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2009年12月27日 (日)

お別れポタ

今日はお別れポタにロードバイクで行って来た。

お別れといっても、誰かが転勤してお別れとか、2009年にお別れとかではなく、相手は東京電力の送電線「安曇幹線」である。

安曇幹線は、長野県の安曇地方で水力により発電された電力を八ヶ岳北麓や十石峠を越え新秩父開閉所を経由して首都圏まで運ぶ送電線である。送電線の起点は定かではないが、現時点での終点は埼玉県鶴ヶ島市に所在する「新所沢変電所」である。

安曇幹線は昭和44年生まれの40歳で、ここしばらくは新秩父開閉所と新所沢変電所の間は使われていなかったようであるが、この度、新所沢変電所と鎌北湖西側附近までの区間で鉄塔の建替え工事が行われ、西上武幹線として生まれ変わることになった。そのため、その区間の架線の取り外しや鉄塔の取り壊しが始まったのである。

ということで、鉄塔番号確認のための双眼鏡持参のお別れポタとなった次第である。

まずは鶴ヶ島市大字上新田地内に所在する東京電力の新所沢変電所である。さすがにガードが厳しい施設である。中を見ると非常に大きな碍子の類(たぐい)がたくさんあって、周囲には高いフェンス、赤外線センサー、監視カメラ等々がすごい。確かに我々の生活を支える基幹施設であるのだから、それなりの侵入防止体制が必要なのだろう。

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下の写真は変電所内にある最終鉄塔の391号である。すでに架線が外されている。この鉄塔の形には烏帽子型、万歳型、猫耳型等いろいろの呼び方があるようであるが、いずれにしても特異な形である。

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以降、若い番号に向かって走ることになる。

下の写真には389号外3基の安曇幹線の鉄塔が写っている。手前の389号の足下(あしもと)には奥多摩の大岳が見える。その昔、この山を「腰掛山(こしかけやま)」と呼んでいる方がいた。確かに北を向いて座れそうな山の形である。写真にはないが左側に雪をいただいた富士山が小さくうっすらと見えている。林立している鉄塔を消し去れば、50年近く前の非常に懐かしい景色になるのだろうと思う。

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少し西に進んで安曇幹線の連なりを見る。右側には遠く大持山、越上山などが見える。

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さらに西に進む。下の写真は383号。東側の架線のみ撤去されているので、倒壊防止のためか東側にワイヤーで引っ張られている。遠くの建物は箱根駅伝にも出場する城西大学。その後、安曇幹線は382号と381号の間で高麗川を渡る。 

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下の写真は、埼玉医科大学国際医療センターから西を写したもの。安曇幹線は379号と378号の間で八高線を跨いでいる。この写真では376号より若い番号の8基の鉄塔が見える。

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鎌北湖方面に進む。下の写真では安曇幹線370号から367号までの4基の鉄塔が見える。西上武幹線の鉄塔としては230号から227号になるものと思われる。

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鎌北湖に上る。堰堤北端の現役の丸い郵便ポストである。これは珍しいと思う。

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鎌北湖を過ぎて林道権現堂線に入らず、道なりに右に進む。やがて林道鎌北線の分岐。短い行き止まり林道だと思う。

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少し上って林道阿諏訪線起点。茅葺屋根の干し柿が良い風情である。ここを左折する。しばらくするとダートでストップ、Uターンである。

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下の写真は安曇幹線365号である。この辺りが西上武幹線の新設区間の南端なのだろうと思う。ということで、安曇幹線のお別れポタを終了。

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しかし、送電線の情報を集めるのは難しい。鉄塔番号は現地で確認して、山間部に入ると精度が落ちるがグーグル等の航空写真で鉄塔を確認するのが早い。しかし、鉄塔や架線の詳細となると、ある程度の専門的知識がないと理解できない部分が多い。
送電線を建設するには、鉄塔用地の買収、工事用進入路やストックヤードの確保、線下補償、地役権設定登記、その他自然保護、電波障害対策等々、対応すべき課題はいくらでもあって、大変な仕事だなあと改めて思った次第である。

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