間は30分。心拍数は平均130前後。タイヤはPRO3ではもったないので、引退しているものを使う。汗がポタポタ落ちて、これを毎日やれば、即、やせそうな気がした。

2010年2月 7日 (日)

内側と外側

今日も寒い日であった。埼玉県熊谷市の日中の気温は6度から8度で昨日より高かったが、北西の風は8mないし10mで吹き続け、瞬間的には相当な強風であったよう思う。

ところで、堤内地と堤外地という言葉がある。自転車で堤防の上を走っていて「内側はどっち?」と聞かれると、思わず河川側を指差してしまいそうであるが、言葉的には河川側は堤外地である。

輪中などのように集落を堤防が取り囲んで、その堤防によって集落への周囲の洪水の浸入を阻むという図式では、内側は集落側であり、外側は河川側である。

その考え方の延長として、荒川などの直線的な堤防でも、河川側が堤外地で集落側が堤内地となったようである。

さて本題。越生町 ⇔ ときがわ町間の見覚えのある景色。網の中は道路であるが、どっちが内側で、どっちが外側なのだろう?

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そして最後に冒頭の言葉の繰り返し。今日も寒い日であった。

2010年2月 5日 (金)

写真を拡大すると

写真を拡大すると見えるものがある。

最初に当ブログの2010年1月30日の記事に掲載した元の写真。株式会社三ヶ島製作所本社である。

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門扉左側のサインを拡大。

まずは「三ヶ島」の読み方。当方は所沢市の地名として「みかじま」と読んで(呼んで)いたけれど、それが正しいのだと思う。その前提で行くと、「MKS」は「MKZ」とか「MKJ」でなければならないはずなのであるが、なぜか「MKS」。ということで「三ヶ島製作所」の「三ヶ島」は「みかしま」と読むのである。確かに思い出してみるとペダルを呼ぶときに限っては「ミカシマ・シルバン」とか言っていたような気もする。
ちょっと脱線。でも、ドイツ人なら「MIKASIMA」をなんて発音するんだろう?

次は「ペタル」である。これも「ペダル」ではないかと思うのだが「ペタル」である。

詳しくは、同社のHP(⇒http://www.mkspedal.com/)の「ちょっとひと言の『2)どうでもいいことですけど。。』」に掲載されている。

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続いて当ブログの2010年1月31日の記事に掲載した元の写真。宿谷瀑の石碑である。

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この石碑の上部を拡大し、輪郭を強調したのが下の写真。

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漢字は「明治十年歳在丁丑南呂吉辰成立之」と記してあるのだが、実際に見たときには残念ながら漢字をどこで区切るのかが分からなかったのである。ということで、苦節5日間・・・とか言って・・・実際は1時間くらいネットで調べたところでは、区切りは「明治/十年/歳在/丁丑/南呂/吉辰/成立之」となるようである。意味は「明治10年、昔流に言えば十干十二支で丁丑(ていちゅう)の年の旧暦8月の異名である南呂(なんりょ)の吉日という意味である吉辰(きっしん)に、この碑を立てました。」ということだろうか。

調べていると、三ヶ島葭子という歌人を経て左卜全とか・・・、福沢諭吉の明治10年の著作に「丁丑公論」というものがあるとか・・・いろいろと広がっていく。

2010年2月 2日 (火)

雪景色

今朝は雪景色であった。西の山々の雪景色は良く見えず残念。

雪をかぶった六地蔵。

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雪をかぶった梅の花。

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雪景色の雑木林と田んぼ。

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雪景色の谷津田。

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雪をかぶって淡く輝く雑木林。

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埼玉県比企郡で撮影。

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