« 一里塚でにぎりめし(後半) | トップページ | 多摩川源流 »

2008年11月 9日 (日)

利根川の渡し船

今日は寒い日であった。気温は日中を通して10度か11度という感じで、寒さに慣れていないこともあって、とにかく寒かった。

多摩川右岸の峠探訪シリーズは終了したと思っていたのだが、小菅村と丹波山村の間の山梨県道18号線の今川峠、そして塩山一之瀬にある犬切峠も「多摩川右岸だよ~ん!」というご指摘をいただいたので、そちらに行こうかとも思ったのだが、天気予報を見ると寒そうで、そして南に行くほど天気が悪そうなので、北(平地限定)に向かうこととした。

本日は自走である。まずは埼玉県比企郡鳩山町と嵐山町の間にある笛吹峠を目指す。峠といっても、私の脚でさえ前39Tで登れる丘陵地の峠である。峠にあった埼玉県の史蹟に関する案内板によれば、笛吹峠は慈光寺観音と岩殿観音とを結ぶ巡礼街道と旧鎌倉街道(上道)の交点にあり、正平7(1352)年の新田・足利両軍の戦の終末の地とのことである。

2008110901

笛吹峠を後にして嵐山町方面に下り、都幾川を渡る。都幾川南側の耕地は、遠くに見える堤防の桜並木も葉を落とし、冬の装いになっている。

2008110902

嵐山町の市街を抜けて北進する。丘陵地の細い道を選んで走っていると、焚き火の煙が目にしみたり、見事に色づいた庭先の柿に目がいったりと、走っていて楽しい。

ちょっと寄り道をして、22%の激坂にチャレンジしてみることにした。座ったままで登れたが、心拍は178拍で、非常にきつかった。

2008110903

なおも北進する。旧江南町(現熊谷市)の丘陵である。

2008110904

下の写真も同じく旧江南町(現熊谷市)の森である。

2008110905

熊谷市街の西端を抜け、熊谷運動公園の脇に出た。せっかくなので公園の内外を散輪。

散輪を終え、再び北進。旧妻沼町(現熊谷市)に入る。車の通りが激しい国道や県道は、可能な限り避けて走っているのではあるが、見事な裏道である。直線が2キロ以上続く。

2008110906

ついに利根川に到着。

2008110907

土手に登ってみると、妻沼ゴルフ場、刀水橋(とうすいばし)、赤城山が見える。刀水橋の名前は妻沼ゴルフ場の関係者から聞いたのが最初であるが、「刀水」が利根川の別名であるとは、今日まで知らなかった。

2008110908

刀水橋(正確には刀水橋側道橋)を渡り、群馬県側に入る。右折して、若干の紆余曲折を経ながら左岸堤防上を走る。寒い。海から162.5キロ地点の辺りは、路面が犬の糞だらけ・・・。さすがに勘弁して欲しい。

さて、本日の目的である渡し船が見えてきた。遠景は福川の水門である。

2008110909

ふと気配を感じて上をみるとグライダーが飛んでいた。対岸の妻沼グライダー滑空場を飛び立ったものである。写真を撮ろうとすると意外と速いので中心に収まらない。

2008110910

いよいよ渡し船に乗るときがやってきた。ラッキーなことに、私の場合、待ち時間はほとんどないようなタイミングであった。

この渡し船は、道路法上の「渡船施設」に該当するものらしい。したがって、渡し船ではあるが『道路』である。路線名は群馬(埼玉)県道83号(熊谷館林)線である。渡し船は道路管理者である群馬県の委託を受けて地元の邑楽郡千代田町が運行している(同町HPによる)。なお、同町のHPでは観光・イベントの項目に「赤岩渡船」として紹介されている。また、料金については法律上は有料にすることもできるようであるが、この渡し船については無料である。

2008110911

船頭(長?)さんは自転車もいろいろ見ているらしく、待ち時間に、ひとことふたこと自転車の話などをする。

出航である。定員25人。乗客は当方と家族連れ4人の計5人。航路は、利根川を垂直に横切るのでなく、船着場の位置によるのか、若干ではあるが上流方向斜めに進んでいく感じである。所要時間5分。恐らく生まれて初めてだと思う。河川を渡る渡し船に乗ったのは・・・。下の写真は航行中に下流方向を撮影したもの。

2008110912

上陸?して、利根川自転車道を走る。目的地は利根大堰(武蔵大橋)である。走りやすい道を順調に進んで、行田サイクリングセンターに到着。小休憩。

2008110913

さすがにお腹が空いて来た。行田といえば「フライ」なのだが、何かお腹にたまるものを食べたい雰囲気で、利根大堰から西に1.5キロぐらい走った「かつ一」で昼食。生姜焼き定食@790円を食べる。まあ、期待どおりというか御飯も大盛だし、お腹いっぱいになった。

その後は、忍城を目指して走るが、結構、思っていたより距離があるイメージであった。

2008110914

以降は、建物の建ち方を参考に方角を決め、「すべての道は我が家に通ず」の迷言にしたがって進む。吹上にでて大芦橋を渡り、荒サイを南下して帰宅。

冒頭にも書いたが、今日は寒かったの一言である。まあ、慣れてくれば暖かいと思える程度の日なのかもしれないが・・・。風邪を引かないように気をつけようと思う。

« 一里塚でにぎりめし(後半) | トップページ | 多摩川源流 »

コメント

"忍城"いいですね。僕も『のぼうの城』っていう小説読んでから少し気になっていたので、一度行ってみます。

忍城というと、鉢形城や河越城(or河越夜戦)とともに北条氏と関東管領上杉氏みたいな印象が強いです。昨年の大河ドラマでも上杉謙信(ガクト)と成田長泰の「下馬せよ!」の一件は印象的な場面でした。
でも行田といえば、他にも古墳群とか石田三成の築いた堤とかあって、歴史探訪には良いところですが、こうなるとSPD-SLが足を引っ張ってしまいそうです・・・orz

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/216594/43060375

この記事へのトラックバック一覧です: 利根川の渡し船:

« 一里塚でにぎりめし(後半) | トップページ | 多摩川源流 »