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2010年1月

2010年1月31日 (日)

物見山へ山登り

先日は東松山市の物見山周辺のポタリングに行ってきたので、今日は、日高市の物見山に山登りに行くことにした。MTBなどではなく、もちろん徒歩である。こちらの物見山には一等三角点がある。

駐車場もある公園を起点にしてトコトコと歩いて出発。今日の目標は、走らないこと、そして心拍数が160拍を超えないことの2点である。

「宿谷瀑」の石碑である。宿谷権現堂線の起点を過ぎて、車が辿りつける最終地点の広場の脇にある。明治十年が何とかかんとか・・・と書いてあるが漢字が読めない・・・orz ので、いつ頃のものか良く分からない。

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宿谷の滝である。

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更に沢を上って行き、左(南)側の尾根に取り付く。これから先のしばらくが急勾配である。上からストックを2本持った年配の方が下りてきたので話をすると、膝を壊さないように使っているとのことで、ストック使用の効用を絶賛していた。

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物見山の一等三角点「物見山」標高375.30mに到着。所要時間は宿谷の滝入口から27分27秒。最大心拍は149。いわゆる山頂の辺りはハイカーの方達が多く、写真をとりずらいのでパス。

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高指山へ向かう。大岳や御前山が山容を誇っている。下の写真では御前山の裾が右端に写っている。

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高指山方面を見て、ちょっとビックリ。電波塔は2つあったはずなのに1つになっている。加えてアンテナも取り外され、あるのは避雷針のみ。久々に来て驚いた。

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道端に、ロウバイが奥多摩の山々をバックに綺麗に咲いていた。

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高指山の脇を通過し、更に進んで日和田山に登る。物見山からの所要時間は27分12秒。最大心拍は155。日高市庁舎やセメント工場の景色が良く見える。

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日和田山山頂に建つ享保年間に建立された宝篋印塔である。300年近い年月が経っていると思うと、すごいなぁと思う。こちらには四等三角点「日和田山」標高304.97mがある。

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Uターンである。ムタさん発見。

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物見山頂上通過。日和田山から24分33秒。最大心拍160拍。

きれいな檜林である。もしかすると、そろそろ間伐が必要なのかも・・・とも思う。

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北向地蔵である。物見山からの所要時間は19分33秒。最大心拍数は159拍である。

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一直線に並ぶ奥秩父線である。

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この辺で、遊び心を出して大失敗。尾根を一つ間違って、ヤブコギを繰り返した後、急斜面を降りて鎌北湖へ。久々の失敗であった。

大谷木川沿いを歩いていると、いかにも落石という落石があった。

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本日の最大心拍数は160拍である。走りもしなかったので、目標達成である。結構、おもしろかった。すれ違い、追い抜き等で挨拶が成立する率は95%ぐらいであったので、気分良く歩けた。

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものである。         

2010年1月30日 (土)

狭山湖・多摩湖

今日は、当方にとってのロードバイク空白地帯、狭山湖と多摩湖に行ってきた。

当然にロードバイクで出発。「新所沢変電所の近くで新しい鉄塔が建っている。」という口コミ情報があったので、そちらを目指す。結論から言うと確認できず。ということで、安曇幹線344号鉄塔の解体風景である。

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その後、中東京変電所の脇を通って南進する。中東京変電所の西門のあたりの雰囲気は、ちょっと改善の余地ありって感じがする。

西を見ると太平洋セメント埼玉工場が見える。昔の小学校の教科書ではないが風がないのが良く分かる。この煙突、現在は本数が減ってしまったが、その昔は4本あってオバケ煙突と呼ばれていたらしく、見る方向により2本、3本、4本に見えたので、昭和30年代後半であろうかNHKのテレビ番組「魔法のじゅうたん」で取り上げられ、黒柳徹子が小学生と一緒に絨毯に乗って飛んできた?のを見た記憶がある。

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なおも南進する。ちょっと道路が狭いので走りづらかったのだが、この石碑を見て気分が変った。走っていた道路は、かつての鎌倉街道上道(かみつみち)であったのであった。国道407号線(日光脇往還)との交差点の名称は「鎌倉街道」であった。

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その後も道なりに進む。左側に名門ゴルフ場が見える。さすがの雰囲気である。
右手に富士山を見ながら圏央道をくぐり、県立日高特別支援学校、智光山公園を左に見て進み、工業団地の中を走って信濃坂を下り、鎌倉街道上道とお別れ、新富士見橋で入間川を渡る。振り返ると山並みが非常に綺麗である。

狭山市街を抜け、市役所前を通過して、県道50号(所沢狭山)線で入曽交差点まで。右折して県道8号(川越入間)線に入り、狭山ヶ丘方面へ。やがて国道463号線に入る。若いお兄さんがいいスピードでピストを飛ばしていく。しばらく付いて走ってみる。ちょっと軽い感じの普段着なのだが、当方より格段に速い。普段、ガシガシ走っているのだろうと思う。

小手指ケ原交差点を右折。椿峰の住宅街の西側を抜ける。ダク鋳300φの埋設工事で渋滞。やっと抜けると、先ほど左側を当方が抜いた、アスコンガラ満載のダンプ(先ほどの工事とは無関係)が寄ってくる。勘弁してよぉ~って感じ。

いよいよ狭山湖(山口貯水池)の堰堤が見えてきた。「昔と違う?!」と思う。堰堤の大きさを含め確かに景色が随分と違っていた。実は、記念碑によれば、平成14年11月完成で大規模な耐震化のための堤体強化工事が行われていたのであった。

現地には多数の案内板があり読んでいるだけで勉強になる。一部を引用すると、「東京都と山梨県にわたる水源林から湧き出た水は、いったん小河内ダム(昭和32年完成)に貯えられて、多摩川に設置した『小作取水堰』及び『羽村取水堰』で取水し、ここ『山口貯水池』や隣の『村山上・下貯水池』に導水しています。」と記してあった。

多摩川の水が狭山湖(山口貯水池)に入り、そこから浄水場に入って使われたり、あるいは村山下貯水池(多摩湖)に導水されたりしているのは、意外と知られていない。
当方も、狭山湖と多摩湖が導水管でつながっていたことは今日まで知らなかった。多摩湖の水は、多摩川の水が横田基地の地下を通って直接に流入しているだけだと思いこんでいた(^^;

※2011(平成23)年9月13日追記 いろいろと調べてみると、小作取水堰で取水された多摩川の水は狭山湖(山口貯水池)に、羽村取水堰で取水された水は狭山湖及び多摩湖(村山上貯水池)の両方に導水されている。-----追記終了

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下の写真。うっすらと見える富士山がきれいである。天気の良い日に写真を撮ってみたいものだ。

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下の写真。遠景の山の中央左が鷹ノ巣山。中央右が雲取山である。狭山湖の水の由来を思うとき、水源林である奥多摩の山々に降った雨が、目の前の湖にあるのかと思うと何とも感慨深いものである。

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石原都知事揮毫の碑である。「五風十雨の味わい」と刻まれている。石碑の裏面には「五風十雨は、五日に一度風が吹き、十日に一度雨が降るの意から、気候が順調なこと」という意味の解説が書かれていた。

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狭山湖を後にして、多摩湖(村山上・下貯水池)へ。この写真は多摩湖サイクリングロード(東京都道253号保谷狭山自然公園自転車道線)から撮影した多摩湖(上)の堰堤。

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多摩湖(下)の堰堤から公園を見たものである。

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多摩湖(下)の堰堤から西を見る。西武ドームの屋根?が見える。

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西武園遊園地を見る。赤く見えるループ・スクリューコースターはしばらく乗っていないが、確かに最高点に達すると、多摩湖や西武ドームが良く見えた。余談であるがループ・スクリューコースターの年齢制限は「60歳未満」である。

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多摩湖を後にして、狭山湖の堰堤を走り、所沢市の三ヶ島地区へ。写真のような施設を発見。もちろん道路から建物を眺めるだけである。

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そしてこちら。株式会社三ヶ島製作所である。皆様ご存知の日本を代表する自転車ペダルメーカーの本社である。HPによればショールームもあるみたいであるが、本日はご覧のとおりお休みであった。こちらも、道路から建物を眺めるだけである。

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Uターンして狭山ヶ丘駅方面に向かい、更に進んで西武新宿線を渡る。この踏切は面白い。この手の踏切は初めて通った。
この踏切を渡り、しばらく走ると、県道50号線(実は旧鎌倉街道上道である。)に出るので左折。入曽交差点を右折し、狭山市堀兼を目指す。

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狭山市堀兼の堀兼神社境内にある「堀兼の井」である。現地には案内板があり詳細が記されている。

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いよいよお腹がすいてきた。堀兼公民館前で、道を聞きながら団子@100円を食べただけなので目当ての店へ急ぐ。

川越市今福中台の新宿飯店である。こちらのブログを参考にさせていただいて訪れることにしたお店である。

ネギミソラーメン@680円と餃子@200円!を注文。確かに、この手作りされた餃子はパリット感がたまらず美味い。激安の値段もさることながら食べてみる価値の十分にある餃子だと思う。
※ 下の写真の餃子の個数は数えないでください。目が錯覚を起こしますm(_ _)m

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最後に訪れたのがここ。「つばさロケ地」の表示があちこちにあった。

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しかし、今日はちょっと欲張り過ぎであったなぁと反省(^^;

2010年1月27日 (水)

物見山周辺ポタ

今日は、東松山市の物見山周辺のポタリングに行ってきた。そもそも仕事の予定があったのだが、相手方の都合でキャンセルになってしまい、天気も良いのでポタリングに出かけてみることにした。

「物見山」というと、ロードバイク乗りの間では圧倒的に東松山市の鳩山町境の物見山が連想されるのだと思う。一方、ハイキングなどを趣味とする方には、日高市高麗の日和田山の奥、高指山の電波塔の北側にある物見山(一等三角点所在)を連想される人の方が多いのではないかと思う。

当方の小さい頃の記憶では、東松山市の物見山は岩殿山と呼ばれており、中学生の頃には「岩殿山で 鳴く鳥は 声もよし 音もよし 岩のひびきで」という麦打ち唄を習った記憶がある。

ということで、岩殿山と物見山はどう違うんだ?という疑問もありありである。

ロードバイクで出発する。越辺川にかかる石今橋北側の鳩山変電所に到着。変電所の表札?は他の変電所と同様の様式だが、変電所自体は非常に小さい。奥右側の鉄塔は線名は知らないが、1番鉄塔である。

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少し西に進むと古い堤防が見えた。この堤防については地元の史書に詳しい。

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元に戻って、石今橋北側から北進し、物見山公園の東側入口に到着。管理人さんと車が数台のみ。ニャンコ先生はいなかった。

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物見山の西側に回りこみ、岩殿山観音(⇒道路上の案内標識の表示)の県道側からの入口(山門のある方向とは逆)附近を左折し、物見山に登る。

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舗装の切れたところでロードバイクを止める。季節はずれのツツジが咲いていた。いつかの秋に御堂笠山線の脇に咲いていたのをみて以来の季節はずれのツツジである。

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物見山の最も標高が高そうなところで三角点を探すがない。北側に少し降りたところに二等三角点「石坂」標高134.90mがあった。

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展望台に上ってみる。景色が良く見えるかというと見えない。大きく育った桜の木々の間から、堂平山、笠山、雪をかぶって真っ白の浅間山、谷川連峰、赤城山、男体山、東松山市街などが見える。南方面の眺望は得られない。散歩に来ていた年配の方のお話では、埼玉県立平和資料館の展望台(下の写真中央の円筒形の建物)に上るのが良いとのことだった。

さて、岩殿山と物見山の関係である。「埼玉・大地のふしぎ(埼玉県立自然史博物館編 2004)」には、物見山の名称は坂上田村麻呂に関する伝説に由来があるとの記述があり、岩殿観音は岩窟に千手観音菩薩を安置したのがはじまりとの記述がある。ということで、それぞれに名前の由来があることが分かる。また、この本では、岩殿観音は物見山の中腹にあると表現している。
一方、山頂にあった埼玉県の案内板には、「物見山をふくめた岩殿山の一帯」と記してあり、この地は埼玉県の名勝として文化財指定がされているが、埼玉県のHPによれば、その名称は「物見山岩殿山観音の勝(ものみやまいわどのさんかんのんのしょう)」、概要は「物見山は比企丘陵の最高峰。物見山から正法寺周辺は四季を通じ、景勝の地。」となっている。指定は、1922(大正11)年3月29日である。

ということで、正法寺の山号は岩殿山であり、また附近は岩殿という地名であり、加えて岩殿丘陵という地質学上の呼び名もあるようなので、岩殿山と物見山の件は了解である。

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物見山を後にして、地球観測センター方面に向かう。岩殿丘陵の泥岩の露頭を見ながら地球観測センターに到着。初めての訪問である。1978(昭和53)年10月設立。面積は11.2ha。

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正門である。正面には大岳とその右に富士山が見える。門の左側に受付があり、見学を申し出ると、記名を求められ、番号札をつけるように指示される。受託会社の守衛さんからは正面道路の左側は立入禁止であると念を押される。

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地球観測展示室を見学。規模は大きくないが何気に面白い。模型のパラボラアンテナを両手のレバーで動かすシュミュレーターは面白かった。

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下の写真は第4受信アンテナである。直径は13m。2000(平成12)年設置。第3受信アンテナを見ていると偶々向きが変わった。予想以上の素早さで動く。シュミュレーターと同じくらいのスピードで動いている感じだった。第3受信アンテナの銘板を見ると「宇宙開発事業団 空中線装置 1995年 三菱電機製」という内容が記してあった。

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第3受信アンテナの当方の地球観測センター到着時の向き。

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突然向きを変えた後の第3受信アンテナ。

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地球観測センターを後にして、取り付け道路を南に進む。ゴルフ場の向こうに堂平山、七重峠や笠山が見える。この眺めは、結構いい感じであり、当方の知る限りでは、堂平山、七重峠、笠山の最も良い眺めの一つかもしれない。

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地球観測センター取り付け道路の入口に到着。この間は坂道で1.5キロぐらいである。

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鳩山町の農村公園南側の「赤沼古代瓦窯跡」に到着。右側の建物の中が地下式登り窯の遺構。案内板によれば、使われた時代は7世紀後半から8世紀の初頭まで。
確かに、その昔、鳩山町(村)で武蔵国分寺の瓦を焼いたと聞いたことがあったが、案内板によれば、この窯はそれより古い時代から使われていたもののようであり、この窯で焼いた瓦を武蔵国分寺に運んだとの記載はなかった。まあ、8世紀の初頭まで使われたと書いてあるのだから、武蔵国分寺の瓦は焼いていないということなのだと思う。

更にこの南側には、石田国分寺瓦窯跡があり、こちらの案内板には、ここで焼いた瓦を武蔵国分寺に運んだと記載してあった。

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附近の谷津田。というには広すぎるかな。左奥が鳩山町農村公園。

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麦の列のカーブが何とも良い風情である。麦踏のローラー跡も面白い。

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結構、楽しめたポタリングであった。のんびりまったりとウロウロするのも面白い。ちなみに本日の最大心拍数は147である。

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものである。 

2010年1月13日 (水)

雪化粧

今朝は、名栗から秩父方面にかけての山々とともに、奥武蔵グリーンライン北部の山々が、うっすらと雪化粧をしていた。

笹郷線を上りきったあたりにある越上山から傘杉峠にかけては白くない。

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カシミールで見えている山々を特定するとこんな感じ。クリックすると拡大。

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関八州見晴台(高山不動尊奥ノ院)あたりより北の山々は白く見える。写真には写っていないが、大霧山から秩父高原牧場あたりはかなり白い。特に牧場は白く見えた。

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埼玉県比企郡鳩山町内のサンクス鳩山石坂店南側の越辺川にかかる石今橋で撮影。

2010年1月 3日 (日)

高山不動尊

今日は寒かった。というよりは寒い思いをした。

昨年1年間お世話になった家内安全の御札を納めるべく、高山不動に向けて出発。自転車は路面の凍結とダートに備え、加えてSPD-SLで長い距離を歩きたくないのでMTB。御札はビニールで包んで背中のザックに入れる。

まずは越生町を目指す。越生町の市街から県道61号(越生長沢)線に入り、梅林の脇を通り、龍穏寺入口を右折。山道を登っていくと路側部分が凍結している。さすがに寒い。

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曹洞宗のお寺である龍穏寺に到着。「禁葷酒入山門」(葷酒山門に入るを禁ず)は多いが、「禁葷酒」は少ないかも知れない。

高校時代に「禁葷酒入山門」を「葷は禁ず、酒山門に入れ」と読むなどという冗談話を聞いたことを思い出した。

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山門である。

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しばらく進むと「男滝」と「不動滝」いう標柱が目に入った。男滝である。

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確かに不動様である。由緒由来は未調査である。

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林道梅本線の起点に到着。この少し手前に女滝がある。上り始める。

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起点から700m程でダートが始まり、550m程ダートが続く。

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ヒーコラ上っていくと「野末張(のすばり)見晴台」に到着。位置はここ。良い眺めである。見える山は、丸山、堂平山、谷川岳、赤城山、男体山、等。筑波山も見えるはずだが確認できず。もしかすると雲又は立木の陰に隠れているのかもしれない。

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南をみるとこんな感じ。写真では見えないが、東京スカイツリーを確認することができた。

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奥武蔵グリーンラインに出る。梅本線起点から4.8キロ、獲得標高439m、平均勾配9.0%、所要時間58分04秒である。(←途中、林道を少し外れて寄道をしたり、お会いした方と話をしている参考タイム)

奥武蔵グリーンラインを高山不動尊を目指して進む。とにかく寒い。高山不動尊入口のグリーンライン沿いの茶店で暖かいものでも食べようと進む。ポラールの気温は3度。とにかく寒い。下り基調を走って到着はしたものの、なんとお店が閉まっている。よく見るとLPガスのボンベも撤去されているので閉店ということなのだろうか? 暖かくなったら開店するのかなぁ・・・とも思うが、詳細は分からない。東京電力の送電線、安曇幹線が見事である。

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諦めて、高山不動尊を目指し、コンクリート舗装の激坂を下る。到着。昨年の御札を納め、護摩をお願いする(今年の御札は後日郵送されてくる)。お賽銭を上げて初詣。

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寒いので早々に退散。お腹がすいたので、顔振峠を目指す。上りでは中年ハイカーの皆様の盛大な声援を受け、手をあげて挨拶。しかし寒い。

平九郎茶屋に到着。ゆず味の味噌こんにゃく@300円、肉うどん@750円を食べる。七味唐辛子をいっぱい入れて、とにかく温まれれば良い・・・という感じである。人心地ついて出発。

グリーラインを走り、笹郷線を下り黒山へでる。ここの下りも寒かった。子どもの頃に黒山三滝に正月に来たときはツララだらけだったので、それに比べれば「寒かぁない」のかもしれない。

採石場の脇まで下ってくる。中東京幹線の工事である。この地点は、かなりのポイントかもしれない。

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しかし、寒かった。装備が軽装過ぎた。谷の中には雪が残ってるし、梅本線のグリーンライン近くでは路肩に雪が残っていた。今後、里が雨(又は雪)になって以降は、通常の自転車乗りは近づけなくなってしまうのだろう。

2010年1月 1日 (金)

弓立山'10

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つたないブログですが本年もよろしくお願い申し上げますm(_ _)m

今日は、弓立山に行って来た。過去3年間は正月2日か3日に上っていたのだが、本年は諸般の事情により元日に上ることになった。8合目?のゲートが閉まっていることを想定してMTBで出発。
さすがに元日、交通量が少ない。北風に向かうと、荒川峠とまではいかないにしても難渋する。弓立山の麓に到着。上り始める。

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ほとんどファイナルロー状態で上り続ける。途中、エビチャ色のロードに簡単に抜かれる。スイスイと坂を上れる人って確かにカッコいい・・・orz

案の定、ゲートが閉まっていた。

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すこし戻って、山道を押しで上る。

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一気に視界が開ける。まずは東京方面。越生の山吹大橋から東京都心までが一望できる。

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視界に入っているビルの主なものはこんな感じ。データ少なすぎ・・・。クリックすると拡大。しかし、東京スカイツリーは、もっと見た目で左の方だったのだ・・・残念。

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続いて、つくば市方面。ときがわ町立玉川中学校から筑波山の両脇の山々までもが一望できる。来た甲斐がある。

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視界に入っている山々の名前はこんな感じ。クリックすると拡大。

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ポラールによれば気温は8度なのだが、風が強くて寒い。あまりに寒いので自販機で缶コーヒーを買って飲んで早々に下ることにする。

下る途中で見た「福みかん」である。小粒で酸っぱくて種があって、でも食べたくなるミカンである。市場では流通していない?ので、シーズンに農家の庭先の無人販売で購入するか、地元の直売所などで買うかしか入手の方法はないかも知れない。

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麓のゴルフ場は、明日から営業だろうか。ベントには寒冷遮が掛けられ、コーライは寒そうな風情である。旗を見れば風の強さがお分かりいただけると思う。

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ということで、北風に時折り背中を押されつつ帰宅すると、なぜかチャイコフスキーの「序曲<1812年>」が流れている。「のだめ」の影響力恐るべしっである。

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