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2009年9月27日 (日)

中津川森林鉄道

2009(平成21)年9月26日にパスハンターで走った中津川林道について、一部の区間の林道開設のベースとなっているトロッコ鉄道に関する内容をまとめたものが本記事である。自転車での走行編として中津川林道実走があるので、事前に、そちらをお読みいただければ幸いである。

ところで、当方は、トロッコ鉄道(この表現が妥当かどうかについても疑問があるが・・・)を含めての鉄道全般に関して、以前から強い関心を持ったことは全くない。つまり、ド素人である。まっ、子どもの頃に近所でトロッコを見た記憶はあるが・・・、そして中学校の国語の教科書に軽便鉄道敷設の文章が載っていた記憶はあるが・・・程度の認識しかないので、噴飯ものの内容を記してしまいそうであるが、お許しいただきたい。

ことのおこりは、「中津川林道」をWeb検索したことによる。読んでいて面白かったのは、廃探倶楽部である。結局、Web上で「武州中津川森林鉄道」という言葉に出会ってしまったことから、中津川林道をパスハンターで走りたいという意識とあいまって、探訪派の出動となったものである。

この話題を展開するには、西裕之著「全国森林鉄道」(JTBキャンブックス)を読む必要があるのだろうが、読んだことはないし、近くの図書館にもないし、通販で買おうとすると1~2か月が必要・・・と表示されるので諦めた。廃探倶楽部の記述により「武州中津川森林鉄道」との呼称は承知したが、とりあえずは、このブログではトロッコ鉄道と呼ばせていただくことにする。その理由は、自転車をこぎながら見た車輪やレールが、当方の子どもの頃の記憶に照らし合わせると、まさしくトロッコそのものだからである。

場所は特定しないが、道中でみたトロッコの車輪である。廃棄物っぽい扱われ方であるが、行政が収集保管に乗り出すかどうかは別として、どうみても文化財である。幅は762ミリっぽい。計ったわけではない。念のため。

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中津川の埼玉県森林科学館の辺りが土場(どば=木材の集積場所)であったという。確かにそうかもしれないと思える。

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しばらく進むと、いかにも建物と樹木の間をトロッコが走っていそうな景色がある。あくまでも「走っていそうな」である。

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またまたしばらく進むと、錆びたレールがあった。

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レールとしてではなく、道路標識の支柱として第二の人生を送っているレールもある。

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トロッコ鉄道の存在を、間接的に文字で確認できる鎌倉橋である。親柱を見ると、この橋は昭和35年3月竣工となっている。

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下にもぐるとこうなっている。鉄道の短い橋梁で、一般にも馴染み深いプレートガーダーである。

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廃探倶楽部の記述によれば、このプレートガーダーはもともと一体のものではなく、内側と外側(両脇?)で一体となっており、その内側のものにトロッコ鉄道時代に作られたことを示す銘板がついているとのことである。

下の写真は、外側のプレートガーダーの銘板である。「1960年2月 森林開發公團建造 製作 横(?)田機械工業株式會社 材質 SS40」と読める。橋の親柱の昭和35年3月竣工と符合する記載である。

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下の写真は内側のプレートガーダーの銘板である。「東京營林局 活荷重 FRS-5 株式會社横河橋梁製作所製作 昭和32年」と読める。ということで、下の銘板がトロッコ鉄道時代のものであり、上の銘板が林道建設時のものという推論である。現在の株式会社横河ブリッジ製作の橋梁は近所にもあるので、なんか歴史の流れを感じてしまう。

余談であるが、この写真を撮影するのは苦労した。自転車用でもヘルメットをかぶっていたのは正解であったが、かすり傷を作りながらの撮影であった。

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下の橋は、起点から8.4キロ地点にある信濃沢橋である。

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信濃沢橋を渡り、信濃沢の上流右岸を見たところである。支線の痕跡がこの先にあるとのことであるが、当方は確認していない。

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下の写真は、基点から9.8キロ地点にある中野沢橋の下の様子である。使われていない橋脚が見える。このパターン(橋の下又は脇の低い位置に古い橋脚や台座がある)は、すべてを検証した訳ではないが、下流部から一貫している流れである。このことから、少なくとも、この地点まではトロッコ鉄道があったと考えられる。

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廃探倶楽部では、トロッコ鉄道の終点を、中津川から9.8キロの検分(ケンブン)河原としているが、廃探倶楽部に掲載されている地図と他の地図を整合させると、起点から11.1キロの地点で「中津・西沢の大カツラ入口」の標柱がある場所のように思える。この場所からは作業道のような道も伸びているが、この場所が終点なのかどうかは、当方には分からない。

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下の写真は12キロ地点手前の広場である。土場だったのかとも思うが、トロッコ鉄道が直接にたどり着くにはかなりの勾配もあるし・・・で、見た目以外に根拠はない。

しかし、埼玉県森林科学館からの距離は9.8キロ程度であり、この場所が検分河原、すなわちトロッコ鉄道の終点の可能性も大いにあるのだろうと思う。

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これ以降は、トロッコ鉄道の経路に関わる話ではなく、レールその他のお話である。

下の写真は、文字通りのガード『レール』として利用されているトロッコ鉄道のレールである。松の木が歴史を感じさせる。

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そして、三国峠近くのゲートである。これもトロッコ鉄道のレールが使われている。

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そして最後に、横断側溝である。この材木は枕木ではないと思うが、犬釘がトロッコ鉄道のものかも知れない・・・とか思うが、損傷の度合い、すなわち交換頻度を考えると、可能性は低い気がする。

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以上、探訪を楽しませていただいた。今回は、トロッコの車輪を発見できたのが良かった思う。見つけたときは鳥肌が立った。

※ この記事の写真は通常の半分のファイルサイズになっています。

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