008 四方山探訪'13

2013年12月23日 (月)

二重橋

今日は以前から行ってみたいと思っていた天皇誕生日の一般参賀に行ってきました。参賀という言葉を辞書で引いてみると「参内して祝賀の意を表すること」とのことで、もちろん皇居の正門をくぐるなどは生まれて初めてのことです。

ということで電車に乗って出発。東京駅に到着です。

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ここから皇居を目指して歩きます。人の列に従って進めば大丈夫という感じです。和田倉門の交差点を過ぎて皇居外苑へ。警備関係者(車)も多く、まずは手荷物検査がありますがバッグ等を持っていないので、迂回してボディーチェック及び所持品検査。さすがに徹底しています。

列に従って進むと二重橋(正門鉄橋)が見えてきました。その昔、縦に二重の橋が架かっていたので二重橋と呼ばれるようになったとは知りませんでした。

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続いて正門をくぐり大きく右にカーブ。伏見櫓が見えてきました。とにかく人の列はすごいです。午後の記帳の方を合わせて28,945人とか・・・。

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二重橋から正門をくぐる前に渡った正門石橋を見ます。立ち止まることは不可能なので歩きながらの撮影。

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宮殿東庭に到着です。まずは宮殿の大きさにビックリ。写真はお出ましになられる前の長和殿ベランダの中央付近です。

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一般参賀終了後、宮内庁前を通過。

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続いて富士見櫓南側を通り東御苑へ。百人番所前を左折し江戸城本丸跡へ向かいます。遠くに見える白っぽい石積が江戸城天守台です。

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天守台北東角の石垣に刻まれた几号水準点です。

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北桔橋門(きたはねばしもん)から外に出て北の丸公園側に進みます。国立近代美術館工芸館(旧近衛師団司令部庁舎)です。

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更に皇居の周囲を反時計回りに歩きます。半蔵門を通過して、続いて憲政記念館です。内部をひと通り見学しました。

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憲政記念館南側の国会前庭洋式庭園の中にある日本水準原点標庫です。

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国会議事堂です。

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最後に赤坂見附方面へ歩いてこちらで食事。美味しかったです。

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ここから帰路に着き、一日がかりの行程を終了しました。さすがに人ひとヒトの中は疲れました。

2013年7月28日 (日)

甲府城跡の謝恩碑

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今日は、山梨県甲府市の甲府城跡にある謝恩碑を見てきました。

謝恩碑はオベリスクのような大きな碑で、1911(明治44)年に山梨県内の御料林が県に下賜され県有林となったことを記念して、1920(大正9)年に建てられたものです。

以前、西沢渓谷を訪れ森林(トロッコ)鉄道について調べたとき、山梨県内には国有林がほとんどなく、西沢渓谷の森林鉄道も県有林内の木材を運び出すためのものであったことを知りました。

また、犬切峠から藤尾山と石保戸山に登り御料局三角点を確認したときには、山梨県内の入会地が御料林となったいきさつや、御料林が県に下賜されて県有林となったいきさつなども知ることができ、その頃から甲府城跡の謝恩碑をぜひとも見てみたいものだと思い始めたのでした。

山梨県の現在の県有林の状況については県のあらまし2013年版が参考になります。

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謝恩碑に近づいてみると東側に元帥公爵山縣有朋の碑額があり、裏側には県知事撰文の碑文があります。碑については碑文の内容を含め2013(平成25)年1月10日から公開されている復元された鉄門(くろがねもん)の脇に案内板が設置されており、その要旨(碑文の内容を除く)は以下のとおりです。

  1. 碑の建設は1917(大正6)年12月から1920(同9)年12月まで3か年、当時の金額で99,528円を費やして行われ、碑の材質は東山梨郡神金村(現甲州市)産の花崗岩。
  2. 碑の高さは約18.2mで、碑はオベリスクを、台はパイロンと呼ばれるこれも古代エジプトの神殿の入口に設けられた搭状の門を形どっている。
  3. 総高は約30.3m、碑本体は下部約2.1m、上部約1.8mと一辺の長さが上部ほど細くなるように10個の碑石を積み(約15.8m)、その上に高さ約2.4mのピラミッド型の方維体をのせている。
  4. 碑台は一辺約9.4m、高さ約7.4mで、台座は一辺約16.1m、高さ約1.1mの本台座とその下部に副台座がある。
  5. 敷地は東西約24.5m、南北約33.6mで、面積は約823平米。

なぜこの場所に建てられたかについては、たまたま近くにいた博識の方のお話では「謝恩碑なので見下ろすような低い位置には設置しずらかったのでは・・・」ということで何となく納得です。

続いて甲府駅前の「武田信玄公之像」を見に行きました。裏面の銘板の記載によれば、この像は1969(昭和44)年4月12日に除幕式を行ったもので、像の高さは3.7m、重さは5トン、材質はブロンズ、台座の高さは3.1mで、材質は塩山市(現甲州市)神金産の御影石とのことで、さきほどの謝恩碑と同じです。

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続いて武田神社(躑躅ヶ崎館跡)に行って見ました。周囲の堀の水は用水としても利用されているようですが、ハクチョウ、アオサギ、コイ、そしてアカミミガメ・・・等がいました。

こちらの神社正面の入口(南側)の前にある土産店で売っていた信玄アイス(バニラ味のアイスにきな粉と黒蜜がかかっている)@300円が美味しかったです。まっ、言ってみれば信玄餅の餅がアイスになっただけなんですが・・・美味しかったです。

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下の写真は東側の入口です。この入口のさらに東側には文化財としての躑躅ヶ崎館跡の案内板があり、厩の跡なども確認できます。またハスの花が咲いている池もありました。

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その後甲府市内で昼食をとり、八ヶ岳南麓まで足を延ばしてきました。八ヶ岳はガスっていたものの、反対方向には牧草地のかなたに金峰山が見えました。

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これで帰路につきました。帰りは野辺山から国道141号線や長野県道2号(川上佐久)線を使って国道254号線へ。下仁田から上信越道にのったのですが、関越道が35キロ渋滞とのことで藤岡PAで休憩。結局関越道を途中であきらめ一般道に降り牛丼を食べていると・・・同業他社の方にバッタリ。やっぱり世の中はせまいです。

2013年7月15日 (月)

金野井分水工

今日は、埼玉県吉川市の金野井分水工に行ってきました。

この分水工は、金野井用水路(金野井揚水機場で江戸川から取水された用水)を新用水路、中用水路、元用水路の3つの用水路に分配するものです。

まずは金野井用水路です。手前が上流側で写真中央に見えるスクリーンの辺りが分水工への取水地点です。左側の用水路に平行する道路は埼玉県道19号(越谷野田)線で、その下をくぐって県道左側の分水工に導水されています。

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金野井分水工です。近くにあった案内板によれば、この分水工は1992~2003(平成4~15)年度に行われた利根中央農業水利事業により改築されたものです。案内板によれば、用水が下の写真の内側の円筒を越流していなくても正確に分水されているようです。

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分水先のひとつ、中用水路です。

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これで帰路につくのですが、レイクタウンからも見える以前から気になっていた展望台を確認してきました。少々ビックリです。基本的には月曜日から金曜日に昇れるようです。

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2013年6月30日 (日)

浄法寺円筒分水

今日は群馬県藤岡市(旧多野郡鬼石町)の浄法寺円筒分水に行ってきました。 通常の円筒分水とは異なって円筒の中心から用水がサイホンで吹き上がるのではなく鋳鉄管で上から注水する方式のようです。附近には案内板等は一切なく詳細は不明ですが、特に水源が謎です。

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遠くから見ると、どうにも円筒分水とは見えずらく・・・もなく、近寄ってみると仕切りのコンクリート板があるようにも見えるのですが、一方では構造材のようにも見えなくもなく・・・・実際には円筒の周囲に均等に配置されていないので・・・おそらくは仕切りのコンクリート板なのだと思います。また、天端を補修した直後のようなので、適切に管理されていてのこの姿なのだろうと思います。

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用水の配水はバルブで管理されているようです。流入もサイホンではなく、流出も通常の堰ではなく・・・かなり新しいものなのかも知れません。

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昼食は、埼玉県児玉郡神川町上阿久原の「パニーノガーデン」に行きました。

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建物の東側にはラベンダー畑があります。いい香りがします。ハチがいっぱいいました。

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食事の方は混雑していてしばらく待つようでした。またスタッフの超忙しそうな姿が印象に残りましたが、ゆったりとした気持ちで出かけるのが良いように思います。ピザ美味しかったです。

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帰路にお花や植木を販売している所によってお花を見て帰宅しました。それにしても、良くあることですが知人にバッタリ。世の中はせまいです。

オマケ
チェリーセージ ホットリップスです。

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2013年6月22日 (土)

赤城山

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今日は百名山の一つである赤城山に登ってきました。上の写真は赤城山の大沼(おの)の沼尻(赤城大沼(おおぬま)用水取水口附近)から見た赤城山で標高が最も高い黒檜(くろび)山(左)と駒ヶ岳(右)です。

数日前から台風4号の進路などが気になっていましたが、朝の3時には雨もあがって星空が広がっていて、二度寝してから車に乗って出発。関越道を走ります。最初の目的地は赤城大沼用水の第二円筒分水工です。群馬県道4号(前橋赤城)線の道端にあります。県道4号線はヒルクライムレースの試走なのでしょうかロードバイクの多さには自転車乗りの一人としても驚きます。

第二円筒分水工脇には1999(平成11)年3月に建てられた「隨道改修記念碑」があり、赤城大沼用水の建設(1956(昭和31)年に大沼の水を隧道により導水し白川に合流させた後取水して利用する施設が完成)や改修工事の概略を知ることができます。

この記念碑には「1987(昭和62)年に改修工事に着工し『取水口以南2,226メートルに及ぶ馬蹄型コンクリート暗渠並びに隨道の内部に鋼鉄製直経1.2メートルの円筒水路に改修、半永久的水路として主要付帯施設の改修を完了し』(ママ・原文縦書)」などと刻まれています。また案内板には赤城大沼用水のあらましが記されています。

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地下から吹き上げる用水です。

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続いて700mほど上流にある第一円筒分水工です。こちらの案内板には船津伝次平から始まる赤城大沼用水の歴史が紹介されています。

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その後、大沼からの隧道出口(位置はこちら。ストリートビューでも見られます。)などを見ながら・・・

2013(平成25)年10月19日追記 ----------

隧道出口の写真です。

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上部の銘板には「赤城大沼用水 平成九年三月」と下部の銘板には「天人讃其功 須田惇一書」と記してあり、その下に群馬県章があります。

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追記終了 ----------

このあたりまで来ると押しとなっているローディーも結構いました・・・大沼に到着。おのこ駐車場に車をデポして歩き始めます。涼しさを通り越して半袖では寒いくらいの気温です。

まずは赤城神社にお参りです。朱色の橋を渡ります。橋の上からは猫岩の上あたりからガスがかかって黒檜山の山頂は見えませんでした。

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黒檜山登山口から登り始めます。いきなりのクマザサの中の急登です。

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猫岩手前から見た大沼、その後ろが地蔵岳、そして左端が長七郎山北側のピークです。

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猫岩です。猫岩といってもここに猫の形をした岩はなく、正確にはこの道標のある位置の下に猫岩といわれる岩壁があるという意味のようです。

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岩ゴロゴロの登りが続きます。ブログ情報ではこちらを下りの経路に選ばない方が良い(特に雨のあとは)というのがありましたが、確かにそんな感じです。

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赤城山主峰黒檜山に到着です。頂上には30人くらいの人がいてかなりの混雑でした。

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黒檜山頂上には、三等三角点「黒桧山」標高1,827.57mがあります。ちなみに一等三角点「赤城山」標高1,673.88mは地蔵岳にあります。

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頂上の混雑を避け、更に北に進みます。片品川にかかる関越道の片品川橋の向こうに沼田市街が見えます。この景色を見ながらコンビニおむすびと漬物の昼食にしました。

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もとに戻って山頂を通過し、駒ヶ岳を目指します。御黒檜大神から見た小沼(この)です。

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レンゲツツジと上州の山々です。

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駒ヶ岳からの下りは木製の階段が多いのですが、何か所かある鉄製の階段には驚きました。段数は数えませんでしたが、結構な長さがあります。

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駒ヶ岳登山口からおのこ駐車場に戻って登山を終了しました。それにしても登山者の多い山・・・というのが印象ですが、雲は多かったものの景色も見ることができ、暑くもなく良い山行でした。

その後、車で鳥居峠に上ってみました。鳥居峠から見た覚満淵(かくまんぶち)です。

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こちらは同じく鳥居峠から見た夏の雲です。

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最後に小沼を眺めてから麓に下りて道の駅ふじみ富士見温泉ふれあい館で入浴@500円。泉質はナトリウム・カルシウム塩化物温泉とのことですが、ピリピリ感を感じるくらい”濃い”感じがしました。道の駅では農産物のお土産を購入。帰路につきました。

タイム
おのこ駐車場 ⇒ 25分 ⇒ 黒檜山登山口 ⇒ 1時間20分(適宜休憩) ⇒ 黒檜山(31分昼食休憩) ⇒ 46分 ⇒ 駒ヶ岳 ⇒ 40分 ⇒ おのこ駐車場

2013(平成25)年10月19日追記 ----------

この6月にはあった群馬県馬事公苑交差点脇の初代ぐんまちゃんの大きな看板が撤去され2代目ぐんまちゃんに替わっていました。初代ぐんまちゃんも絶滅危惧種になってしまったようなので本日撮影の群馬県馬事公苑の看板の写真を掲載しておきます。

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追記終了 ----------

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものです。

2013年6月15日 (土)

長野堰円筒分水堰

今日は、群馬県高崎市の長野堰円筒分水堰を見に行ってきました。

現地の2004(平成16)年3月に長野堰土地改良区が設置した案内板には、「長野堰は、群馬郡榛名町(※現在は高崎市と合併)大字本郷地内の利根川水系烏川より取水する頭首工を起点として、受益面積約1,000ha、取水量最大6.797㎥/S、幹線水路は、頭首工より円筒分水堰まで約8km、かんがい用水として利用される他市街地全域の防火用水、環境美化用水に寄与しています。」と記されています。

長野堰頭首工と円筒分水堰間のサイクリングも考えたのですが、時間もないので車で円筒分水堰のみを見に行くことにしました。

円筒分水堰付近から上流を見た長野堰幹線水路です。

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発泡スチロールの”救命いかだ”に乗った雛鳥です。発泡スチロールはひもで水路の柵に結んであります。

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長野堰円筒分水堰です。

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案内板には、「この円筒分水堰は、1962年に県営幹線水路改修事業の一環として設置された配水施設で、自然落差を利用して、地獄堰、上中居堰、矢中堰、倉賀野堰の4堰に正確に受益配分されるよう設計された、全国でも珍しい分水施設です。かつて水利の乏しい地区では、干ばつのたびに激しい、水争いが起きましたが、円筒分水堰が設置されてからは、争いは落着しました。地獄堰の名は、激しい水争いの名残でしょうか。」と記されています。なお、詳しいことは分かりませんが川からの取水を前提としている地域なので「堰」という言葉は「用水(路)」を示しているのだろうと思います。

下の写真で、最も左側の道路の下に流れて行く水路が地獄堰、その右側が上中居堰、正面が矢中堰、最も右側の草地の向こう側が倉賀野堰になります。面白いのは各堰を分ける仕切りが4か所あるべきなのに2つしかないことです。また上中居堰と矢中堰の仕切りはコンクリートではなく木材です。仕切りがなくても水があふれ出てくる円筒の外側水路部分の傾斜により正確な配水は可能なのかもしれませんが、今まで見た円筒分水堰とは仕組みが異なるようです。

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円筒分水堰の上流左岸側に「極楽用水改良記念碑」がありました。「恐しや地獄の関と思ひしが 悟ればこゝぞ極楽の堰」と刻んであります。かなりユニークな記念碑だと思います。裏面の内容から、篆額碑文の揮毫者は分かるのですが、撰文は技術官の方のようで・・・これは裏面のみかと思われ、表面の「歌」の作者は分かりませんでした。

碑が建立されたのがいつかは分かりませんが、記念碑の趣旨は1934(昭和9)年から1950(昭和25)年までの円筒分水堰設置以前の下流水路の改修(良)記念のように思えます。しかしながら、その一方で円筒分水堰ができたことによって正確な受益配分ができるようになったことを喜んでいるようにも・・・思えなくもありません。

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おみやげに、書店によって”ぐんまちゃんとお散歩 群馬のいいとこ、めっけた”という本を買って帰路に着きましたが、帰りの高速は予報どおりの豪雨でした。これで今年の空梅雨も一段落という感じでしょうか。

2013年5月26日 (日)

オープンガーデン

今日は、寄居町大字西ノ入地内のお宅のオープンガーデンを訪ねて見ました。今までオープンガーデンを訪れたことは一度もないのですが、tomochanさんのブログ「荒川上流Giro Giro日記」のこちらの記事を読んで行ってみようと思い立ちました。

バラの多さと綺麗さに圧倒されてしまいました。とても個人のお宅のお庭とは・・・という感じです。バラにはそれぞれ名札がついていました。

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こちらはベルサイユのバラ。

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こちらはノックアウト。

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こちらは・・・?

そしてキャサリンとノラにも会えて良かったです。

※ 大変にきれいな多くの種類のバラを見させていただき、ありがとうございました。ブログへの掲載のお許しをいただきましたので、紹介させていただきました m(_ _)m

帰り道、たくさんのきれいなお花を販売しているお店に寄ったのですが・・・ギョエッsign02

※ 2013(平成25)年6月1日追記
きっと法的に販売可能な園芸品種なのだろうと思います・・・----------追記終了

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2013年5月25日 (土)

八倉峠の”開通”

今日は、長いこと八倉峠で通行止になっていた御荷鉾スーパー林道が”開通”した(八倉峠の大崩落部分の迂回路の通行止が解除された)とのブログ情報を得ましたので、当方の御荷鉾スーパー林道の自転車未走破区間(八倉峠~杖植峠附近)を走ってきました。

愛車にMTBを積み込んで上信越道下仁田ICから群馬県道45号(下仁田上野)線を走ってデポ地に向かいます。

途中アナグマを見ました。トコトコとアスカーブの脇を餌をあさるべくゴミを鼻でつつきながら歩いて来たのですが・・・何をしようとしているのかはマウスをのせると分かります。

さて本題です。MTBで八倉峠から東に向かって出発です。確かに、かつて迂回路の入口にあった通行止や進入禁止などの表示がなくなっています。近くにあった工事現場の大きめの事務所も撤収されていました。

出発時はガスが上がってきていて大崩落の現場である北側(下仁田町側)の視界はありませんでした。国土地理院の地形図で確認すると迂回路部分は神流町の区域内のように思えます。

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迂回路の従来の御荷鉾スーパー林道との合流地点のカーブです。マウスをのせると帰路に反対側から撮った写真になります。

下仁田町側の林道七久保橋倉線(延長10,404m)の終点との丁字路です。右手前に写っているのは下仁田町が設置した通行止のガードですが、道路の半分程度の部分まで動かされています。ここを右に進むとダートになります。

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しばらくは上りが続きます。人力で動かすのが大変な大きな落石は路肩に移動したようでした。

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盛土で林道が築かれている部分です。

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前回、徒歩で訪れたとき(2009(平成21)年10月24日)にはグチャグチャの水たまりになっていたところです。砕石等を入れて均してありました。

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前回、徒歩で訪れたときは倒木があった辺りです。きれいに片づけられています。

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杖植峠への分岐でしょうか? Web検索を繰り返しても、どうにも杖植峠の正確な位置が判然としません。

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御荷鉾スーパー林道の最高地点(藤岡市と下仁田町の境界)で折り返しです。かつてここには「最高地点1,430m」の表示がありましたが現在は見当たりません。国土地理院の”標高がわかるWeb地図”で調べると標高1,478mぐらいはありそうです。みかぼ森林公園内にも1,470m台の部分がありますが・・・もちろん正確なところは分かりませんが・・・こちらの方が図上計測では数m程度は高そうです。

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新緑の中を戻ります。相変わらず北側は雲海状態ですが、西の彼方には樹林の間から蓼科山などが見えました。

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コーンが置いてある復旧箇所です。前回徒歩で訪れたときは水で洗われて崩れていた箇所のように思います。

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神流町の区域へ戻ってきました。(正確にはもう一度下仁田町の区域に入ってから神流町の区域(八倉峠の迂回路)に戻ります。) この辺りから八倉峠に向かって下りになります。白い標柱は国有林の占用標で、日向山国有林の一部を1984(昭和59)年から旧中里村が村道敷として借り始めたことを表示しているものです。

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八倉峠に戻ってきました。手前に写っている”土塁”が半分ほど均されているのですが・・・非常に微妙な均し方のような気がしました。車高の低い一般の車にとっては本日のルート中では最難関かもしれません・・・。

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今回の迂回路新設で工事移転した峠の祠や石仏は、今日も霧の中に静かにたたずんでいました。

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MTBで走ってみて、八倉峠の”開通”に合わせて、八倉峠~杖植峠附近の部分にも補修の手が入っていることが確認できました。いずれにせよ中津川林道などと同様に奥山のダート林道であることに変わりはありません。

路面の全体状況は廃道化が進んでいる印象を受けた前回と大きく異なり、みかぼ森林公園側の通行止規制が解除されてから下仁田町側の林道七久保橋倉線丁字路までの間は、それなりの通行量があったのだろうと思います。その後、今回の八倉峠の”開通”に合わせて最終的に補修の手を入れたという感じなんだろうと思いました。

これで、3年半がかりで御荷鉾スーパー林道全線67.1kmを自転車で走破したことになります。当方の過去の走破記録については、カテゴリー「240御荷鉾スーパー林道」を御覧ください。

記録
八倉峠⇒御荷鉾スーパー林道最高地点 距離4.46km 高度上昇値224m 所要時間43分56秒 最高心拍数159 平均ケイデンス47

2013年5月18日 (土)

藤尾山・石保戸山

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今日は、前日になって予報による天気の崩れが翌日以降にずれたので、もしかすると眺望も期待できそうな土曜日ということで、御料局三角点の探訪に行ってきました。調べてみると御料局三角点は甲州市の一之瀬の附近では、奥秩父主脈の唐松尾山の西方の尾根上、犬切峠から藤尾山に続く尾根上、そして同じく犬切峠から石保戸山に続く尾根上にあることが分かりましたので、犬切峠からピストンで藤尾山と石保戸山を目指すことにしました。

とは言え、今年に入ってから三窪高原からも、倉掛山からも富士山の雄姿を見ることができていませんので、リベンジということで早朝に家を出て三窪高原から富士山を眺めようという目論見で車で自宅を出発しました。

例によって奥多摩湖です。堰堤附近の写真ばかりでは面白くないので熱海附近からみた”ひょうたん島”です。このところ水位がかなり落ちていて普段見られないものが見えています。

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こちらは以前から撮りたかった写真で保之瀬第一洞門脇のカーブミラーです。この辺りの山フジは色も褪せて盛りはすぎたかなぁ・・・という感じでした。

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一之瀬附近できれいな山ツツジを眺めながら柳沢峠に近づくと甲府盆地側からガスが湧き上がっています。これでは富士山は無理かなと思いながら・・・着いてビックリです。林道笠取線分岐附近に車がビッシリとまっていて、あたりには高級な一眼レフに500ミリくらいの望遠がついた重い三脚を担いだ写真家の皆さんが大勢います。こんなに三窪高原に写真を撮りに行くのだろうか・・・と思ったのですが、後になって分かったことですが、結果は”鳥撮り”の皆様でした。

ということで市営駐車場に車をとめ、笠取林道経由でハンゼノ頭を目指します。

このときはハンゼノ頭にカメラマンが大勢いるものと思って登っていましたのでついつい早足になってしまいました。31分で登り、最大心拍数は169でした。頂上に着いてみる富士山が雲海の向こうに見えています。登ってきた甲斐がありました。第一目標達成です。手前の山は大芝山、三ツ峠山等は雲海の中です。ハンゼノ頭におられた方に、写真家の皆さんのお目当てが鳥であることを教えていただきました。

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場所を移して車で犬切峠に向かいます。到着です。

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準備を整えて藤尾山を目指して防火帯を登り始めます。直登一気が効いて非常に苦しいです。西の方を見ると先日登った倉掛山が見えました。いよいよ防火帯の最上部です。

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ここで一休みにします。今日の薄皮シリーズはコーヒークリームパンです。ふと足元を見ると草刈用ナイロンコード”トリマーキング”風が落ちていました。防火帯の草刈の様子が目に浮かびました。

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犬切峠の向こう側に藤尾山を下りてから登る石保戸山(左端寄りのピーク)が見えています。右手には登りの経路である直登一気の防火帯、手前には1996(平成8)年度から犬切峠側からの開設工事が始まった林道大ダル線がうっすらと左横方向に続いています。

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話を戻して、防火帯の西側から篠ヤブに突入です。踏み跡がありますので問題はありませんが普通のハイキングの範疇は明らかに超えています。尾根上に出て頂上を目指してしばらく進むと・・・・ありました。御料局三角点です。裏面には「二三」と彫ってあるように読めます。初めて見ました。これで本日の第二目標達成です。

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山道を進み藤尾山に到着です。三等三角点「天狗棚」標高1,606.25mがありました。

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来た道をUターンです。振り返ると抜けてきた笹ヤブが見えます。すごいところを歩いています。雨でも降っていたら最悪です。

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防火帯まで戻ってきました。新緑の上に一之瀬の集落、その後ろの沢をつめた位置に唐松尾山のピークがポコッと見えています。御料局三角点間の見通しはバッチリだったようです。

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軽快に下って、今度は先ほどの藤尾山の防火帯から見えた直登一気の石保戸山の防火帯に挑みます。暑くてこれはきつかったです。思わず西寄りの樹林側の日影を選んで歩きました。

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防火帯をヒーコラ登り続けて本日の第三目標の御料局三角点に到着です。裏面には「二四」と彫ってあるように読めます。この位置からは藤尾山の尾根上にあった御料局三角点の位置が見通せました。

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防火帯の登りで脚がつりそうになりましたが、だましだまし歩いて進みます。本日初導入のゲータレードランを飲み始めるのが遅かったのかもしれません。石保戸山が見渡せる激坂の上部で昼食にします。この辺りからは乾徳山や南アルプスも見えました・・・・・・ガッッ~~ン・・・箸がない、フォークもスプーンもない!ではないですか。せっかく持ってきたレトルトのご飯と牛丼を諦めます・・・。非常用に持っているものを食べました。まっ、いざとなれば温めなくても食べられそうですが・・・徒歩歩です。

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下り始めて間もなく・・・ギョエッ、これってクマのふん

一気に下って指入峠です。左側のこんもりとした丘状の部分がノロカワ頭でしょうか。手前左側の平らな広い部分は林道大ダル線の工事で発生したズリ等を転圧して埋め立てた場所かもしれません。峠の名前からすると、昔この近くに焼畑があったのでしょうか。

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再び急坂の防火帯を登って最後の鞍部から石保戸山への激坂です。ここは難渋しました。下を向いて一歩一歩登りました。

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石保戸山の三等三角点「石保戸」標高1,672.85mがある西側頂上です。ご覧のとおりの状況で眺望はありません。東側頂上のある防火帯から笹ヤブが伐開してありますので、それを辿れば思ったより容易にたどり着けます。南側から迂回した方が逆にヤブこぎは大変でした。

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眺望の良い場所まで戻って一休みです。手前の激坂防火帯上部にはマルバダケブキなどが、これでもかという程生えています。写真中央上部が熊のふん?があった急坂防火帯。その右上が藤尾山です。この辺りには草刈用ナイロンコード”鮫牙”風が落ちていました。藤尾山より草が手ごわそうです。

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指入峠まで戻って今度は林道大ダル線を犬切峠を目指して歩きます。距離は3キロ弱。時間にして40分程でしょうか。気持ちの良い林道が続きます。途中、柳沢峠の上に富士山の見える場所がありました。

林道には施工年度毎の起点標があり1年度に300mないし500mずつ工事を進めてきた経緯が分かりました。

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犬切峠に到着し帰路につきます。高橋側に降りて鶏冠神社に寄ってみました。鳥居近くのサワラの大木についての説明板があります。社殿は登ってみましたが荒廃が進んでしまいそうな気配です。社殿の中には、1925(大正14)年5月20日に東京市水源林事務所の東京市技師から奉納された金御幣の奉納額(リンク写真の住所と氏名は消してあります)がありました。

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一気に下って丹波山温泉のめこい湯で入浴。先週より空いていました。今日は道の駅の食堂で「丹波鹿そば」@600円を食べ帰路に着きました。

※ この地域の御料林に関しては多くの資料がWeb上に公開されていますが、中でも目を引いたのは、泉桂子「東京市水源林における戦前・戦後の経営展開」(東京大学農学部演習林報告第104号・2000年)でした。その資料161頁には地図が、172頁には一之瀬周辺の御料林編入に対する気持ちが、194頁には東京市の造林事業が一之瀬周辺に多くの雇用をもたらしたことなどが記されています。造林事業における雇用の最盛期と東京市技師の鶏冠神社への金御幣の奉納時期が重なるところが面白いと思いました。

参考URL:http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/22512/1/esrh104004.pdf

オマケ
道中で見かけたフデリンドウです。かわいらしく、凛としてきれいな花です。

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タイム
(1)柳沢峠市営駐車場 ⇒ 31分 ⇒ ハンゼノ頭(18分撮影) ⇒ 33分 ⇒ 柳沢峠市営駐車場
(2)犬切峠 ⇒ 28分 ⇒ 防火帯上部(7分休憩) ⇒ 7分 ⇒ 御料局三角点(4分撮影) ⇒ 9分 ⇒ 藤尾山(4分休憩) ⇒ 36分 ⇒ 犬切峠
(3)犬切峠 ⇒ 37分 ⇒ 防火帯中腹(10分休憩) ⇒ 3分 ⇒ 御料局三角点(10分撮影) ⇒ 17分 ⇒ 急坂上部(昼食休憩18分) ⇒ 9分 ⇒ 指入峠(4分休憩) ⇒ 37分 ⇒ 石保戸山(東) ⇒ 5分 ⇒ 石保戸山(西) ⇒ 6分 ⇒ 激坂上部(12分休憩) ⇒ 23分 ⇒ 指入峠 ⇒ 43分(林道経由) ⇒ 犬切峠

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものです。

2013年5月12日 (日)

もうひとつの白沢峠

今年のGWは長野県北安曇郡白馬村の白沢峠(嶺方峠)に行ってきましたが、今日はもうひとつの白沢峠、山梨県甲州市(旧塩山市)と山梨市(旧東山梨郡三富村)の境にある白沢峠に行ってきました。

昨日からの雨はやんだものの、まだ路面が濡れるているなかを車で出発し、奥多摩湖に到着です。ガスが山肌を覆っています。

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国道411号線を西に進みます。徐々に良い天気になってきました。コントラストが効いて陽光に輝く新緑がまぶしいです。ところどころにフジの花が見えます。

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本日のデポ地、一之瀬高橋への分岐です。まだ桜の花が残っています。青空もいい感じになってきました。

今日のルートは他の選択肢(1)国道140号線の広瀬ダム下流方面から登るルート、(2)一之瀬の作場平からヤブ沢峠経由の往復なども考えたのですが、(1)は廃トラックを見ることができなかったり、(2)は往復距離が長すぎたりの難点があって、苦肉の策で一般的ではない今日のルートに決めたものです。

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右折して山道を進みます。犬切峠への分岐を直進し国土地理院の地形図にも寺院の記号が表示されている一之瀬高橋の放光山高橋寺(燈籠に刻まれた名称による)を通過します。

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しばらく悪路を進んデポ地(国土地理院の”標高がわかるWeb地図”によると標高約1,320m)に車をとめ、装備を整え歩き始めます。少し歩くと新しい林道の工事が進んでいてビックリしました。

この辺りの林道には「二輪車進入禁止」系の告知や看板の類がやたらと目立ちます。こちらの林道にも強いトーンの真新しい「バイク進入禁止」の看板がありました。

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当方は昔からある道を歩き続けます。良い雰囲気ですが、いかにもクマが暮らしていそうな山域ですので、今日は音の大きなノルウェーMOEN社製のベルをつけて歩いています。

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約1時間で鳥小屋分岐(”標高がわかるWeb地図”による標高約1,680m)に到着です。デポ地との標高差は約360mで、結構登りがいがありました。下の写真ですと、向かって左側の道から登ってきた感じです。

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一休みです。本日の薄皮シリーズは「ネクターミックスクリームパン」です。ザックの中で少々つぶれてしまいました。

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御料局三角点はないものかと近くのピークに笹ヤブをこいで登ってみましたが、あるのはシカの糞ばかりで何もなし。諦めて西に進みます。

※ 2013(平成25)年11月18日追記 : 後日、近くにある御料局三角点を探訪しました。その際の記事はこちらです。

少し西に進むと、戦後、木材を運んでいたであろうトラックがありました。もっと白沢峠寄りにあるものと思っていましたので、いきなりの出現に少々驚きました。

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この辺の位置関係は下の地図のとおりです。赤線は当方が反時計回りに歩いたルートです。

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この地図は国土地理院の地理院地図(電子国土Web)を使用したものである。(2015(平成27)年7月19日地図差し替え)

気分の良い道を歩きます。それにしても静かです。小鳥のさえずりと、時たまチューニングしているかのようなシカの鳴き声しか聞こえません。

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シラカバと他の木の新芽です。新緑の時期に山が紅葉したかのように見える感じがありますが、この写真を見ていると何となくわかる感じがします。

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白沢峠への途中、2か所の三角点に寄りましたが、登山道と言えるものはなく、笹ヤブをかき分けてシカの糞を踏まないように進む感じですので、登山道から外れて三角点を目指すのは一般的なハイカー向きではないように思います。加えて、どうしても踏み跡に引きずられてしまいますので地図読み力がないと不安になってしまいそうな感じです。

そんなことをしながら、1時間以上をかけて白沢峠に到着です。峠の名前の由来は広瀬湖側から(へ)の山道がある「白沢」に由来するのだろうと思います。写真は歩いてきた道側を振り返って撮ったものです。

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この峠には有名なトラックがあります。思わず「かなり苦労したんだよなぁ・・・」とか話しかけたくなるような雰囲気を感じさせたりもするものの、一方では、今でいえば単なる不法投棄なのかもしれません。戦後、旺盛な木材需要に応えるべく、切り出した木材を満載してこのあたりの林道を走っていたのだろうと思います。

以前からこのトラックを見てみたいものだと思っていましたので、やっと来れたという感じです。このトラックがなければ、今日はこの峠に来ていなかったかもしれません。左前のタイヤには「MADE IN GREAT BRITAIN」の文字がありました。

これで笠取山近くの機械を含め、この附近の戦後の”遺物”を見終えました。

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一休みの後、倉掛山を目指して山道を歩いたり、防火帯を登ったりしながら高度を稼ぎます。白沢峠と倉掛山の標高差は約450mありますので防火帯の登りは結構体力を使います。本日の最大心拍数162はこのあたりで記録しました。振り返って再び一休みです。近くには歩いて来た防火帯、遠くには山らしい形をした木賊山や台形に見える破風山などの奥秩父主脈の山々が見えています。

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やっとのことで倉掛山に到着です。電波塔のある三窪高原の向こうに富士山が見えます。もう少し早く来れば雲が富士山にかかっていなかったような感じがして残念です。マウスをのせると富士山がアップになります。

振り返ると広瀬湖の湖面が広がり、国道140号線のループ橋も枝の間に見えます。その後ろにそびえる山は甲武信ヶ岳手前の木賊山です。

ここで景色を眺めながら昼食にします。今日のメニューはマルちゃんの「黒い豚カレーうどん」とコーヒーです。いつも代わり映えがしません。

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のんびりと休んでから防火帯を下ります。尾根筋からは甲斐駒ケ岳なども望むことができました。

しばらく進んで、海岸に打ち上げられたクジラよろしく骨だけになってしまったシラビソです。樹皮は枝にいたるまでシカが食べています。このあたりの樹木はシカに樹皮を食べられる食害がすごいレベルだと思います。特にサクラやシラビソがひどいように感じました。食害については埼玉県のこちらのHPが参考になります。

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防火帯の終点附近から篠ヤブの中を進んで四等三角点「北沢」に行き、そこから再び始まった防火帯と山道をたどり白沢峠へ。峠から東に向かって沢を下りました。途中登山道に石積みができていたのですが、どう見ても石材は”炭焼き窯変成岩”happy01みたいです。

冗談はともかくこれだけ積むのも大変な労力だろうなぁ・・・と思いました。

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無事デポ地に戻ってきました。帰路につきます。車の腹をこすらないように慎重に運転します。下の写真は一之瀬高橋の風景です。

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国道411号線に出て奥多摩方向に走り一之瀬林道の起点に妙なものがありました。この時期だとフセギの一種か何かなのでしょうか。分かりません。

※ 2013(平成25)年6月6日追記:Web検索の結果から一之瀬高橋地区の「道祖神祭」、または「春駒」に関係したもののように思われますが詳細はなおも分かりません。

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さらに下って道の駅たばやまの「のめこい湯」に寄って入浴(@600円)し、その後、以前から食べてみたかった丹波鹿カレー(辛口)@950円を食べて帰路につきました。

それにしても、今日一日、ほとんど道標がなく、登山者にまったくあわないという珍しい山行でした。シカの姿を見ることもできましたし、以前からの懸案だった笠取小屋への経路も判明し、見てみたかった廃トラック2台も確認することができ、御料局三角点の確認以外は目標達成の天気にも恵まれて暑いぐらいの楽しい1日でした。

※ オマケ
本日探訪した三角点です。左上:四等三角点「鳥小屋」標高1,592.08m 右上:四等三角点「白沢峠」標高1,513.09m 左下:三等三角点「墨川」(倉掛山)標高1,776.53m 右下:四等三角点「北沢」標高1,578.24m

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本日見かけた植物です。左下はマルバダケブキ、右下はハシリドコロだろうと思います。いずれもシカが食べない植物のようです。マルバダケブキについては当ブログの記事「笠取山」にも記載があります。

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タイム
デポ地 ⇒ 1時間2分 ⇒ 鳥小屋分岐(9分休憩) ⇒ 10分 ⇒ 廃トラック(3分休憩) ⇒ 23分 ⇒ 鳥小屋三角点(7分休憩) ⇒ 23分 ⇒ 白沢峠三角点 ⇒ 19分 ⇒ 白沢峠(19分休憩) ⇒ 39分 ⇒ 防火帯の急坂(6分休憩) ⇒ 25分 ⇒ 倉掛山(46分休憩・昼食) ⇒ 39分 ⇒ 北沢三角点 ⇒ 10分 ⇒ 白沢峠(6分休憩) ⇒ 37分(デポ地)

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものです。

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