2016年3月15日 (火)

若宮橋

今日は若宮橋に行ってきました。午前中、たまたま出先にあった埼玉新聞を手に取ると若宮橋開通式典の記事が掲載されていました。調べてみると、開通式典は3日前、先週の土曜日(2016(平成28)年3月12日)の午後2時から開催されたことが分かりました。ということで、久々の上天気で午後の時間も空いていたので早速に車に乗って見学に出発しました。

若宮橋は坂戸市大字厚川地内の高麗川に架かる冠水橋で、坂戸市内に多くある木橋の一つとして有名な橋でしたが、今回の架替で木橋風?の橋に生まれ変わりました。坂戸市の資料を引用させていただくと「若宮橋は、昭和51年度に架替工事が行われました。橋の規模は、延長32.7m、幅員2.2mです。それ以前は、地元で整備・保全をしていました。その後、昭和59年度、昭和63年度、平成5年度及び平成10年度に同じ規模の架替等の工事が行われ、平成11年度に延長68.1mの修繕工事が行われました。架替前の橋は、橋桁のH形鋼以外は木製で、規模は延長=約100m、幅員=2.2mでした。」とのことです。

まずは、当方が前回(2010(平成22)年6月20日)訪れたときに右岸上流から撮った写真です。

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今回架け替えられた若宮橋です。左岸下流から撮った写真です。坂戸市の資料によると、延長101.5m、幅員2.0~2.3m、工事費76,034,160円で、工期は平成27年7月3日~平成28年3月18日とのことです。

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左岸側から見た橋の全体像はこんな感じです。11スパンの桁橋です。車幅制限(1.4m)用のトラ模様のコンクリート柱がLの字のような奇妙な形で面白いです。憶測ですが、きっと「乗用トラクターのロータリーを上げれば橋を通過できるように・・・」かも知れません。坂戸市の資料によると、通行制限は「バイク、自転車及び人(農耕車も通行することがあります。)」とのことです。

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なかなか真新しい笠木や敷板がきれいですが島田橋のときのような木の香りはしません。材料はすべて合成木材とのことで、樹脂製の擬木とは異なり、坂戸市の資料によると「合成木材(再生木材とも)とは、樹脂及び木材(廃材)を粉状にし、ミックスしたものを成型。木材の2倍程度(25年)耐久性があると考えられていますが、歴史が浅く実証データーはありません。平成2008年頃から製品化されました。」とのことです。

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中央附近で敷板を長くして橋を広げた部分(幅2.3mの部分)の笠木の接続です。

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横から見るとこんな感じです。上から笠木、笠木受、敷板、強いて言えば下敷板(実際は橋桁の一部という感じ)、橋桁(H型鋼)、コンクリート製の枕梁、そしてコンクリートパイルの橋脚です。ただし右岸側の2つを除きコンクリートパイルの橋脚はなく、全体がコンクリート製の橋脚が河床に埋まっている・・・という感じです。

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右岸上流側から撮った写真です。わずか数年の経過ですが随分と風景が変わっています。

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左岸橋台脇から見た桁です。橋桁(H型鋼)と敷板の関係が良く分かります。

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※謝辞 この記事を書くにあたり、当方の下調べにお忙しい中ご丁寧な対応をいただいた坂戸市役所の皆様に感謝を申し上げます。

2015年12月21日 (月)

龍郷山・仙元山

今日は東秩父村の龍郷山と寄居町西ノ入の仙元山を登ってきました。車で出発です。

まずは小川町側から龍郷山を目指します。こちらは林道萩帯線から見た龍郷山のリュウゴッパナ(龍郷山の鼻の意か?)です。

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冬桜でしょうか。一時(いっとき)ではなく徐々に花が咲く種類のようで普通のサクラより小さくてかわいい花です。

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林道御堂笠山線です。針葉樹の落葉が一面にあります。

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こちらが林道御堂笠山線の最高地点で外秩父七峰縦走コースの通過地点でもあります。ここから歩き始めます。

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龍郷山です。山頂標識は缶ビールの350缶を広げて四隅に穴をあけたもので色々な山名が上書きしてありますが、当初の作成者は「龍郷山」と記したようです。

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リュウゴッパナです。三等三角点「竜ケ鼻」標高493.83mがあります。

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三角点近くの微妙なグラデーションの小さな紅葉がきれいでした。これで車に戻りました。

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車で移動して、寄居町の仙元名水に到着です。今日のコースは下図の時計回りルートで、仙元名水をスタートして仙元山に登り、南西に向かって降りて東秩父村と寄居町の境界尾根を西上武幹線に沿って北上し、四等三角点「大内峠」を確認してから、石尊山を登拝し、白髭神社にお参りして仙元名水にゴールするルートです。

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こちらが仙元名水です。全体としてかなりカオスな雰囲気が漂っています。右端には折原郷土かるた「みなもとは 仙元の水 三品(みしな)川」の読み札が写っています。中央左には説明表示があって仙元名水の由来が記してあり、仙元山については「東北より見ました形状から別名『おっぱい山』と言われ」と紹介されています。

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手作りの指導標にしたがって登ります。マウスを上に乗せると指導標がアップになります。

ヤブコウジ(十両)でしょうか。赤い実がきれいです。

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仙元山の急登です。「よし!登るぜ!」と気合を入れたところで電話・・・orz

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山頂に到着しました。お社がありました。周囲の状況から以前は瓦葺だったものと思われます。

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明治期の摩利支尊天があります。その後ろの山道脇には軽量標識に金属標が取り付けてある寄居町の2級基準点がありました。

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今日は道迷いの可能性があるので地理院地図とコンパスを用意してきました。地理院地図は見るときに眼鏡をかけずに済むように適当に拡大して印刷しています。また磁北線を記入しておけばより正確に方角を定めることができます。

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仙元山から南西方向に降りて行くのですが、現場の状況からすると地図とコンパスなしではこの林の中に降りて行く判断はしづらいと思います。

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東秩父村と寄居町の境界尾根にでてきました。西上武幹線の鉄塔表示があります。

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鉄塔脇の見晴らしのある場所から愛宕山の向こうに男衾方面が見えました。

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尾根上にある畑を過ぎて四等三角点「大内峠」標高286.64mに到着です。こちらの三角点について国土地理院の基準点成果等閲覧サービスで調べてみると「看視対象点」というあまり耳慣れない三角点に位置づけられていました。調べてみると国土地理院の「基準点維持に関する規程」という決まりがあるようで、その中での位置づけのようです。

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迷いやすい尾根の分岐をクリアして、いくつかのピークを越えてやっと石尊山です。見晴らしはイマイチですが赤城山は良く見えました。

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石尊山から急坂を下って気持ちの良い林道にでました。白髭神社を目指します。

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白髭神社に到着です。こちらは「畠山重忠乗り上げの岩」と呼ばれる岩のようです。こちらのかるたは「重忠が 残す三品の ひずめ石(ママ)」とのことで、地元では「蹄石」なのかも知れません。

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白髭神社を後にして静かな道歩きで仙元名水に戻ります。

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帰り際に仙元名水の説明表示の教えにしたがって東北の方角から仙元山を眺めてみました。その1(方位角34度)です。

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その2(方位角65度)です。こちらの方がチョッピリたおやかでしょうか(^^;

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仙元山周辺は急な箇所もあって注意が必要です。また今日のコースは指導標も少なく地図やコンパスを使いこなす必要があるルートです。

タイム 龍郷山往復21分00秒 仙元山周回2時間2分34秒

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものです。

2015年12月18日 (金)

今日の風景

今日は桂木観音から日の出を見てきました。

ここ数日の日の出頃の天候は日の出を見るにはイマイチで、やっと日の出が拝めそうな気がしましたので車で出発しました。現地に着くと望遠レンズを構えた方が10人程おられました。

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ところで地理院地図で調べると桂木観音石段下の位置は北緯35度56分56.27秒(35.948963度)、東経139度16分32.13秒(139.275591度)、標高271.2mです。

同じく地理院地図で調べると東京スカイツリーの位置は北緯35度42分36.12秒(35.710032度)、東経139度48分38.55秒(139.810708度)であり、国土地理院の「距離と方位角の計算」で調べると桂木観音から見た東京スカイツリーの方位角は118度34分43.22秒(118.6度)となります。

続いて国立天文台天文情報センター暦計算室「こよみの計算」で調べると、本日2015(平成27)年12月18日の桂木観音からの日の出の方位角は118.2度であり、写真のように東京スカイツリーのやや左から昇りました。

ちなみに、ここしばらくで最も東京スカイツリー寄りから昇るのは当然に冬至の日で2015(平成27)12月22日(方位角は同じ118.2度)、2016(平成28)年1月1日の初日の出の方位角は117.8度となり、本日より左側(東側)から昇ることになります。東京スカイツリーと日の出直後の太陽との重なっての見え方は大気での光の屈折やいろいろな状況に左右されるのだと思われますが、いろいろな写真を見させていただくとマイナス0.6度くらいの位置から昇るのが、日の出直後の太陽全体がスカイツリーの内側に収まって最もきれいに重なるのかもしれません。

2015年12月12日 (土)

奥高尾縦走

今日は以前から行きたかった山行空白地帯である陣馬山から高尾山までの奥高尾縦走路を歩いてきました。

日の短い師走にもかかわらず約17キロのロングコースですので始発電車に乗って出発です。高尾駅には日の出前に着きました。午前6時55分の陣馬高原下行きの始発バスに乗ることができましたが高校野球部の生徒に加えて大勢の登山者で始発から増発便が出て、当方は増発便に乗りました。

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大型バスがすれ違えない狭い道に差しかかると、道路脇で待機していた車掌さん?が同乗してきて無線機で何やら連絡を取り合いながらバスを進めます。お陰様で順調に終点の陣馬高原下バス停に到着しました。

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準備を整えて歩き始めます。最初は和田峠に向かう舗装路(東京都道521号(上野原八王子)線)を渓流沿いに歩きます。

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途中から登山道(新ハイキングコース)に入り尾根に取り付くと、本日のルート上で最初で最後の急登が始まります。ゆっくりと登りました。天気予報では曇天で気温が下がるとのことで厚手の服装で来たのですが、バス停附近の沢の中でも霜が降りておらず寒さをほとんど感じませんでした。結果大汗です。

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陣馬山に到着です。シンボルの白馬を初めて見ました。はっきり言って想像してたより小さかったですが正面の銘板には「陣馬高原山頂標高857m」と記してあり、裏面の銘板によると1969(昭和44)年9月に京王帝都電鉄株式会社の寄贈により八王子観光協会が建立したものであることが分かりました。できれば青空に映える白馬の写真を撮りたかったです。帰宅後調べてみると当時の京王帝都電鉄の宣伝文句は「白馬いななく陣馬山(ママ)へ 山頂に白馬のシンボル誕生」だそうです※2。 ということで「陣馬高原の白馬は首を伸ばしていなないている」という解釈で良いんだと思います。

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山頂からの景色です。曇天の予報にもかかわず相模湾と江の島が見えます。その向こうには三浦半島、さらに浦賀水道、そして房総半島まで見えています。

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特徴的な山容の奥多摩の大岳山。左奥の方にはかすかに雲取山も確認できました。

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御坂山塊方面です。富士山は見えませんでしたが三ツ峠や御坂黒岳が見えています。

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奥武蔵の山々です。日和田山から高指山を経て物見山に向かって高度上げる稜線です。それにしても陣馬山は360度の眺望の山です。

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早朝、駅に歩く途中のコンビニで買ったあんパンを食べて休憩し奥高尾縦走路を歩き始めます。明王峠です。不動明王が祀られていました。

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ここでちょっと脱線。古いガイドブック※2を見ていると「奥高尾縦走」ではなく「裏高尾縦走」と書かれています。時代の流れとともに「裏」が「奥」に変わってきたのだだろうと思います。

また、先ほど通過した明王峠は少し東に進んだ底沢峠が本来の位置であったといわれ、底沢峠には1922(大正11)年3月に恩方青年団案下支部が設置した石の道標がありました。大正から昭和にかけての青年団が建てた道標は珍しくありませんが、八王子市郷土資料館のHPを見るととりわけ活動が活発な青年団だったようです。

ところで、底沢峠にあった境界石が気になったので調べてみました。八と王をデザインした八王子市の市章が制定されたのが1917(大正6)年12月22日。境界石のある旧恩方村が八王子市と合併したのは1955(昭和30)年。堂所山で旧恩方村と境を接していた旧浅川町が八王子市と合併したのは1959(昭和34)年。とういことで下の写真の天端に境界方向が示された八王子市の境界石は、八王子市の恩方市有林の境界石なのではないか・・・という、本当にまったくの憶測です。

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閑話休題。縦走路を歩いていると小さなピークでも巻き道があります。指導標もちゃんと巻き道も表示していますので、安心して右側の巻き道に進みました。この場所ではありませんが結果として堂所山を登らずに巻いてしまいました。

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景信山に到着です。こちらには三等三角点「景信山」標高727.25mがあります。写真左下の赤い印のある標石が三角点です。

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雪をかぶった富士山がきれいに見えました。

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山頂にある「かげ信小屋」でなめこうどん@500円を食べました。味噌ベースで美味しかったです。陣馬山から下って来るにつれて、時間の経過も手伝ってどんどん人が増えてきています。また、小屋で買ったビールやお酒で乾杯している方、担ぎ上げた鍋と具材で鍋パーティのグループなど、とても奥深い山の中とは思えない雰囲気でした。

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下の写真の奥に横たわるのが、これから歩く小仏城山から高尾山にかけての稜線です。靄ってきてしまいましたが後ろには相模原市方面の景色が見えています。

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相模湖です。

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景信山を後にして少し下ると南浅川の大きな谷があり、谷を横切って圏央道が、谷に沿って中央道とJR中央線が並行して走っているのが見えます。写真中央左には八王子JCTの一部も見えています。これから歩みを進めると渋滞で有名な小仏トンネルの上を歩くことになります。渋滞の中央道で上に見えた歩いてみたいと思っていた尾根です。

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小仏峠に到着です。小さな仏様が祀られていたので小仏峠と呼ばれるようになったのでしょうが、結構カオスな雰囲気でどちら様が元祖?なのか、はたまた今もおられるのかおられないのか等々全く分かりませんでした。

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こちらは小仏城山の山頂です。ここまで来ると、登山というよりピクニック的な感じが強くて、暖かい日差しを背中に受けて飲食を楽しんでいる雰囲気の方々が非常に多いです。フライパンで焼いたソーセージを肴にビールを飲んだり、大型紙パックの日本酒で酒盛り真っ最中のグループもあってとにかく賑やかです。下の写真は時間をかけて人ができるだけ写り込まないように撮影したものです。山頂には四等三角点「小仏城」標高670.41mがあります。

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小仏城山を過ぎると登山道というよりは遊歩道で、しばらくは2m程度の幅の木道が続きます。きっと登山者が多過ぎてオーバーユースのため、土砂の流出や登山道両脇の裸地化を防ぐための苦肉の策なのだろうと思います。富士山や丹沢山塊が良く見えた一丁平などを通って高尾山の山頂に到着です。初めて来ましたが、すごい人の数。びっくりです。ということで山頂の写真はありません。かろうじてアップで撮れた二等三角点「高尾山」標高599.30mの写真です。

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こちらは高尾山の山頂からみた相模川です。段丘崖が良く見えています。

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高尾山の不動堂まで来ました。ここから急な石段を下りて境内に入ります。

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本社です。

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その後は人混みの中を歩いて高尾山の境内を抜けて、ケーブルカーは乗ったことがあるので初めてリフト@片道480円で下ってみることにしました。12分程度の所要時間でかなり長い時間乗っている感覚があります。途中写真撮影サービス@750円もあり、目一杯の笑顔で撮影してもらいました。

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こちらがリフトの山麓駅です。ここから少し階段を下るとロープウェイと同じ駅舎の中に出ます。

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コースタイムの8割くらいのスピードで歩いた心地よい疲れのなか高尾山口駅から帰路につきました。天気予報とは裏腹に暖かく、上り下りの少ない縦走路を軽快に歩け、そこそこの景色も眺めることができて愉しかったです。それにしても、人の数や服装(装備)を見ていると陣馬山から高尾山に近づくにつれて観光地化が進むという印象でした。

タイム 全行程6時間23分31秒
陣馬高原下バス停⇒19分⇒登山道分岐⇒52分(途中2分の休憩を含む)⇒陣馬山(19分休憩)⇒1時間28分⇒景信山(41分昼食休憩)⇒23分⇒小仏峠(7分休憩)⇒17分⇒小仏城山(9分休憩)⇒45分⇒高尾山(18分休憩)⇒45分⇒リフト山上駅

※ この記事中の三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものです。
※2 横山厚夫『アルパインガイド21 奥多摩・奥武蔵・陣馬高原』(山と渓谷社・1970(昭和45)年・152頁)

2015年6月 7日 (日)

島田橋

今日は埼玉県坂戸市大字島田の越辺川に架かる島田橋(左岸側は東松山市大字宮鼻)に行ってきました。

1993(平成5)年に復旧工事が行われた旧島田橋は、2014(平成26)年6月6日午後から7日朝にかけて、折からの梅雨の大雨により増水した越辺川の流れに耐え切れず流失しました。坂戸市により早速の復旧工事が行われ、約1年を経た本年2015(平成27)年5月28日午後2時から開通式典が行われ(坂戸市のHPによる)、新しい島田橋が供用開始となりました。

ということで新しい島田橋を渡ってきました。

まずは右岸側(坂戸市大字島田)堤内の石造物です。お地蔵様やら水神宮やら全部で11基あります。この場所にはかつて渡しがあり、明治時代の初期に小さな橋が架けられたようです。きっと長い歴史を、それぞれの場所でずっと見守って来た石造物なのだと思います。

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右岸堤防下流から見た島田橋の全景です。長さは77mで幅は3mです。

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右岸上流側から見た島田橋です。占用を示す看板には「占用目的:島田橋及び取付道路、占用面積:1,598㎡、占用者名:坂戸市、所轄事務所・出張所名:国土交通省荒川上流河川事務所越辺川出張所」などと書いてあります。

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近づいてみると橋の様子がよく分かります。木の香さえしそうな新しい感じがいいです。

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左岸側から橋の下部を撮影した写真です。上から順に何本も横に見えるのが下敷板、縦に茶色く7本見えるのが橋桁のH形鋼、その下で橋桁を横に受けているのが枕梁(まくらばり)、その下に橋脚(杉丸太の木杭4本・全部で10基)があって、それらを斜めに補強している筋違貫(すじかいぬき)です。

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こちらは橋を上流側から見たもので、上から順に笠木(檜)、笠木受、下敷板の小口、そして橋桁(H形鋼)を覆っている板という感じでしょうか。

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こちらが笠木、笠木受、上敷板(杉)です。上流(右)側に芥除(ちりよけ)が見えています。

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芥除(杉丸太)です。

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しかしH形鋼やボルトにナット、各種金物等時代の流れを感じさせます。でも、工事費はわかりませんが木橋で復旧するってナイスだと思います。

2015年5月10日 (日)

ツツジ山・横見山

今日は、ブログ「野老の里」の記事「奥武蔵へようこそ 平成27年5月6日 ツツジ山から丸山」を参考にさせていただいて山歩きをしてきました。記事を拝見していて写真の指導標に「苅場坂峠」と書かれていることに気づき、行ってみようと思ったのです。

電車に乗って出発です。当方が乗車した長瀞・三峰口行の西武線の車内はハイカー専用列車という感じで、立っている方もちらほらという状態で正丸駅に到着しました。

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正丸駅で装備を整え歩き始めます。国道299号線を正丸トンネル方向に歩き、本邦帝王切開術発祥の地の碑のところから折り返すように右折して、飯能市営林道北川正丸線に入ります。この林道を歩くのは初めてです。写真右下が国道299号線です。

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林道を歩いて行って、沢に入って行く道の分岐に指導標その1があります。この指導標に「←ツツジ山・苅場坂峠」と毛筆っぽい感じで書かれています。このタイプの指導標は飯能市が設置したもののようで、全部で3本を確認することができ、いずれにも苅場坂峠と書かれていました。写真にマウスを乗せると指導標を拡大します。

沢を登って西側から尾根に出ると三田久保峠です。東側には林道や墓地が見えていました。尾根道を登ります。

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鞍部手前の平らな部分に到着しました。指導標その2があります。写真にマウスを乗せると指導標を拡大します。

ここで一休み。今日の薄皮シリーズは薄皮ブルーベーリージャム&ヨーグルトクリームパンです。美味しいです。

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次の鞍部の指導標その3です。十字路の指導標で右(東)は北川、左(西)は坂元、手前(南)は正丸駅、正面(北)が苅場坂峠です。鞍部を横切って東西の集落を結ぶ道は歩かれている風はありませんでしたが、もしかすると鞍部を東西に下った場所にも指導標がありそうな気もします。写真にマウスを乗せると指導標を拡大します。

小ツツジへの急登を越え、続いて大ツツジへの急登です。地図にも急登と書いてありますが、この上りでの最高心拍数は147で直登が確かにつらかったです。

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大ツツジに到着です。現地には小都津路山の表示がありますが、指導標に紙が貼ってあって「ここが本当の大ツツジである」旨書かれています。なお、都津路は飯能市の正式な小字表記です。

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ツツジ山の山名表示がある横見山(二子山)に到着です。前回来たときと随分と景色が変わっています。針葉樹が伐採されてまばらになり、飯能市立吾野中学校2年生の生徒が2014(平成26)年11月12日に植樹した、まだ小さなヤマツツジが咲いていました。

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山頂近くにあった旧日本電信電話公社のものと思われる黒御影の標石です。何の目的のものなのかいろいろと想像が広がります。

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刈場坂峠に到着です。こちらで一休みです。

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刈場坂峠から別荘地北側の山道に入り、牛立久保を目指します。道中のヤマツツジにカラスアゲハがいました。気ままに飛び回るので撮影が難しかったです。

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牛立久保です。地形図の等高線間隔では表現できませんが凹地になっています。地面をみるとイノシシ食堂&運動場みたいな感じもします。

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南西側の鞍部から867mピークに登ってみました。

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七曲峠を目指して進みます。ヤマツツジがきれいに咲いていました。今回の道中で最もきれいに見えたヤマツツジかもしれません。

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七曲峠に掲示がありました。トレラン大会が開催されているようで次から次へと参加者が現れます。ナンバーカードには氏名と住所地も印字されており、個々の参加者は良い方々ばかりで、挨拶もされ、立ち止まって道を譲ってくれたりもします。

HPで調べたこのトレラン大会について記しておくと、主催はNPO法人小江戸大江戸トレニックワールド、大会の名称は「第3回外秩父トレイルラン43」で、走る距離は43キロ(累積標高差2,441mでダート率は59%とのこと)。コースは、寄居駅町役場~波久礼駅前~小林みかん園~葉原峠~釜山神社~登谷山~秩父高原牧場~定峰峠~白石峠~大野峠~飯盛峠~野末張~戸神~大満農村公園~ゆうパークおごせのようです。エイドステーションは7か所、関門は3か所で、このあたりの関門は27キロ地点の大野峠の14時10分のようです。そのために掲示の通過時刻が14時40分で終わっているのだと思います。また大会要項には参加資格として「一般の登山客に迷惑をかけずに走行できること」という1項があり、主催者の思いを感じます。

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七曲峠の指導摽です。

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歩いている時点では、トレラン大会のコースが分かりませんでしたので、少なくとも大野峠までは参加者とすれ違い続けるのだろうなぁ・・・と思っていたのですが、あまりに多人数とすれ違って疲れてしまいグリーンラインに退避しました。ということでカバ岳には登頂せず、ニリンソウも見ずです。

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大野峠に到着しても丸山方面の階段から参加者がどんどん降りてきます。四阿でカップ麺を食べて一休みです。参加者のピークが通り過ぎてくれれば・・・という目論見です。

まったり感のある参加者も見かけられるようになった頃出発です。パラグライダーの滑空場を過ぎて平らな道を歩きます。もうしばらくで参加者とのすれ違いは終了です。

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大規模な伐採地に出てきました。笠山、堂平山、剣ヶ峰、白石峠西側のピークなどが見えています。

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初夏らしい山道を気持ちよく歩きます。

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再び広大な伐採地です。丸山東側の電波塔が良く見えます。

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電波塔東側の伐採地からの景色です。中央の丸い感じの山が刈場坂峠南側の横見山(二子山)、手前の三角の山がカバ岳、右が867mピーク、左にはぶな峠、飯盛峠方面の山々が続いています。

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丸山に到着です。白い花が咲いていました。展望台から眺望を愉しんだあと家から持ってきたオムスビとイチゴ、インスタントみそ汁で昼食です。

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丸山を下って、前回雪のあとに登れなかった日向山に登ってみました。今日の夜は仕事のため時間的に余裕がなくなり、この辺からスピードアップして、日向山の上りでは本日の最大心拍数166を記録しました。日向山は標高633mの山で、左の展望台の高さが1mとのことで合わせて634m、東京スカイツリーの高さを同じ高さとのことです。

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展望台からの眺望です。右に武甲山、中央左が武川岳、 さらにその左の三角の山が二子山です。二子山の麓には芦ヶ久保駅が見えています。

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急坂(階段)を下って、獣除けの網の扉を通って琴平神社に降りてきました。

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ここから、風の道のハイキングコースを歩きます。各指導摽の上にはカワセミがいました。

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観音様の脇を通過し芦ヶ久保駅に到着。顔を洗って電車に乗って帰宅しました。帰りの電車もそこそこの混雑で、ゆったりと缶ビールを飲んでいる方もいましたが、正丸、吾野、武蔵横手、高麗の各駅と電車が進むにつれて、乗り込んでくるハイカーで混雑度アップという感じでした。

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タイム 全行程6時間5分38秒
正丸駅⇒25分⇒林道と登山道の分岐(指導摽その1)⇒12分⇒三田久保峠⇒20分⇒鞍部手前の平らな部分(指導摽その2)(6分休憩)⇒43分⇒大ツツジ⇒15分⇒横見山(二子山)(4分休憩)⇒6分⇒刈場坂峠(8分休憩)⇒25分⇒867mピーク⇒16分⇒七曲峠⇒25分⇒大野峠(21分昼食休憩)⇒31分⇒丸山(17分昼食休憩)⇒53分⇒日向山⇒40分⇒芦ヶ久保駅

※ 横見山(二子山)については、昭文社の山と高原地図にもかつては山名の表記がありませんでした。現地での表示はツツジ山ですが、山と高原地図(2015年版22奥武蔵・秩父)の記載を参考に横見山(二子山)と表記しました。

2015年3月23日 (月)

ときがわ町の三角点

埼玉県比企郡ときがわ町内(隣接市町の境界附近を含みます。)の電子基準点と三角点を探訪してみました。

地理院地図(電子国土Web)に記載されているときがわ町内の電子基準点及び三角点を一覧にすると次の表のようになります。この表は三角点等を西から東の順に並べたものです。

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1 三等三角点「正丸」標高879.11mです。横見山(ツツジ山)にあります。東の尾根上には堂平山の天測点に対応する子午線標があります。

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2 一等三角点「堂平山」標高875.91mです。南側には天測点があります。

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3 二等三角点「北川」標高816.32mです。飯盛峠(いいもりとうげ)北西のピークにあるようなのですが現地に標石は見当たりません。

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4 三等三角点「椚平」標高667.05mです。新柵山からぶな峠に続く尾根上にあり、この場所は日向根の南西にあたり、現地には風早山のプレートがあります。

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5 三等三角点「平萱」標高539.43mです。金嶽(慈光寺西の手入れの行き届いた針葉樹林のピーク)にあります。

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6 三等三角点「西平」標高490.14mです。新柵山にあります。

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7 四等三角点「金嶽」標高410.30mです。2014(平成26)年夏に設置された新しい三角点です。

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8 四等三角点「柳沢」標高320.93mです。2014(平成26)年夏に設置された新しい三角点です。

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9 四等三角点「日尺」標高124.69mです。西平交差点東の県道172号(大野東松山)線から一段下がったところにあります。

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10 三等三角点「日影」標高418.15mです。雷電山にあります。

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11 三等三角点「弓立」標高426.75mです。弓立山にあります。

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12 四等三角点「別所」標高117.93mです。堂山の南西の麓にあります。

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13 四等三角点「水境」標高158.09mです。弓立山の東にあります。

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14 四等三角点「桃ノ木」標高213.49mです。町立都幾川中学校南の金比羅山にあります。

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15 電子基準点「都幾川」標高103.136mです。町立都幾川中学校の校庭にあります。写真は校庭南側の道路から撮影したものです。

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16 四等三角点「上谷」標高185.31mです。武蔵の杜CCの8番ホールティーグランドの西側の山中にあるようです。下の写真は、当方が同ゴルフ場にかつてゴルフに行った際、たまたま8番ホールのティーグランドから北方向にある弓立山を撮ったものです。写真を撮った地点から西(左)方向数十メートルの地点に三角点が所在するものと思われます。

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17 四等三角点「下」標高252.6mです。大日山(仙元山の南、物見山の西にあたる尾根上のピーク)にあります。

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18 四等三角点「本郷」標高166.73mです。埼玉県道30号(飯能寄居)線沿いのゴルフ練習場東のピークにあります。

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19 四等三角点「椴ノ下」標高111.37mです。埼玉県道30号(飯能寄居)線から大附に至る町道の分岐近くにあります。

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20 四等三角点「明覚」標高78.63mです。木の里本郷土地改良区が管理する農業用ため池の北角にあります。

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21 三等三角点「菅沢」標高224.86mです。玉川CC内の白石山にあるようです。

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22 三等三角点「番匠」標高131.04mです。越生GCのクラブハウスの南にあります。

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23 四等三角点「塩山」標高164.82mです。正山(地元では塩山(しおやま))にあります。

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24 四等三角点「玉川」標高72.33mです。コメリの県道を隔てて北側にあります。

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これにてときがわ町内24か所の三角点の探訪は終了です。

越生町・鳩山町・毛呂山町・ときがわ町の4町の三角点を探訪してみて、三角点を市町村単位で一つ残らず「悉皆探訪」しようとすると、社会的な意味でかなり無理があるように思います。
都市化が進んでいる地域では建物の屋上三角点や、宅地開発により民家の庭の中となった三角点などが数多くあり、仕事のお邪魔になったり、隣近所の方にいらぬ心配をおかけしたりの無用のトラブルのリスクを考えると探訪すること自体を躊躇せざるをえません。
一方、山間地の三角点を巡るには関係者への配慮はもちろんのこと、相応の体力に加え、高度な地図読みなどの登山技術が必須となります。
以上を考え合わせると市町村単位での三角点の「悉皆探訪」は限られた区域でしかできないように思います。今後は市町村の区域単位ではなく、一つひとつの点としての三角点巡りを折に触れて楽しみたいと思います。

※ この記事中の地図は国土地理院の地理院地図(電子国土Web)を使用し、電子基準点及び三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものです。なお、標石等の写真は2010(平成22)年5月から2015(平成27)年3月までの間にブログ「四方山探訪(Yomotan)」が撮影したものであり国土地理院とは関係ありません。

※ 三角点は公有地・私有地を問わず、また、耕作地・山林あるいは建物・ゴルフ場・墓地等の敷地内、加えて屋上などいろいろな場所に設置されています。したがって三角点を見学する場合には必要に応じて許可を得る等の適切な対応と、関係する方々に御迷惑をかけない配慮が必要と思います。

※ 2015(平成27)年12月20日追記 四等三角点「金嶽」及び四等三角点「柳沢」が新設されたため記事を変更しました。

2015年3月16日 (月)

毛呂山町の三角点

埼玉県入間郡毛呂山町内(隣接市町の境界附近を含みます。)の三角点を探訪してみました。

地理院地図(電子国土Web)に記載されている毛呂山町内の三角点を一覧にすると次の表のようになります。この表は三角点を西から東の順に並べたものです。古い地図にある三角点と比べてみると住宅団地やゴルフ場開発により廃止されたり、移転したり、あるいは亡失したりの受難の三角点が結構あって、それぞれに経緯がいろいろとあるようです。

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1 四等三角点「中在家」標高368.14mです。ハイキングコース上では天望峠と鼻曲山の間にあります。点名は大字滝ノ入地内の中在家の地名によるものと思われます。

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2 四等三角点「阿諏訪」標高393.65mです。愛宕山にあります。

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3 四等三角点「桂木」標高281.22mです。桂木観音前の桜の木の根元にあります。

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4 四等三角点「鎌北」標高434.88mです。須刈山の山頂にあります。実際の所在地の大字名は「権現堂」です。

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5 四等三角点「午頭山」標高282.23mです。午頭山(地元での呼称は「ごんずうさん」)の南西、ゴルフ場の柵の外の山中にあります。所在する位置から考えて、ゴルフ場造成工事に関連した移転等の経緯があるのかもしれません。

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6 四等三角点「権現堂」標高334.37mです。東京電力の西上武幹線228号鉄塔の北側にあります。点名は所在地が大字権現堂地内ではないこともあって「権現堂」というよりは実際の地名である「鎌北」の方がしっくりするような気がします。

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7 一等三角点「物見山」標高375.30mです。日高市境の物見山にある毛呂山町内唯一の一等三角点です。

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8 四等三角点「大谷木」標高256.40mです。埼玉ゴルフクラブのアウトコースの北西にあります。

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9 四等三角点「本郷」標高105.79mです。大字滝ノ入地内の高福寺西側のなだらかな山中にあります。「本郷」の点名は大字毛呂本郷に由来するのだろうと思いますが、所在している場所は大字滝ノ入です。

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10 三等三角点「京ヶ峠」標高224.89mです。石尊山の山頂にあります。この三角点はゴルフ場の造成工事によって削り採られてしまった烏峠から移転されたものです。古い地図を見ると、かつて烏峠は石尊山の南側に双耳峰のように並び立っていました。

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11 四等三角点「毛呂山中学校」標高86.81mです。三角点は校舎の屋上にあります。

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12 四等三角点「毛呂山」標高105.10mです。新しき村入口の南、県道30号(飯能寄居)線の西側にあります。なぜ、この三角点が毛呂山の町名を冠しているのだろうか・・・と思います。毛呂山町の中心にあるわけでもなく不思議です。

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13 三等三角点「西戸」標高86.74mです。この三角点は住宅団地の造成工事に関連して従来の場所から少しだけ移転しています。現在はめじろ公園内にありますが、この附近は従来大字西戸(さいど)の一部であり、その地名が点名の由来となったものと思われます。ちなみに現在のこの附近の町名は住宅団地開発により目白台となっています。

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14・15 下の地図の南西側の三角点が四等三角点「長瀬屋上」標高68.06mで、北東側の三角点が四等三角点「長瀬」標高60.19mです。「長瀬屋上」は「長瀬」の偏心点なのだろうと思います。

この附近は従来大字「長瀬」の一部であり、その地名が点名の由来となったものと思われますが、結果として2点とも標石や金属標を確認することはできませんでした。調べたところによると「長瀬屋上」の位置にはかつて工場があって、その屋上に三角点があったものと思われますが、現在は工場の建物自体が取り壊されて住宅が建っているため、「長瀬屋上」は亡失しているものと思われます。

また、北東側の「長瀬」の位置の様子は下の写真のとおりで、三角点の標石、金属標等を確認することはできませんでした。しかしながら、舗装面2か所にある鉄の蓋の中に三角点の標石があるどうかは未確認です。

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これにて毛呂山町内15か所の三角点の探訪は終了です。

※ この記事中の地図は国土地理院の地理院地図(電子国土Web)を使用し、三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものです。なお、標石等の写真は2010(平成22)年1月から2015(平成27)年3月までの間にブログ「四方山探訪(Yomotan)」が撮影したものであり国土地理院とは関係ありません。

※ 三角点は公有地・私有地を問わず、また、耕作地・山林あるいは建物・ゴルフ場・墓地等の敷地内、加えて屋上などいろいろな場所に設置されています。したがって三角点を見学する場合には必要に応じて許可を得る等の適切な対応と、関係する方々に御迷惑をかけない配慮が必要と思います。

2015年3月10日 (火)

鳩山町の三角点

埼玉県比企郡鳩山町内(隣接市町の境界附近を含みます。)の三角点を探訪してみました。

地理院地図(電子国土Web)に記載されている鳩山町内の三角点を一覧にすると次の表のようになります。この表は三角点を西から東の順に並べたものです。

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1 三等三角点「番匠」標高131.04mです。越生ゴルフクラブのクラブハウスの南にあります。地図上では三角点は鳩山町内に所在するように見えますが、点名の番匠は隣接するときがわ町の大字名です。

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2 四等三角点「熊井」標高97.67mです。小さな古墳のようなピークの上にあります。南東側一帯には強力な篠ヤブと堆積物があります。

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3 四等三角点「竹本」標高54.99mです。耕地整理された水田脇の農道から見える篠ヤブの中にあります。

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4 三等三角点「鎌形」標高98.25mです。鳩山町と嵐山町を境する山道を歩いていると確認できます。地図上では嵐山町内に所在するように見えます。確かに点名の「鎌形」は隣接する嵐山町の大字名です。

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5 四等三角点「須江」標高52.97mです。舛井戸遺跡の東側の石積み上の南西角にあります。

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6 四等三角点「大豆戸」標高57.07mです。三嶋神社境内にあります。本殿に向かって右側の木の根元にあります。

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7 三等三角点「泉井」85.08mです。金澤寺(こんたくじ)の裏山にあります。東側の県道から送電線鉄塔の巡視路と思われる山道があります。

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8 四等三角点「今宿」62.43mです。おしゃもじ山の展望台の南にあります。円筒状の強度試験用コンクリートで方形に囲われた一段低い小さな花壇のようなところにあります。

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9 四等三角点「観音」標高103.13mです。トロッコ公園の天の川ステーションから階段を上って南西に向かい、しばらく進んで道の分岐を南に進んだところにあります。

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10 三等三角点「上沢」標高78.12mです。秋葉神社の裏手からヤブを進んだ位置にあり三角点の周囲もヤブです。

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11 二等三角点「石坂」標高134.90mです。東松山市との境界である物見山の山頂にあります。

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12 四等三角点「沢木」標高63.41mです。沢木は隣接する坂戸市の大字名です。

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これにて鳩山町内12か所の三角点の探訪は終了です。

※ この記事中の地図は国土地理院の地理院地図(電子国土Web)を使用し、三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものです。なお、標石等の写真は2010(平成22)年1月から2015(平成27)年3月までの間にブログ「四方山探訪(Yomotan)」が撮影したものであり国土地理院とは関係ありません。

※ 三角点は公有地・私有地を問わず、また、耕作地・山林あるいは建物・ゴルフ場・墓地等の敷地内、加えて屋上などいろいろな場所に設置されています。したがって三角点を見学する場合には必要に応じて許可を得る等の適切な対応と、関係する方々に御迷惑をかけない配慮が必要と思います。

2015年3月 5日 (木)

越生町の三角点

埼玉県入間郡越生町内(隣接市町の境界附近を含みます。)の三角点を探訪してみました。

地理院地図(電子国土Web)に記載されている越生町内の三角点を一覧にすると次の表のようになります。この表は三角点を西から東の順に並べたものです。

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1 三等三角点「羽加山」標高566.40mです。羽賀山の山頂(大平尾根上のピークの一つ)にあります。現地では4方向に保護石のあるコン柱に笠付きの測量鋲が打ってあるものがあります。これが三角点の標石に代わるものなのかどうかわかりませんが、近くには三角点の盤石が丁度埋まりそうな窪みもあります。とにもかくにも大平尾根が派生する飯盛峠北西の二等三角点「北川」も標石が見当たらないといわれていることと併せて謎です。

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2 四等三角点「黒山」標高368.86mです。現地には越生駒ヶ岳の表示があります。ガイドマップに横吹峠と書いてある地点の西で四寸道の北側のピークにあります。

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3 三等三角点「越上」標高566.32mです。越上山の山頂にあります。100年以上の歴史があると思われる標石があります。

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4 四等三角点「芹ヶ沢」標高285.62mです。東京電力の送電線西上武幹線214号鉄塔の下にあります。三角点があるであろうコンクリート製の保護桝の蓋に「三角点国土地理院」の陶器製表示があります。

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5 四等三角点「山ノ入」標高340.03mです。雨乞山の山頂にあります。西側から山頂近くへ通じる山道があるようなのですが当方には見つかりませんでした。

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6 四等三角点「中在家」標高368.14mです。鼻曲山と天望峠の間の山道の真ん中にあります。なお、点名の中在家は越生町に隣接する毛呂山町大字滝ノ入地内の地名です。

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7 四等三角点「大畑」標高125.83mです。タイヤの下に現場打ちのコンクリート枠で守られた標石があります。

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8 四等三角点「堂山」標高109.35mです。堂山公会堂の敷地の角にあります。

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9 四等三角点「上谷」標高185.31mです。武蔵の杜CCの8番ホールティーグランドの西側の山中にあるようです。下の写真は、当方が同ゴルフ場にかつてゴルフに行った際、たまたま8番ホールのティーグランドから北方向にある弓立山を撮ったものです。写真を撮った地点から西(左)方向数十メートルの地点に三角点が所在するものと思われます。地図からは三角点は隣接するときがわ町大字大附地内に所在しているように見えます。

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10 三等三角点「大満」標高376.19mです。大高取山の山頂にあります。越生町内にある4つの三等三角点のうちの一つです。

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11 四等三角点「田代」標高152.22mです。傾斜が緩やかな北側の尾根は歩きやすそうです。三角点はヒサカキなどの生い茂ったピークにあり、標石には良い風情が感じられます。

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12 四等三角点「古池」標高129.12mです。地産霊園内の東屋脇にあります。

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13 四等三角点「上野」187.68mです。旧西山国有林(現在は埼玉県有林)の中にあります。三角点から東に派生する尾根が東側の舗装道路に消える地点から尾根を西に辿って三角点附近に通じる越生町道の山道があります。

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14 四等三角点「無名」176.36mです。世界無名戦士の墓の北にあります。

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15 四等三角点「大谷」標高134.07mです。小さな古墳のようなピークの上にあります。近くに写真の祠があります。

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16 四等三角点「成瀬」76.85mです。町道の路肩を注意深く見ないと三角点を見落とすかもしれません。実際の所在地は大字大谷です。

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17 四等三角点「越生」77.43mです。越生郵便局の屋上にあるようです。

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18 四等三角点「山吹山」119.86mです。如意(ねおい)団地の北西角から山道を少し進んだ所にあります。山吹の里歴史公園の遊歩道からは公園のフェンスがあるため行けません。

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19 三等三角点「西和田」136.65mです。大谷の六地蔵から南に向かう山道の脇にあります。越生町最東端の三角点です。

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これにて越生町内19か所の三角点の探訪は終了です。実際にを訪れてみて、設置時はともかくも現在は見通しや眺望のある地点が少ないことに驚きました。

※ この記事中の地図は国土地理院(電子国土Web)の地理院地図を使用し、三角点の点名及び標高は国土地理院の基準点成果等閲覧サービスから引用したものです。なお、標石等の写真は2012(平成24)年11月から2015(平成27)年2月までの間にブログ「四方山探訪(Yomotan)」が撮影したものであり国土地理院とは関係ありません。

※ 三角点は公有地・私有地を問わず、また、耕作地・山林あるいは建物・ゴルフ場・墓地等の敷地内、加えて屋上などいろいろな場所に設置されています。したがって三角点を見学する場合には必要に応じて許可を得る等の適切な対応と、関係する方々に御迷惑をかけない配慮が必要と思います。

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